
不機嫌なハミング <第2章>
【あらすじ】
小野寺雅斗は、アメリカの買収工場を立ち上げる初代工場長。冷酷な本部長の圧力や、文化も常識も異なる現地従業員との衝突に、独自の「戦略」で耐え忍んでいた。さらに、慣れない異国生活でストレスを抱える家族との間にも、いつしか見えない溝が生まれ、雅斗の不機嫌な鼻歌(ハミング)は止まらない。そんな中、心を閉ざした若き出向者が赴任してきたことで、工場の歪んだ歯車は予期せぬうねりを上げて回り始める。
異文化と家族の距離に翻弄されながらも、混迷の果てに見出した国境を越えた共通項、そして隠された驚くべき真実とは――。
42.195kmのマラソンと工場再生が完璧にシンクロする、ビジネスと家族の魂の再生ストーリー!
小雨がぱらついてきた。
何とか持ちこたえていた曇天も、ついに臨界点を超えたのだろう。オレの経験上、日本の天気予報よりもアメリカの予報の方が当たる確率が低いはずなのに、あいにく今日は予報通りになってしまった。
これ以上強い雨にならなきゃいいのだが……。
10kmの通過タイムは57分20秒。必ずしも調子が良いとは言えない今のこの状態で、立てた戦略通りにタイムを刻めていることに、オレは安堵した。ここまでの数kmのラップタイムは5分30秒を完璧にキープできている。
練習は嘘をつかない。
走った距離は裏切らない。
雨粒がゆっくりと露出している肌を濡らしていくせいで、少しずつ肌寒さを感じ始めていた。気温もやや下がってきたようだ。路面に水が溜まるとそれを避けながら走ることになり、余計に体力を消耗する。
雨よ、オレのサブ4達成を邪魔しないでくれ。
「恵みの雨だね」
「確かにそうね。心身をクールダウンしてくれる」
「その通り。自然の力にはいつも驚かされるね」
「ありがとう、神様」
アメリカ人の年齢は容姿からは予想しにくいが、おそらく三十代と思われるふたりの白人女性がオレを軽快に追い抜いていく。
レース中の雨に感謝するなんて、意味がわからない。
本当にポジティブだな、アメリカ人は。
オレにとっては、やや稚拙に感じるほどに。
それでも いつかは いつものように
慰めあっている
◇
小野寺雅斗が工場長を務めるFuso Sake USA・ミズーリ工場は、ミズーリ州の大都市であるセントルイスから50マイルあまり西に位置する、小さな田舎町にある。
中国系の調味料会社をM&Aして設立されたこの拠点には、元々そこで働いていた八名の全従業員をそのままFuso Sake USAに転籍させていた。しかし、会社が変わって八ヶ月経った今、残っている従業員は半分程度まで減っている。
その急激な人員減少の中で、仕事に対するモチベーションと論理的思考能力の高さから、雅斗自身が製造部長に押し上げた従業員がいた。
アレックス・パーカーがその人だ。
三十六歳の彼は、工場の所在する田舎町で生まれ育ち、一度もミズーリ州から外へ出たことのない、超ローカル人である。出世欲がやや強く出ることと、嘘つきとは言わないまでも、自分のミスを隠そうとしたり、悪い報告を上司である雅斗に積極的に上げないという悪癖を除けば、パフォーマンスとしては申し分なかった。
妻子持ちで、熱烈な愛妻家でもある彼は、頻繁に妻のローズの話を雅斗や他の従業員に聞かせていた。
週明けだった今日も、出勤してきた雅斗を捕まえ、アレックスは早速のろけ話を始めた。
「いやー、参ったよ。土曜日にローズの美容院に付き合ったんだけど、カットだけじゃなく、カラーやネイルまでねだられてね。結局250ドルも散財させられたよ。けど、ローズは美しくなったし、オレも彼女もハッピーさ」
「そりゃー良い週末だったね」
雅斗が笑顔で応じると、アレックスの話はさらに加速した。
