
洗濯物の山と、『いい母親』の条件。
洗濯機の完了音が鳴ってから、もう1時間以上経つ。
取り込んだ洗濯物は、ソファの上で山になったまま。
茶碗を洗おうとすると、次男が末っ子に手を出す。
泡だらけの手で仲裁して、また戻る。
でも、またすぐに手を出す。また戻る。
シンクの泡は、もう消えかけている。
離乳食の時間。ミルクも作らなきゃ。
そこへ今度は、長男と次男がケンカを始める。
旦那は朝から打ち合わせでいない。
トイレにも、まだ行けてない。
そんなとき、長男がいつものセリフを言った。
「ママのこと置いていってやる〜!」
お出かけのとき、ふざけてよく言う言葉。
この日は、公園に行く約束をしていた。
待ちくたびれた長男は、先に玄関へ行っていた。
いつもなら、
「えー!置いてかないでよ〜!」と追いかける。
それが、わが家の定番のやりとり。
でも、その日は無理だった。
「うん、いいよ。ママ行かないから。あとでパパと行ってきて。」
冷たく返してしまった。
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正直、余裕なんてない日の方が多い。
4歳、1歳、0歳。3人育児。
きれいに向き合える日ばかりじゃない。
長男は、何度も同じことを言ってきた。
きっと、追いかけてほしかったんだと思う。
わかってる。
わかってるけど、できなかった。
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洗濯も、洗い物も、全部が中途半端。
何度も中断されて、5分で終わることが30分たっても終わらない。
(終わらない日だってある)
子どもたちが起きる前に終わらせようと早起きしても、
そんな日に限って、みんな早起き。
ちゃんと向き合いたいのに、できない。
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そんな日が続くと、ふと思う。
「いい母親でいたい」って、
子どものためなんだろうか。
それとも、“いい母親でいたい自分”のためなんだろうか。
子どもにちゃんと向き合えた日、
「今いいこと言えた」「寄り添えた」って、
どこかほっとしている自分がいる。
それって、子どものため?
それとも、自分が満たされたいだけ?
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正直、育児を心から楽しめている自信もない。
子育てって、誰かに評価されるわけでも、
正解があるわけでもない。
これでいいのか、合っているのか、
ずっとわからないまま。
ただ、どこかでずっと、
見えない誰かに見られている気がする。
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最近、夫と
「人生でいつが一番楽しかったか」という話をした。
自由にお酒を飲んで、
好きな時間に寝て起きて、
キャンプに行って、温泉に行っていた頃。
やっぱり、あの頃は楽しかったよね、って。
でもそれは、
今その生活から離れているから、そう思うのかもしれない。
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子育てがひと段落したとき、
子どもたちと茶番をしていた日々を
何度も「ママ!」と呼ばれて、正直しんどかった毎日を
「あの頃が一番楽しかった」って思う日がくるのかもしれない。
今はまだ、わからない。
もしかしたら振り返っても、
「あの頃には戻りたくない」と強く思うかもしれない。
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それでも。
どちらに転んだとしても、
今これだけ必死になっている自分のことを、
もっと大事にしてあげたい。
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今年は、それをちゃんと意識して過ごしていこう。
まずは、ちょっと高いビールを飲んだ。
夫に子どもたちを任せて、ゆっくり湯船にもつかった。
来週は、友達とランチの約束もした。
できれば、飲みにも行きたい。
ほんの少しでも、自分を満たす時間をつくること。
それくらいは、許してあげてもいいよね。
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今日の洗濯物、まだソファの上にある。
noteでは、3人育児の日常や長男の療育の記録などを中心に書いています。
よかったらのぞいてみてください。
▼悩みはつきないけれど、療育スタート!
▼ヒロシさん、その節はお世話になりました。
▼休日のショッピングモール。
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