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不機嫌なハミング <プロローグ>

    【あらすじ】

    小野寺雅斗は、アメリカの買収工場を立ち上げる初代工場長。冷酷な本部長の圧力や、文化も常識も異なる現地従業員との衝突に、独自の「戦略」で耐え忍んでいた。さらに、慣れない異国生活でストレスを抱える家族との間にも、いつしか見えない溝が生まれ、雅斗の不機嫌な鼻歌(ハミング)は止まらない。そんな中、心を閉ざした若き出向者が赴任してきたことで、工場の歪んだ歯車は予期せぬうねりを上げて回り始める。

    異文化と家族の距離に翻弄されながらも、混迷の果てに見出した国境を越えた共通項、そして隠された驚くべき真実とは――。

    42.195kmのマラソンと工場再生が完璧にシンクロする、ビジネスと家族の魂の再生ストーリー!

    「エクスキューズミー」

    隣でストレッチをしていた若い女性の肘が、オレの左肩に触れた直後だった。

    曖昧な笑顔を無言で返す。
     
    車を降りる前に見たインパネの表示は47℉だった。摂氏にすると8℃だから四月にしては低めではあるが、長距離を走るには問題ない、いや、むしろ良いコンディションと言えるだろう。ラジオの天気予報では日中は60℉まで上がると言っていたから、ええと、15~16℃か、と頭の中で計算する。残念ながら雨予報だったが、今のところ曇天は何とか持ちこたえている様子だ。

    この気温であればTシャツでいけると判断したものの、やはりじっとしていると肌寒い。少し後悔がよぎったが、周囲を見渡すとロングスリーブのランナーはほとんどおらず、ノースリーブも珍しくない。中には上半身裸のマッチョも、ちらほら見かける。アメリカ人の体感温度は日本人のそれとは違うことは、この二年足らずのアメリカ生活で嫌というほど思い知らされた。それでも、周りが自分より軽装であることに安堵している自分に気づく。

    見ず知らずの他人のウエアを自分の行為の判断基準にしているあたり、やはり自分は日本人なんだなと、オレは、ひとり苦笑した。
     

    セントルイスマラソン。

    アメリカ合衆国ミズーリ州の最大都市であるセントルイス地域で毎年四月に行われるランニングイベントだ。

    単なるマラソン大会ではなく、「ファミリー・フィットネス・ウィークエンド」として、子供からシニアまで参加できるお祭りのような雰囲気がある。

    種目は、フル、ハーフ、10K、5K、そしてファミリーランの1マイル。

    その中で、オレは、フルにエントリーしていた。

    セントルイスの名所であるゲイトウェイ・アーチやフォレスト・パークを巡る観光ランのように設定されており、一万人を超えるランナーがセントルイスの街を駆け抜ける。

     
    スティフェル・シアターというオペラハウスに面したマーケット通りにスタートゲートが設置され、フルとハーフを走るランナーが並ぶ。スタート時の混雑を緩和するために、自己申告したタイムごとに各グループが順番に配置され、ウェーブスタートしていくことになっている。オレはサブ4、つまりフルマラソンを四時間以内に走り切るグループの中にいた。周囲はみな、理屈の上では同等の走力を持つランナーたちだ。今回のセントルイスマラソンでオレは人生初のサブ4達成に挑戦する。そのため、周囲のランナーに引っ張ってもらうというのが、今回の戦略だ。

    サブ4がどれだけ苦しいものなのかリアルには想像できず、チャレンジへの不安で心臓の鼓動は一向におさまらない。気付けば、小声で『イメージの詩』を口ずさんでいた。昔から、不安な時、思い悩んでいる時、そして不機嫌な時に、鼻歌を漏らす妙な癖がオレにはある。

     
    幼い頃、この鼻歌のせいで、友人や学校の教師から「おっ、今日は機嫌が良いな」などと声をかけられ、何度感情を逆なでされたことか。

    鼻歌とは本来、上機嫌な時に自然発生するものであり、オレのケースが異常なのだと知ったのは、声変りが始まった頃だったと記憶している。
     

    二列ほど前に佇む小柄な老人が、ふと目に留まった。

    六十代後半か、下手をすれば七十歳を超えているかもしれない。丈の短い白いランニングショーツからは皺だらけで、どこか頼りない。白いキャップを脱ぎ、露わになった禿げ頭のわずかな白髪を手で撫でつけてから再びかぶり直す。ハリウッドのファンタジー映画『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムの姿が頭をよぎった。

    あんなにやせ細った老人すらサブ4を目指しているのか。驚くと同時に、「四十八歳のオレにできないわけがない」と自分を鼓舞する。
     

    その時、会場にアメリカ合衆国国家『星条旗』が流れ出した。

    ランナーたちは一斉にキャップを脱いで胸に当てる。

    さすが、多様性の国、アメリカ。

    金、黒、茶、赤、白……、カラフルな髪色のランナーたちがスタートゲート脇に立てられた星条旗を仰ぎ見る。

    中には、けばけばしい緑色の髪のランナーもいる。

     
    マーケット通りに響き渡る荘厳な旋律は、異邦人であるオレの心をも、静かに震わせていく。

     
    いよいよスタートだ。
     

    ◇

     
    「小野寺、お前アメリカに行くことになったで」

    今から二年前の2022年春、小野寺雅斗は、フソー・フード株式会社の本社工場・社長室にいた。扶桑酒造株式会社から子会社のフソー・フードへ、雅斗と同じく出向中だった社長に、告げられた。

    目力の異様に強い、通称「ギョロメ社長」は、満面の笑みを浮かべながら、赴任地がミズーリ州のセントルイス郊外の田舎町にある工場であることを早口で雅斗に伝えた。

    「栄転やで。もちろん受けるんやろ?」

    当時の雅斗は、四十六歳。フソー・フードの本社工場長代理として、レトルト食品などいわゆるレディー・トゥ・イートの食品製造を担う食品工場を取り仕切って二年足らずだった。元々はエンジニアとして扶桑酒造に新卒入社し、設備設計や設備保全の道を歩んできたが、突然の食品工場の管理部門への異動。そのキャリア路線の変更に驚いたものだが、今回の海外赴任の衝撃は、それと比較にならなかった。

    「社長、ちょっと待ってください。何かの冗談ですよね?」

    扶桑酒造において海外駐在はごく限られたエリートコースであり、たとえ本人が希望したとしても中々叶わない狭き門とされていた。しかも、雅斗は、五年前に東京郊外にマイホームを建て、国内で平穏に通勤しながら定年を迎える未来に心から満足していたのだ。同期の海外志向の強い連中は、別世界のエイリアンだと信じて疑わなかった。

    「冗談のわけないやろがい。正式な内示がいずれ出るはずやから、業務の引継ぎ準備しとけや」

    とギョロメ社長は、それで話を打ち切った。

    アメリカ……?

    自分が……?

    どうして……?

    雅斗は、ただただ呆然とするばかりだった。


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