「最高の週末だった。来週は娘も美容院に連れて行くことになった。給料がいくらあっても足りないくらいさ」
「そうか、それは大変だ。パパは、もっと働かないとね」
「その通りだ。どんどん稼ぐよ」
アレックスの機嫌が最高潮に達したのを見計らい、雅斗は本題を切り出した。
「それはそうと、金曜日の夕方に場内を回っていたら、モーターから変な唸りが鳴り続けていたよ。先月、メンテナンスに頼んでおくように君に指示したけど、対応状況はどうなっている?」
「え?どのモーターのこと?」
「だから、絞った後の生酒をタンクに移送するポンプのモーターだよ。あの青い中国製のやつ」
「あー、思い出した。あの青いモーターね」
「唸り音は、自分で実際に確認したかい?」
「もちろんだよ。工場の中がうるさいから、そんなにひどい騒音だとは思わなかったけど……。マサが気になるんなら対応しておくべきだね」
「だから、先月、メンテナンスに伝えるように言ったんだよ」
アレックスの表情がわずかに曇った。
「わかってるよ。マサに言われて、すぐにリュックに確認するように言ったんだけどなぁ……」
「実際に異音がなくなっていないんだ。対応していないのか、対応方法がわからないのか、確認してくれ」
「オッケー、リュックに聞いておくよ。彼は物忘れが激しいからな。困ったヤツだ」
「君は製造部長なんだから、故障対応の進捗もしっかり管理してほしいんだ」
アレックスの声が、やや高くなる。
「わかっているよ!リュックのヤツ、仕事の優先順位がわかっていないんだ。全く困ったヤツだよ」
―――だからこそ、製造部長であるアレックスがしっかりと目を光らせて
おかないとダメなんだがな。雅斗は、そう思いつつも、月曜の朝から小言は逆効果だと判断し、口をつぐんだ。これも「現場のモチベーションを削がない」という、自らに課したひとつのマネジメント戦略だ。雅斗は、心の中でそう言い聞かせた。
「じゃあ、頼むよ、アレックス」
「オッケー」
工場長室に付帯しているシャワールームでユニフォームに着替え、雅斗はラップトップを立ち上げた。
そこで、肥後本部長からの未読メールに気づく。金曜日の夜に送信されたもののようだった。
『【重要・至急】ミズーリ立ち上げ遅延に伴う、今期事業計画の影響について』
メールのタイトルを見ただけで、不愉快な重みが胃の底に溜まり、雅斗の喉からは思わず鼻歌が漏れた。
宛先は、雅斗自身。そしてCCには、Fuso Sake USAの日本人出向者だけでなく、社長の扶桑源左衛門までも入っている。
自分は本部長として適切に指導をしているが、ミズーリ工場長である雅斗のパフォーマンスが不充分なために会社全体の業績に悪影響が出ている、ということを声高に社内に喧伝したいのだろう。あの陰険なキツネ野郎の思い付きそうなことだ。
タイトルだけで、完全にげんなりした雅斗は、メール本文を読むことなくラップトップを閉じて、工場内の製造エリアを巡視することにした。
「おはよう、マサ。元気かい?」
コンベアを洗浄していたトーマス・クラークが快活な笑顔で雅斗に声をかけてくる。
「おはよう、トーマス。元気だよ、君は?」
「もちろん!」
彼はいつも楽しそうに仕事をしている。
アレックスと同じく、中国系調味料会社からの転籍組のひとりで、工場内にポジティブな空気をもたらす貴重なムードメーカーだ。オペレーションに関しては、他の誰よりも詳しいことを買って、雅斗が製造リーダーのポジションに就けていた。
トーマスは、アメリカのサッカーメジャーリーグであるMLS(Major League Soccer)の下部リーグであるUSLチャンピオンシップでプロサッカー選手としての数年間プレーした経歴を持つ。長身で細身の筋肉質、なかなかのイケメンだ。幼少期からサッカー漬けの日々を送ってきたため、高卒で学がないことを多少コンプレックスに感じているようだが、その分、仕事に対する真摯な姿勢と継続的な努力は、雅斗にとっても最も信頼の置けるものだった。
