
【短編小説】忘失ヴァンパイア(7)
※この作品には、一部暴力的な表現、身体的・精神的苦痛を伴う描写が含まれています。
苦手な方は、閲覧をお控えください。
前回↓↓
(1)↓↓
暗闇に滞留する男の眉間には皺が寄り、歪んだ口は開閉を繰り返した。自販機の仄かな逆光が、落ち着きのない喉仏を浮かび上がらせている。
「吸血鬼狩り……?」
優れない様子の男に声をかければ、男はハッと息を呑み、俯いてしまった。
けれど、次に顔を上げたそのときにはもう、口角を引き上げ、目を細めている。
「次は、次はどこに行こうか。」
指輪を見つけた余韻に構わず男が口にしたのは、同行先の相談だった。
やりたいことを終えた私に行きたい場所などはなく、この場から離れることさえできれば、それで良いと思う。さて、何処に行きたいと言うべきか。二、三秒も無い悩みの時間だった。
「まだ一緒に、いろんなところに行こうよ。」
僅かな沈黙を埋める男の声は、前のめりに広げられた腕先を揺らし、湿気る闇夜の空気を震わせた。
「夜が明けるまで。いや、もっと。」
男は足を踏み出した。
「もっと、ずっと!」
一歩、また一歩。男の体躯がジリジリと詰め寄り、遂には骨ばった手が私の肩を掴んだ。
「夜が明けても、ずっと一緒にいてよ。」
笑顔を崩し覗き見る男の瞳から、大きな雫が溢れ落ちている。
「なんで、泣いて……。」
男は私の肩を頑なに掴んで離さない。落ちる涙が私の指間を熱く濡らし、握りしめた指輪にまで染み込んだ。
「どうして俺のこと覚えてないの?」
絞り出す男の喉に高い低いを操る余裕などないのだろう。
「また、一緒に暮らそうよ。」
吐き出される言葉はやがて、濁流のように押し寄せる。
「食事をしたくなったら俺のをあげるから。俺以外に手を付けなければ、きっと、きっと大丈夫だよ!」
「暮らしに不自由させないし、だから!」
乱暴に空気を吸い込んだ男の喉は、しゃくり混じりの音を立てた。
「だから、ね? 一緒に居よう。」
私は知っていた。居場所を作ることの難しさを。敵でも味方でもなく、共犯のような、そんな存在の稀有なことを。
私は、頬を伝う男の涙を指で掬った。
「私を退治する話は?」
私は人間ではない。吸血鬼だ。男も分かっているだろう。今まで人を傷つけずに生きてきたところで、今後も人を傷つけずにいられるとは限らない。
やるべきことを終えた今、早々に止めるべきなのだ。私が悪者に、心から化け物になる前に。
「今なら退治されてやってもいい。」
男は口を固く結んだ。肩を掴んだ手は力無く離れ、涙を拭い、ジャケットの内ポケットをまさぐり始める。
そこに銀のナイフがあるのだろう。
緊張の瞬間。審判が下される瞬間。男はジャケットを掴む手をぎゅっと握りしめ、内に入れた手をなかなか寒冷の空気に放り出せずにいる。
男の目には、今の私がどう映っているのだろうか。
男は目を伏せた。懐からゆっくりと抜かれた手には、何も握られていない。
「……デート、続けよっか。」
男はくしゃりと笑った。その言葉は単なる判断の先延ばしに過ぎないかも知れない。しかし、私にとっては存在の許容そのものに感じられた。
「次は何処に?」
潤んだ男の瞳に、月の明かりが反射した。
「そうだなぁ……、俺んちでゲームでもする? 彼女と一緒に遊んだゲームがたくさんあるんだ。」
寒空の下、男は彼女の面影を離さずにいる。
「また彼女の話。」
私は呆れて笑ってしまった。
ー完ー
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