
【短編小説】忘失ヴァンパイア(4)
※この作品には、一部暴力的な表現、身体的・精神的苦痛を伴う描写が含まれています。
苦手な方は、閲覧をお控えください。
前回↓↓
(1)↓↓
二年前。底知れない虚しさを抱えて、夜の路地に立っていた。
それが私の一番古い記憶だ。
辺りは、何ともまあ気味が悪い場所で、先が見えない暗闇に佇む建物は執拗にシャッターを下ろし、ブゥーーン……と低い作動音を発する自販機の青白い光だけが、幽(かす)かに私を形作っていた。
なぜ、ここにいるのか。
そんなことを考えたとき、背後からナニカが迫り来るような不気味な夜陰に、体を掻き撫でられた気がして、動転したままその場から逃げ出した。
どれだけ逃げたか。息は乱れ、冷気で肺が凍えた。景色がぐにゃりと歪み、疲れ切った足は度々もつれて、ついに暗い路地の真ん中で転んでしまった。
喉が締まりカヒューと掠れた音がして、酷い焦燥感に襲われた。
これから、どうすればいいのか。
頭に蛆が何十と湧いて出たようで、思考の度に脳みそを隅から隅まで這い回る感覚が邪魔をし、しばらく苛立つことしか出来ずにいた。
次第に呼吸だけが落ち着き、ひとまずの身の置き所を探そうとノイズに塗れた頭を抱えて何とか立ち上がり、のそりと歩き出した。
私は何者なのか。
それすらも分からず、夜の路地を歩いていた。
そのとき居た場所は、この街のどこよりも冷たい所だった。
交番や公衆電話、営業中のお店は無く、公園やベンチなどの休憩所も見当たらなかった。
疲れ果て、やむを得ず腰を据えた場所は、河川敷の橋の下だった。寒さに震え、遠景の山と星を眺めながら、胸中の虚しさに向き合っていた。
大切なものを失くしている。そんな気がするのに、それが何か分からない。
早く見つけ出さなければ、その虚しさすらも忘れてしまいそうだった。
動くなら日中だろう。探し物をするなら明るいほうがいい。なにより人の手を借りることが出来るかも知れない。
そんなことを考えているうちに、遠くの空が白み始めた。
ようやく動きやすくなる。私は橋の下から出て、朝焼け前の清澄な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
やがて山の間から陽がのぼり、朝日が私の視界を照らした。
途端、ジュッと音がして、激しい痛みに襲われた。思わず顔を覆った手にも激痛が走り、焦げ臭さと金属のような匂いがツンと鼻をついた。
痛みから逃れるために身を捩り、別の場所に激痛が走ってはまた身を捩り。
日光を浴びた箇所が痛むのだと分かって影へ身を隠した頃にはもう、手も足首も、焼かれた丸太のように黒ずんでいた。
火傷でこうはならない。
まるで日光に燃やされたような傷痕は、私が人間ではないことを自覚するのに十分だった。
私は化け物だ。
日光に燃やされる化け物。思い当たるものなど、吸血鬼しかいなかった。
このまま日が沈むまで、ここから動けないのだろうか。
こんな化け物に、居場所なんてあるのだろうか。
私は堤防斜面と橋台の隙間に入り込み、膝を抱え途方に暮れた。
……夜になったら失くしたモノを探しに行こう。
もうそれしか、私にできることはないように思えた。
それからずっと、一人だった。
太陽が沈んだら、失くしたものを探して街を歩き、太陽が昇ったら影で息を潜めた。
人の真っ赤な温もりが欲しい時があった。けれど、行動に移す事はしなかった。
人間らしい食事は食欲が湧かなかった。
案外、空腹のままでも動き回れたから、困りはしなかった。
私は化け物なのだ。視界に映る手足が人の皮膚のように戻っても、日に燃やされた事実は変わらない。
顔はどうなっているのだろうか。
街のショーウィンドウは私だけを映さない。
探し疲れては、ようやく見つけた公園で星を見上げ、自分の在り方を考える日々だった。
数日前の、あの夜まで。
『かや。』
そうだ。
『蛭間かやさん。』
大切なもの。
『貴女は吸血鬼……ですよね。』
失くしたもの。
『俺は朝比奈たいよう。吸血鬼を退治してるんだ。吸血鬼狩りだよ。』
はやく探さなきゃ。
冷たい風が吹き抜ける展望台。男は背を向けたまま、階段の方へ向かっている。
「吸血鬼狩り。」
声をかければ、男は心底驚いたように振り向いた。
「場所を変えるなら、行きたいところがある。」
ワガママな言葉に、吸血鬼狩りは笑っていた。
「うん。どこにでも行こう。」
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