「アナタハ、ヨイシュウマツヲ、スゴシマシタカ?」
最近はスマホのアプリで日本語の勉強も始めたようで、時折日本語で雅斗に話しかけてくるといった愛らしさもある。
「ワタシハ、タクサン、ネマシタ」
ゆっくりとした口調で雅斗が返すと、トーマスは白くきれいな歯を見せて笑った。
「スバラシイデス」
十名足らずの人員で切り盛りしているミズーリ工場は、敷地面積もさほど広くはないため、十五分もあれば場内を一通り見て回ることができる。
特に異常がないことを確認した雅斗が事務所に戻ると、何やら男女の激しい口論が聞こえてきた。
事務員のエレナ・モラレスとメンテナンスのリュック・ベルローズが言い合いをしている。
雅斗の喉の奥から、またしても不機嫌な鼻歌がせり上がりそうになった。
早口なため、雅斗には、その詳細までは聞き取れない。どうやら、リュックが発注を頼んだ何かの部品が届いていないことに対し、資材調達担当のエレナを責めているようだった。対するエレナは、納期がかかることは前もって伝えてあり、これ以上納期を早めることはできないと主張している。
ふたりの口論は日常茶飯事なため、雅斗は、呆れつつもふたりに割って入る。
「おはよう。どうした?何か問題があったのか?」
「おはよう、マサ。私は悪くないのよ!だけど、リュックに何度説明しても彼は理解しようとしないの!」
「具体的に教えてくれ」
「私は悪くないのよ!」
「ちょっと落ち着いて、ゆっくり話してくれ」
「落ち着いてるわよ!」
エレナは、良く言えば感情豊かな人、悪く言えば感情をうまくコントロールできない人だ。この時の彼女は、既に精神的に沸点に達しており、口論とは無関係の雅斗に嚙みつくような態度を見せた。これもまたいつものことなので、雅斗は速やかに話しかける対象をリュックへと切り替えた。
「オッケー。じゃあ、リュック、何が問題なんだ?」
リュックが不機嫌そうに答える。
「マサが必要だと言っていた***の部品がまだ届いていない。ベンダーは在庫があると言っていたにもかかわらずだ」
「待ってくれ。何の部品だ?」
「***」
黒人特有の強いアクセントが、雅斗には聴き取りづらいことが頻繁にある。
特にリュックは、スラングも多用するので、彼とのコミュニケーションはスムーズにいかないことが多い。
「わからない。別の言い方をしてくれ」
「操作盤の中のリレーだよ」
「私が君に発注を頼んだのは、ブレーカーであって、リレーではない」
「マサは、リレーと言った」
「リレーなんて壊れていないだろう?調子が悪いのはブレーカーだよ」
「わけがわからない指示を出すのは止めてくれ」
「何がだ?ブレーカーの調子が悪いことを一緒に確認しただろう?なぜ、リレーが必要なんだ」
「リレーは前の会社の頃から一度も交換していない」
「そんなことは聞いていない。ブレーカーの調子が悪いから、ブレーカーを注文しておくように言ったんだ」
見かねたエレナが横から割って入る。
「注文する前に、念のため私がマサに確認したら、マサははっきりと『ブレーカー』と言っていたわ」
「リュック、君がベンダーに在庫があると聞いたのはリレーのことだったんじゃないのか?」
「そんなことは知らない。オレは電話でベンダーに在庫があるかどうかを聞いたら、ベンダーはあると言ったんだ。だから届いていないのはおかしい」
「だから、何の在庫を聞いたんだ?リレーか、ブレーカーか?」
「覚えていない」
雅斗は、深くため息をついた。
「わかった。じゃあ、リレーのことは一旦忘れてくれ。エレナ、ブレーカーの納期はいつだ?」
「早くても四週間はかかると言っていたから、来月の上旬になると思うわ」
