
新出雲物語38|第六章 須佐之男命、日向国で日巫女に遇う③ |父の遺作を公開する
この作品は、父が生前に書き残したものです。
原稿用紙のまま残されていたものを、書き写して公開しています。
原文には手を加えず、読みやすさだけ整えています。
興味を持ってくださった方は、是非最初からお読みいただければ幸いです。
日巫女の命を受けた高木守は五人の伴人を従えて砦に向った。砦に着くと高木守は警備のため駐屯していた十人を砦の裏へ潜ませて黄色い旗を掲げ国主の使者であることを示した。
一方、篠栗に案内された尊一行五十人は一歩一歩砦に近づいていた。尊は黄色い旗を見て馬を止め、
「見よ、砦に黄色の旗がある・・・これは〈話し合いをしたい〉との印なり。ゆるりと進むことに致そう」
と、宣べた。
砦の入口に設置されていた竹の柵は開いており須佐之男命と篠栗守は徒歩の随行者を入口に止まるように指示して砦へと向った。二人が砦の正面に着くとそこには高木守が五人の伴人を左右に床几に腰をおろしていた。これを見た篠栗守は下馬して一礼し、一歩進み出て、「我は不弥国の篠栗と申す・・・これにおわすは北の国々を統る須佐之男命なり。北の地は先の野分の雨と風によりて田畑荒れ実り間近の米や粟を失いたれば日向国で採れし米と粟分けられたいとの尊の思いあり・・・このこと日向国の首長に伝えられたい」
と、述べた。
これを聞いた高木守は床几より立ち上がり、馬上の尊に一礼して
「我は日向国の長に仕える高木と申します。お申出ありしこと分りましたれど、これは我一人では決められず・・・館に戻りて長に伝えましょうぞ。尊はじめ供の方々はこの砦にて今宵はお過ごし下され。明日には決まりしことをお知らせに参りまする」
と、述べた。
これを聞いた尊は下馬して高木守に近寄り、
「高木守よ、我等日向国を侵すため来たにあらず、このことを確と長に伝えられたし」
と、宣べた。
高木守と伴人は一礼してその場を後にし、砦の裏に潜ませていた十人の駐在者と共に西都の館へと戻って行った。
明くる日の昼前、高木守は五人の伴人を従え砦にやって来た。国主が館にて話し合いの場を持ちたいとの知らせであった。これを聞いた須佐之男命は三人の若者を選び、篠栗と共に館へと発った。大部分の随員を砦に残したのは話し合いを円滑に進めようとの尊の配慮であった。
高木守に案内されて尊が西都の館に到着した時、館の周辺は人影もなく静かであった。正門前には中老の中津守が一人で出迎え、一礼して、
「御成り下されおそれいりまする。我は首長に仕える中津と申します・・・これよりお取次いたしまする」
と、述べた。
尊と篠栗は下馬して、表門を通り庭に伴人が馬を繋ぎ終えると尊は伴人に、
「其方等はこれにて待つように・・・首長の許へは篠栗と二人で参る。
と、伝えた。
中津守はおもむろに、
「此方へどうぞ」
と、尊と篠栗を導いた。
長い廊下を通り奥の間へさしかかった時、尊は近くの部屋で声を潜めた十数人がいる気配を察知したが意に介せず歩を進めた。奥の間の前に立つと中津守は、
「首長はこちらにてお待ちでござりまする」
と言って襖を開け、尊と篠栗を導いた。
奥の間は二十畳はある日巫女の居間であった。中庭に望む障子は開けられ庭には色づき始めた紅葉が秋風にゆれていた。居間の正面の奥には簾があり、その奥に日巫女が座して簾の前に側近の侍女が座っていた。
中津守は尊と篠栗に座るよう促した。二人が座ったことを確かめると、
「我等の長にござります。お申出ありしこと伝えてござりますればお話を進めて下さりますように」
と、述べた。
須佐之男命は簾の奥をじっと見詰めこの国の首長が女人であるのだと覚った。尊は驚きを抑えて一礼し、
「我はこれより北の国々を統る須佐之男にござる・・・高木守、中津守に伝えましたように先の野分にて多くの田畑失い来たる冬を前に困りおれば、日向国の米と粟、出雲にて造りたる鋤と鍬と引き換えに分けられんことをお願い申す」
と、訪れた理由を詳かに伝えた。
須佐之男命の凛とした態度を見た日巫女は侍女に簾を上げるよう命じた。簾が上げられ日巫女の若くして妖艶な姿を目にした尊は思わず息をのんだ。
日巫女は、
「お申出ありしことお受け致しましょう・・・日向の地、野分による災もなければ中津守、高木守とよきように計らいて下され」
と、述べた。
中津守と高木守は暫しの間話し合った後、
「されば、我等の南、大淀川を上りたる所に一つの郷ありまするが、この郷の稲穂を分かちたいと思う」
と、中津守は述べた。
その郷は都城盆地にあり、曾於族が出没して日向国を悩ませていた地区であった。中津守と高木守は曾於族にしばしば襲われていたこの郷を尊一行の助力を得て解決したいとの気持があった。この申し出を聞いた尊は、
「分りました・・・されど、その郷、我等んお知らぬ地なれば、その郷をよく知る人をつけられたい」
と、申し出た。
「この郷のことよく知るはここにおります高木守なれば、高木に伴人をつけて共に行かせましょう・・・稲穂も実りたる時、明後日にも発たれるがよかろうと思いまする。
と言って、中津守は日巫女に向き直り、
「このように致したいと思いまするが」
と、諒承を求めた。
「北の国を統る方、決めたる事を守らるる人とお見受いたしましたれば、よく話し合いて物事を進めて下され」
と、日巫女は頷いて応えた。
日巫女と視線を合わせた尊は類稀な才智を感じていた。
「日も短かな期なれば急ぎ彼の郷へ向う手配をいたしたく、今日はこれにておいとまいたしまする」
との高木の言葉に尊と篠栗守は席を立った。