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【短編小説】忘失ヴァンパイア(3)

    ※この作品には、一部暴力的な表現、身体的・精神的苦痛を伴う描写が含まれています。
     苦手な方は、閲覧をお控えください。

    前回↓↓

    (1)↓↓


     次に来たのは展望台だった。
     二年間、ズルズルと這うように彷徨い歩いたこの街を一望できる場所だった。
     暗く落ちた世界の足元で、人工的な光が燦然と輝いている。

     そんな景色を背景に、男は嘘くさい笑みを貼り付け大袈裟に両手を広げてこう言った。

    「どう? いいところでしょ。彼女が教えてくれたんだ。」

     私はというと、芝居がかった男の仕草を尻目に柵の際まで近づき、街の灯りですっかり消えた夜空の星々を探している。

    「今は夜だから夜景が映えるけど、夕方は沈む太陽と夕空がすごく綺麗なんだ。」

     横に来て情感豊かに話す男は、祈るように悴んだ両手を擦り合わせていた。
     そんな男の視線は景色ではなく私に向いていて、けれども私を見ているというふうではなかった。

    「彼女は空を見るのが好きでさ。二人でよくここに来ては夕空を仰いで、暗くなる前に急いで帰ってた。」

     案の定といったところか。男は過去を見ていた。

    「彼女ったら星も見れたらいいのにって何度も何度もぼやいててさ。」

     男は楽しそうに話しているが、私はカフェのときのような居た堪れない空気はごめんだった。こんなにも立派な景色が目の前にあるのだから、男もくっちゃべらず、そちらを見ればいいのだ。

     吸血鬼と吸血鬼狩り。その間に余計な会話、ましてや男の彼女の話など、どうしても必要とは思えない。

    「デートしてるときに、他の女の話は相応しくない。」

     私が吐き捨てた正論で、男の話を止めてしまいたかった。そして意外なことに、それは少しだけ成功した。
     少しの間、男は呆気に取られていたのだ。
     けれど長くは続かなかった。

     男は歪に笑った。

     いや、歪という表現は少し違うかもしれない。目や眉は外側へ垂れ下がり、口角だけが引き上がっていた。
     なんともチグハグな面持ちだった。

    「ごめん。今は彼女の話をさせて。」

    「……明日から絶対退治しに来ないでね。」

     正直、本当に勘弁して欲しかった。だって私は気の利いたことを何一つ言える気がしない。
     けれどそんな顔をされて、やめろと言えるほど冷徹にもなれなかった。

     男は自分の身の上話を始めた。

    「俺の父親、吸血鬼でさ。まあ、色々とあって、父親のことが憎くて。この父親と血縁なんだって思うと、自分のことも嫌いになっちゃって。」

     それはそれは、とても耳障りで、頭の中がむず痒くなるものだった。

     けれど意外にも、男の声に重苦しさはなかった。むしろ軽快にすら聞こえた。

    「そんな俺を好きだって言ってくれたのが彼女でさ。腐って下向いてた俺なんかにも、彼女はいつも明るく接してくれて。」

     分厚く纏わりつくような闇夜に反して、明るく開放的な声色だった。しみじみと感慨深そうに話す思い出は、きっと彼にとっていいものだったのだろう。
     ただ、他人の幸不幸など知ってどうなるものでもないし、私はあまり真剣には聞いていなかった。

    「彼女、俺になんて言ったと思う?」

     男は、ぼんやりと景色を眺める私の意識に、強引に割り込んできた。

    「さあ。」
     私は景色に目をやったまま、考える素振りすらもしなかった。

     そんな態度が気に食わなかったのか、男はがむしゃらに口を開き、畳み掛けるように必死になって喋り倒した。

    「貴方と話してると心がポカポカするんだ。名前の通り太陽みたいな人だね。って言ったんだよ。」

    「俺なんかよりよっぽど太陽って言葉が似合う人でさ。何があってもいつも笑顔で。何度彼女の笑顔と言葉に元気づけられたことか。」

     熱弁する男に、そう。とだけ返した。私の知ったことではないし、興味もないし、為になる話でもないからだ。


     男は一息ついて、荒だった息を整えた。整えて、改めて私に向き直った。

     そして再び口を開いた。

    「そんな彼女の温もりを、俺の父親が奪っていったんだ。」

     不穏な冷気が頬を掠めた。

    「二年前だった。そのとき初めて吸血鬼を退治したよ。」

     男に先程までのひょうきんさはない。
     笑みは消え、声は淀み、目つきは鋭く、真剣にこちらを見つめている。

     あまりの変貌ぶりに、私は少したじろいだ。

    「それからずっと、吸血鬼が人を傷つけているところに出くわしては、退治してきた。」

     吸血鬼狩りの瞳は私を捉えて離さない。

     恐らく野生の本能というやつだろう。目を逸らしたら負けだと思った。
     景色が遠くなり、緊張で肌がひりついた。

    「……私は人を傷つけていない。」

     逃げずに身構えたところで、私にできることは下手な命乞いの他になかった。

     吸血鬼狩りは何を思ったのか。冷酷そのものだった表情を綻ばせ、弾むような声を取り戻した。

    「みたいだね。」


     嫌にしらけた。

     私と吸血鬼狩りの間に重い沈黙が流れている。私はあまり喋る方ではなかったし、饒舌だった吸血鬼狩りも、今は休むように口を閉じている。

     あまりの気まずさに耐えかねて、私のほうから話題を振った。
     この静寂から逃れられるなら、話題はなんでも良かった。

    「……なんで分かった。私が吸血鬼だって。」

     街のショーウィンドウは私を映さない。どれだけ頑張ろうと、完全に人間社会に溶け込む事はきっと無理だと思う。
     だから聞かなくても、それとなく分かることだった。

    「んー。そうだなぁ。」

     張り付いた笑顔に戻った男から、真面目な回答を得る事は難しいだろう。

     どうせはぐらかされる。それならば、意趣返しをしてやりたかった。
     男も私と同じように、何と反応すれば良いのか分からない不快感に頭を悩ませればいい。
     だから言ってやった。

    「私の見た目が、そんなに、化け物みたい?」

    「いいや。」

     男は即座にそう言った。

    「綺麗だよ。」

     そう言って、こちらに手を伸ばした。

    「この世で一番、綺麗な人だよ。」

     優しい声だった。

     男は慈しむように柔らかく目を細め、私の頬をサラリとさすった。

     甘い痺れと肌の温もりが私の皮膚を襲い、跳ねた心臓が体を強張らせた。冷たい夜風が展望台を吹き抜け、目頭に沁みていく。

     惜しむようにさすり終えた男は、さっと背中を向けて階段の方へ歩き出した。

    「流石に寒いね。場所、移動しようか。」

     私の体は固まったまま、背を向ける男についていけず、ただジンと燻る頬の無事を確かめるばかりだった。

     もうほとんど私が言わせたような世辞の言葉だが、男の言う通りなら、私はいったい、どんな見た目をしているのだろうか。


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    ・2026/05/30 一部編集しました。読みやすくなっていれば幸いです。

     
     
    主にイラストや小説を投稿してます。 執筆中の小説↓↓  【創作小説】笑顔と知れば  【ファンタジー小説】君子かげることなかれ!

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