「ありがとう、エレナ。リュック、それで納得か?」
「せっかちなマサがそれでいいんなら、別にオレはそれでいいさ」
「じゃあ、この件は解決だ。いいね、ふたりとも」
「わかったわ。朝から面倒をかけてごめんなさい、マサ」
「気にするなよ、これも私の仕事だからね、エレナ」
不貞腐れたリュックは、背を向けて小声で何かを呟きながら去って行った。
雅斗の耳には聞き取れなかったが、エレナの表情が一瞬こわばったのを見逃さなかった。
おそらく差別的なスラングを吐いたのだろう。
リュックが、上司である雅斗に対して見下した態度を取ることは珍しくない。
彼自身、アジア人を侮蔑する感情があるようだ。
五十三歳の、フランス系アメリカ人で、独身。軍隊経験もある彼は、「アメリカ人が世界で一番優れている」と狂信的に信じているタイプだ。
日本人である雅斗には、そういった態度は受け入れがたいことではあるが、現在のミズーリ工場においてメンテナンスをこなせる人材は彼ひとりしかいない。ここで彼に辞められてはラインが完全にストップするという冷静な計算のもと、雅斗はできるだけ個人的な感情を押し殺し、腫れ物に触るように接してきた。
ただ、雅斗がミズーリ工場長に着任して、もう八ヶ月が過ぎた。
エンジニアのバックグランドを持つ雅斗自身が、工場内の設備を掌握しつつある今、それなりのレベルのメンテナンスを新しく雇いさえすれば、何とか生産活動はやっていける。たとえリュックがいなくても、だ。
その「Xデー」は、そんなに遠くないと、雅斗は感じていた。
それもまた、この不毛な工場で生き残るための、彼なりの戦略だった。
昼過ぎ、工場長室の扉がノックされ、エレナが入ってきた。
「今朝は、本当にごめんなさい。私が感情的になっていたのも認めるわ」
雅斗は、ラップトップに接続した24インチの大型モニターから、入口に立つエレナに視線を移した。
「いいよ、過ぎたことだ」
「ありがとう、マサ。少し、時間いい?」
「もちろんだよ。何かトラブルかい?」
エレナにソファを勧めながら、雅斗自身もオフィスチェアから立ち上がり、彼女の隣のソファに移動した。
「来月から日本人がひとり、ミズーリ工場に来るって言ってたわよね?」
スパニッシュ特有のアクセントで、エレナが話し始める。
彼女は、三十四歳のシングルマザー。ボーイフレンドと彼女自身の三人の子どもと一緒に暮らしている。
彼女が小学校に入る前に、メキシコからテキサス州に家族で移住してきた過去を持つ。
高校に入学してすぐに、最初の子を妊娠し、高校を中退。その後、ケアホームなどでハウスキーピングの仕事をしながら生計を立ててきた。
三人の子どもの父親はいずれも違い、現在同居するボーイフレンドとの間には、子どもはいない。
「そうだよ。そうだ、名前を伝えておくよ。木下凪。ナギーと呼んであげて」
「オッケー。そのナギーのために事前に準備しておくことがないかと思って」
「それは助かるよ。私がミズーリに来た時も、色々と君に助けてもらったもんね」
「ナギーって、どんな人なの?」
「私も会ったことがないから、詳細はわからないけど、二十八歳の男性で、独身らしいよ。四年間、日本の扶桑酒造で働いている」
「ひとつの会社に四年も?長いわね」
「そうかい?日本では、終身雇用がまだまだ残っていてね、一度会社に入ると、定年退職するまで同じ会社で働く人は多いんだ」
「信じられない!」
「日本は、アメリカと違って、転職することで必ずしも給与や待遇が上がるわけではないからね」
「じゃあ、会社がイヤでも辞められないってこと?」
「若い世代は転職する人も増えてきているけど、今の会社がイヤだから、すぐに会社を辞めるというのは、あまり一般的ではないかもしれないね」
「へえ、何だか窮屈な国ね」
