メインコンテンツへスキップ
見出し画像

便利さの果てで、人間は何を失うのか


    AI時代の人間たち ⑦
     

    「人間五十年、下天(げてん)の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」

    戦国武将、織田信長 が、 本能寺で命を落とす直前、 舞ったとされる有名な一節だ。
    人生など、 しょせん束の間。
    人は必ず滅びる。

    だからこそ、 限られた時間を、 どう生きるのか。
    あの時代を生きた人々もまた、 無駄な回り道など、 許されなかったのかもしれない。
    迷いは、 時に命取りになった。
    戦に敗れれば終わる。
    決断の遅れは、 そのまま死へ繋がる時代だった。

    つまり人間は、 昔からずっと、 「限られた時間を、 どう効率よく生きるか」 を考え続けてきたのだと思う。

    そして現代。
    僕らは、 「タイパ」という言葉を使い始めた。
    タイムパフォーマンス。
    いかに短時間で、 効率よく成果を得るか。

    動画は倍速。
    映画は要約。
    ニュースは見出しだけ。
    SNSは短文化。
    人間は今、 “無駄” を削ることに、 かつてないほど敏感になっている。

    しかも、 AIはその欲望へ、 驚くほど正確に応えてくる。

    検索する前に要約。
    考える前に整理。
    書く前に構成。
    迷う時間さえ、 短縮され始めている。
    もちろん便利だ。
    疲れなくて済む。
    失敗もしにくい。

    現代人は、 情報と選択肢の洪水の中で生きている。
    だから、 少しでも効率化したくなる気持ちは、 よく分かる。

    でも時々、 思うことがある。
    人間は本当に、 “無駄” だけを削ってきたのだろうか、と。

    昔は、 もっとノイズが多かった。
    雑誌の立ち読み。
    深夜ラジオ。
    偶然入った喫茶店。
    意味もなく歩いた商店街。
    効率は悪かった。

    でも、 人生を変えるものは、 案外、 そういう無駄の中に紛れていた。

    寄り道。
    無駄話。
    待ち時間。
    偶然の出会い。

    人間は、 そういう“不合理” の中で、 誰かと出会い、 傷つき、 考え、 変化してきた。
    でも今、 世界は、 どんどん「最適化」され始めている。

    おすすめが流れてくる。
    AIが要約する。
    次に見るべきものも、 次に買うべきものも、 次に考えるべきことさえ、 AIが提示し始めている。
    気づけば人間は、 「選ぶ疲労」 から解放され始めている。

    でもそれは同時に、“自分で世界を発見する感覚”
    を、 少しずつ失っていくことなのかもしれない。

    ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガー は、 技術が進歩するほど、 人間は世界を、 「効率よく利用する対象」 としてしか見なくなる危険を指摘していた。今、 その感覚は、 少し現実になり始めている気もする。

    風景。
    人間関係。
    感情。
    時間。

    すべてが、 「効率よく消費されるもの」 へ変わり始めている。

    でも不思議なことに、 人間は時々、 わざわざ非効率を求める。
    レコード。
    古本屋。
    フィルムカメラ。
    長い小説。
    知らない街を歩くこと。

    多分、 人間は、 完全な最適化に耐えられない。
    便利さだけでは、 満たされない部分を、 どこかに抱えている。

    AIは、 人間から、 多くの無駄を取り除いていく。
    それは、 間違いなく便利な未来だ。
    でももし、 その先で、
    迷うことも、
    待つことも、
    遠回りすることも、
    失われていったら。
    人間は最後に、 何を“人間らしさ” として残すのだろう。

    AIは、 人間の生活を、 どこまでも最適化していく。
    でも人間は、 最適化されきれない部分を抱えている。

    そして多分、 その“不完全さ”こそが、 最後まで残る、 人間らしさなのかもしれない。




    シリーズ「AI時代の人間たち」
    第1話  AIと人間は、どこまで「わかり合える」のか

    第2話  なぜ僕は、“効率的なAI活用”が苦手なのか

    第3話  AIは、人間の孤独を埋めるのか

    第4話  人は、「本物の感情」を求めているのか

    第5話   AIは、“考える”を代行するのか

    第6話           AIは、記憶を持てるのか



    #創作大賞2026 #エッセイ部門


     
     
    Toshiyuki Tanaka|またの名は「昔を知る未来難民。」 昭和の情緒を引きずったまま、令和を観察中。家族、孤独、承認欲求、SNS時代の違和感について書いています。 これから、単発だけでなくシリーズ化したエッセイも書いていくつもり。 よろしくお願いします。

    あなたへのおすすめ