
書類がない、人がいない、簿外はある——中小零細企業のM&A現場で起きていること
「とにかく急いで会社を売りたい。もう限界なんだ」
今回は私の仕事の中心である中小企業のM&Aの一端について書きます。
私の元に飛び込んでくるM&A仲介や会社売買の案件は、年間売上15億円くらいまでの中小・零細企業がほとんどです。
その多くは、大手の仲介会社に依頼した際、仲介費用やデューデリジェンス費用として数百万円、ときには数千万円という金額を提示され、その費用すら用意できずに途方に暮れている経営者たちです。
大手が扱いにくい、あるいは採算が合わないと判断するような崖っぷちの会社を扱う。
それは、教科書に書かれているような「綺麗な経営」とは対極にある、凄まじいほど泥臭い現場に自ら飛び込むことを意味します。
自己紹介
1. 中小零細M&Aは、最初からリソースが足りない
中小・零細企業のM&Aには、特有の難しさがあります。
理由はシンプルです。
人的にも、資金的にも、時間的にも、圧倒的にリソースが足りないのです。
大企業のM&Aであれば、法務、財務、税務、人事、労務、システムなど、それぞれの専門部署や外部専門家が分担して精査を進めることができます。
しかし、中小零細企業の現場では、そもそも担当者がいない。資料も揃っていない。経営者本人の頭の中にしか残っていない情報も少なくありません。
その状態で、「急いで会社を譲りたい」「このままだと資金が尽きる」「後継者がいない」「体調的にもう続けられない」という相談が入ってきます。
時間はない。お金もない。人もいない。
それでも、会社を止めるわけにはいかない。
ここに、中小零細M&Aの本当の難しさがあります。
2. 一刻を争う事業承継の現場
以前、ある事業承継の現場で、非常に切迫した相談を受けたことがありました。
経営者の方は高齢で、重い病気も抱えておられました。事業をどう引き継ぐのか。従業員や取引先をどう守るのか。ご家族に何を残せるのか。
文字通り、一刻の猶予もない状況でした。
通常の手順でじっくり買い手を探し、何か月もかけて交渉し、精密なデューデリジェンスを行う余裕はありません。
私はリスクを承知のうえで、自社での買取を含めた判断を急ぎ、手続きを進めました。
結果として、経営者の方がご存命のうちに、譲渡による一定の対価をご家族に届けることができました。
もちろん、それは美談だけで語れる話ではありません。
スピードを優先するということは、その分、あとから泥をかぶるということでもあります。十分に整理されていない会社を引き受ける以上、買った後に出てくる問題も、こちらが正面から受け止めなければならない。
中小零細M&Aの現場では、「間に合わせること」と「引き受けた後に立て直すこと」が、常にセットで求められるのです。
3. 書類がない。人がいない。簿外もある。
いざ会社に入り込んでみると、現場は骨の折れる作業の連続です。
まず、書類がありません。
会社を運営するうえで当然備え付けておくべき法的書類、許認可関係の書類、契約書、届出書類、管理資料。
それらが、どこを探しても見当たらないことがあります。
「この書類は誰が管理していますか」と聞くと、
「数年前までは担当者がいたんですが、その人はもう辞めました。今は誰もわかりません」
という答えが返ってくる。
中小零細企業では、業務が仕組みではなく、特定の誰かの暗黙知だけで回っていることが少なくありません。その人が辞めた瞬間、組織の記憶は失われます。
さらに、蓋を開ければ、簿外の債務や未整理の約束が出てくることもあります。
帳簿には明確に出ていないが、経営者同士の口約束として残っているもの。過去の取引の延長で、正式な契約書がないまま続いている負担。金融機関、取引先、親族、従業員との間に残された、言語化されていないリスク。
大手のチェックリストに沿った審査だけでは拾いきれないものが、泥の中から次々と現れてきます。
だからこそ、現場に入り、話を聞き、資料を掘り起こし、関係者の記憶をたどりながら、一つずつ実態を明らかにしていくしかありません。
4. 泥をかぶってでも、凪に変える
もちろん、すべての案件を引き受けられるわけではありません。
こちらで徹底的にテコ入れをして、再生へのレールを敷くケースもあります。
一方で、構造的にどうにもできず、涙を呑んで対象外にするケースもあります。
対峙した経営者を信用しきれず、交渉を打ち切らざるを得ないケースもあります。
現実は、いつもケースバイケースです。
それでも、「大手に頼む費用がない」「このままでは会社を畳むしかない」と絶望している経営者を前にすると、実務家として、できる限り力になりたいと思ってしまう。
中小零細企業のM&Aは、決して綺麗な世界ではありません。
書類がない。人がいない。簿外もある。
それでも、その混沌を一つずつ紐解き、現場を凪に変えていく。
それこそが、私が実務家として背負い続けている、骨の折れる、しかし絶対に譲れない仕事のリアルです。
私の研究について
M &Aにおける統合
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