
【短編小説】忘失ヴァンパイア(5)
※この作品には、一部暴力的な表現、身体的・精神的苦痛を伴う描写が含まれています。
苦手な方は、閲覧をお控えください。
前回↓↓
(1)↓↓
寒夜の路地は暗かった。少ない街灯に、シャッターが下りた個人商店。その隣に設置された自販機の青白い光が、大層眩しく思える程だった。
「ここは……。」
吸血鬼狩りにとっても、馴染みのある路地なのだろうか。そんなふうな呟きだった。
誰が見ても、夜のこの路地は不気味に思えるかもしれない。
ナニカが潜んでいるような夜陰が、今にも体を掻き撫でてくるようだった。
私は、ここに来た理由を男に告げた。
「二年間、この街で失くしたものを探してた。他は全部探した。あとはここだけだ。」
「じゃあ早く探そう。」
男はすぐさま探しに向かったが、私は今にも逃げ出したくて仕方がなかった。
「……ここは怖いから嫌だ。」
我ながらズルい言葉だ。男は、私と路地の間で視線を往復させ、優しく微笑んだ。
「じゃあ、ここで待ってて。探してくる。」
そう言って男は探しに行った。というよりは、そう言わせて探しに行かせた。
私は男の善意を利用したのだ。
期待通りに男は、携帯のライトを片手に腰を曲げ、暗い路上を探し始めた。
冷たいアスファルトの上、少し湿った路面の端、枯れ草が溜まった側溝の中……。建物の住民が置いたであろう植木鉢の際や、段差スロープの隙間まで。
男は懸命だった。
対して私は恐怖を払うように、しきりに背後を見渡し、暗闇の中に誰もいないことを確認していた。
過ぎる時間が、諦念と負い目を植え付けていく。
しばらくして男は、曲がった腰をぐぐっと伸ばし、肩を使って深く呼吸した。
……疲労だ。
「吸血鬼狩り。もう、ここまででいい。」
無理に声を張り上げ、言葉を投げかけたが、男は何の反応も示さなかった。
代わりに、自販機の青白い光をずっと眺めていた。
何を思ったのか。男は自販機の前まで進み、屈み込んだ。膝をつき、手をつき、肘をつき、髪を地面につけながら、自販機の下を光で照らし、覗いている。
ついには、体を地面に張り付かせ、探るように腕を伸ばした。
それによって私の体が、淡い期待と、期待が裏切られる不安で揺さぶられたことは、言うまでもない。
男はやっと何かを手繰り寄せたらしく、手中のそれをまじまじと見つめている。
ようやくゆるりと立ち上がり、見つけたものを大事そうに握りしめながら、こちらに持ってきた。
「もしかして、これ?」
真剣な面持ちで差し出された男の掌にあるものは、虚飾を排した素朴な指輪だった。
「銀じゃないみたいだから、触っても大丈夫だと思うよ。」
男に促され、腐食の少ないそれを、恐る恐る手に取った。
ヒヤリと冷たく、随分と軽く、それでも安さを感じさせないのは、黒銀に輝いているからだろう。
スルリと滑らかに光る外見から、丁寧に研磨された縁を辿り、内側を覗けば、ひっそりと刻まれた文字が、確かな熱を帯びていた。
『 Always with you 』
"いつも貴方のそばに"
『 from Kaya to Taiyo 』
"かや から たいよう へ"
私は哀愁に胸を焦がした。
かや、というのは、私のことでいいのだろうか。
たいよう、というのは、目の前にいる吸血鬼狩りのことだろうか。
私はこれを、この男に贈ろうとしたのか。
そんな当然の困惑より先に、これが無価値なものに成り果てた虚しさと、失われず残っていたことへの安堵で胸が熱くなったのだ。
もう何の役にも立たないらしいそれは、私にとって、確かに大切なものだった。
「良かった。」
思わず溢れた言葉だった。
「ありがとう。きっとこれだ。」
私は指輪を、固く、固く握りしめた。
「それ、どうするの?」
男に聞かれた。
「どうしようか。」
私は、これをどうしようかなど、考えてはいなかった。
「誰かに渡すとか。」
「……さあ。」
ただ、見つけることで、自分の在り方が変わることを願っていた。
今となってはそれすらも、あまり望んではいない。
「大切なものだったんだ。失くした気がして、ずっと、ずっと、探してた。」
見つかったことが、なによりも嬉しかった。
「ありがとう。吸血鬼狩り。」
純粋な感謝の言葉だった。
だったのに、男は悔しそうな顔をしていた。
続き↓↓
⚪︎こちらのマガジンにまとめています。↓↓