
【短編小説】忘失ヴァンパイア(2)
※この作品には、一部暴力的な表現、身体的・精神的苦痛を伴う描写が含まれています。
苦手な方は、閲覧をお控えください。
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来客を知らせるドアベルが、カランカランと鳴いている。
木の香りと甘い香りが漂う空間に、客を迎え入れる挨拶が響く様は、妙に居心地が良かった。
「冬はいいね。太陽が早く沈むから、貴女と一緒にカフェに入れる。今日は俺の奢り。好きなの選んでいいよ。」
そう言って吸血鬼狩りは、私をケーキや菓子が並ぶショーケースまで手招いた。
この男曰く、本当に無害かどうか見極めるには、共に過ごす他ないらしい。
「……無害だって分かったら、もう退治しに来ないでよ。」
「んー、どうしよっかなぁ。」
この男はいつも軽薄そうに笑っている。今だってヘラヘラ、ヘラヘラと。何がそんなに可笑しいのだろうか。
ヤケになって選んだ注文を、満足気に会計する男がとても疎ましかった。
今の私は何処からどう見ても不機嫌だっただろう。だから、店員が話しかけてきたのには驚いた。
「あ! やっぱり! お姉さん、以前よくここに来てた人ですよね!」
内容も内容だった。全く心当たりがない。
「今日初めて来たけど。」
私は顰めっ面でぶっきらぼうに返した。このまま引き下がってくれ、という意図を込めて。
しかし、馴れ馴れしくも店員は引かなかった。
「あれ? でも、よくあの人と来てませんでした?」
そう言ってショーケースから身を乗り出し、レジを指差した。ありえない。そこに居るのは吸血鬼狩りの男だ。
「いつも二人してココアとチョコケーキを選ぶから、よく覚えてますよ。」
店員は調子良く話し続ける。何一つピンと来ない私を置いてけぼりにして、その口は加速するばかりだった。
話を遮るのは労力の無駄だ。この手の輩は引き下がらない。だからもう、相槌も訂正もしなかった。
「二年くらい前からお兄さん一人だけが来てましたけど、就職とかでこの辺りから離れてたんですか? また来てくれて、すごく嬉しいです!」
注文の商品をトレーに乗せ、飲み物を注ぎながら、矢継ぎ早に語っている。マスクをした状態で、よくもまあ息を切らさずに喋れるものだ。
「どうぞごゆっくり!」
満面の笑みで手渡してきたトレーの上には、私が頼んだココアとチョコレートケーキが乗っていた。
私以外を映す窓際。店内の二人がけの席に腰を下ろし、目の前の吸血鬼狩りに愚痴をこぼした。
「あの店員。私を誰かと間違えてる。」
陶器のマグカップに注がれたココアは、か細い湯気を立たせている。器はほのかに温かく、持ち上げれば、そこそこの重さがあった。
目の前の男など知ったことか。こっちは二年間なにも飲み食いしていないのだ。期待と不安。マグカップと口。それらをこわごわと引き合わせる。
「多分、俺の彼女だね。」
私を止めさせたのは男の言葉だった。
男のことなど、どうでもいい。勿論、その彼女のことも。ただ、悪者になりたくなかった。
「……彼女いるんだ。」
露骨な失望だったと思う。そんな言葉を男にぶつけた。
「いた。」
「だね。」
男は笑っていた。
笑っていたが、何処か寂しそうだった。
「……ふーん。」
気まずい空気に身を置きながら、ココアに夢中なフリをした。
甘さが燻る飲み物を啜ってみれば、泥水のような食感と生温かさだけが広がる。
この裏切られた気分を知ってか知らずか。
「この後、少し歩こうか。見せたい景色があるんだ。」
癪なことだった。男の提案は、私の意識を口の中の落胆から逸らしたのだ。
男はまだ自分の食べ物に手をつけていない。目の前の飲食物より、その向こうの化け物に気を取られるのは、まあ当然のことだろう。
「分かった。」
居心地の悪さから逸早く抜け出そうと急いで頬張ったチョコレートケーキは、なんともまあモチョモチョとしていた。
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