「あはは、そうかもしれないね。だけど、一方で、会社の人間関係は、家族のようだったり、友人関係の延長のようになることも少なくないよ」
「随分アメリカと違うわね」
「まずは、ナギーのために事務用品をそろえる所からはじめてもらえるかな?ラップトップや社有携帯電話の手配もFuso Sake USAのシカゴ本社と進めてほしい」
「了解」
「ありがとう、エレナ。ところで―――ボーイフレンドとは、うまくいってる?」
日本だったら、セクハラとも捉えかねない質問だが、アメリカのビジネスの現場では、プライベートの話題を適度に出すことが好まれることは、雅斗もこの八ヶ月で学んでいた。こうして従業員の私生活に関心を示すことも、彼らと打ち解け、忠誠心を得るための大切なコミュニケーション戦略なのだ。
「とてもうまくいっているわ。彼は私の人生そのものよ!子どもたちも彼にすごく懐いているし。土曜日には、パークでディスクゴルフをやったのよ!」
「それは、いいね!」
「彼もメキシコにルーツのある人なの?」
「いいえ、彼は生粋のミズーリアンよ」
「そうかい。ちなみに、メキシコってどんな国?」
「……貧しい国……かな……」
少し立ち入りすぎたかなと、雅斗は少し後悔したが、エレナは淡々と言葉を続けた。
「あまり良い思い出はないの。父親には、よくぶたれたし」
「本当に?ひどいね」
完全に話題選びに失敗した、と雅斗は自分の戦略ミスを悔やんだ。
「酔っぱらうと、私たち兄弟に食べ物をくれないの。いつもお腹が空いていた……。私は時々だったけど、兄はいつも父に殴られていた。お母さんもね」
「本当に?」
「本当よ。だから、お母さんと兄弟とでアメリカに逃げてきたの」
「テキサスだっけ?」
「そう。すごく自由になれた」
「壮絶だね。そうか……、ゴメンね、辛いことを思い出させてしまって」
「いいのよ。過去は過去。今は幸せよ」
「それを聞けて嬉しいよ。ありがとう、エレナ」
「話を聞いてくれてありがとう、マサ。あなたは、今までで一番良いボスよ」
「そんなことないと思うけど……」
「そんなことあるわよ。日本人は、謙虚ね。私、ローズと親友なんだけど―――アレックスの奥さん、知ってるでしょ?彼女もいつもアレックスから、『会社が変わって、マサが来て、毎日が充実している』って聞いてるってよ。マサは本当に良いボスだって、いつも家で褒めてるらしいわよ」
雅斗は、思わず顔がにやけてしまうのを止められなかった。
慌てて咳払いをして、表情を無理やり引き締める。
「そんなことないけど……、良いボスになりたいって、いつも努力してるよ」
「あなたは、最高のボスよ!」
工場長室を軽快な足取りで出て行くエレナの後ろ姿を横目に、コミュニケーション戦略はうまく機能しているな、と雅斗は誇らしげにひとりごちた。
退社時刻を少し過ぎた頃、ユニフォームから着替えを終えた製造部長のアレックスが工場長室の入口からひょこっと顔を出した。
「帰るよ」
雅斗は、笑顔を返す。
「お疲れ、アレックス」
「マサも早く帰れよ。家族が待ってるぞ。……あ、そうだ。来月から日本人がもうひとり来るって、早速場内でうわさになってるよ」
「ああ、今日、エレナともその話をしたよ」
アレックスは一瞬、廊下の左右に視線を走らせると、声を潜めて言った。
「リュックには、少し気を付けた方がいいよ、マサもね」
アレックスは颯爽と帰って行った。
どういう意味か、と問いかけた雅斗に対し、アレックスが返答した内容が気にかかった。
日本人出向者がひとり増えるという噂を耳にしたリュックは、次のように吐き捨てたというのだ。
「どうせすぐに尻尾を巻いて、日本に帰るさ」
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