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新出雲物語1|序章 木次事件の顛末① |父の遺作を公開する|長編小説

    父が残した小説を、今日から公開します。
    タイトルは「新出雲物語」

    この作品は、父が生前に書き残したものです。
    原稿用紙のまま残されていたものを、書き写して公開しています。
    原文には手を加えず、読みやすさだけ整えています。

    (ここから本文)

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     広い中庭に据すえ付けられた八基の篝火かがりびぱちぱちと音を立てて燃え上がり、部屋の奥まで照らしていた。そこは出雲・木次きすきの里、オロチ族首領かしらの館・・・二世紀中葉、初夏の宵であった。 
     オロチ一族の当主、アラワニとその側近の七人の荒くれ者は祝いの酒に酔い痴しれていた。篝火の番を命じられた番卒ばんそつも酒のおこぼれにあずかり酔っていた。幾度も醸かもした八塩折やしおおりの酒は芳醇で、回りが速かった。酒は木次の北東の盆地、横田の郷からなかば強奪してきたものだった。 
     アラワニを正面に八人が囲んだ食卓は杉の大木を手斧ちょうなで削ってから仕上げた見事なものであった。オロチ一族の繁栄を支えたのは製鉄事業であり、一族は往時おうじの鉄の産地、西利太せりた(現・雲南市大東町清田)の一帯を支配していた。製鉄事業を独占的に支配していたオロチ一族が出雲の地で大勢力となったのは当然の成り行きであった。 
     大きな食卓には初夏の訪れを告げる不塩ぶえんと呼ばれる海の幸が並んでいた。無塩は塩漬け、あるいは天日干しをしない鮮魚のことで、海岸線から遠い木次の郷では貴重なものであった。アゴ(とび魚)、白いか、青手がに、めのは(板わかめ)に加え、山の幸、うど、たらの芽など、現代いまでも珍味とされている品々が食卓を賑わせていた。
    「さあ者共よ飲むがよい、食べるがよい、謡うたうがよい・・・今日は欲しいものすべてが手に入った。アシナヅチの爺じい、手こずらせたが、姫さえ来ればもうこちらのもの・・・横田の郷までこちらのもんだ」 
    と、アラワニは上機嫌だった。アラワニはふらふらと立ち上がり、篝火の番卒にも声をかけた。「どうじゃ、八塩折の酒は?」
    「へい、これほどのもの、生まれてこの日まで頂いたことがございません・・・横田の里は米もよく、水は鳥髪山とりかみやまの湧き水で、これ以上のものは望めませぬ」 
    と番卒の頭は答えた。 
     アラワニは呵呵かかと笑い空を見上げた。 
     その時一陣の風が立ち、荒海から、鳥髪山に向かって吹き出し、怪しいちぎれ雲が流れて行った。 
     アラワニが広間に座ると、七人の側近は赤い顔をして、だらしなく寝ころんでいた。アラワニ自身も床柱に背を凭もたせかけ「ふー」と息を吐くと、目を閉じた。横田の郷から掠奪りゃくだつしてきた稲田姫のいる奥の間へ出向こうとしたが、体の自由が利かず、そのまま微睡まどろみの世界に入っていった。


     その日の早朝、アラワニの一行八人は馬に跨《また》がり木次から横田へと向った。木次から横田への道程みちのりは約三十五粁、山間の道であり二時間近くを要した。
     馬には新しい十二本の鋤すきと鍬くわがそれぞれ分散して括りつけられていた。それらは横田の郷長さとおさ、アシナヅチへの手土産の品であった。
     アラワニ一行は午前十時頃横田の里に到着した。田植えが終わった田には微風そよかぜが吹き、朝の日の光を受けて、波打ち輝いていた。一行は田の中の道を悠然ゆうぜんと進んでい行く・・・鋤と鍬の擦れ合う金属音と時ならぬ蹄の音に人々は驚き、門を閉ざして家の中で息をころして通過する一行を窺うかがっていた。

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    先頭に並んだアラワニは迷うことなく、郷の中央にあるアシナヅチの館に向かった。門前に着くとアラワニは甲高い声をはりあげ叫んだ。
    「主よ、門を開けませい・・・木次のアラワニなり。かねてより申し出のありし鋤と鍬を持ち来たるなり」・・・と。
     荒野を開拓し新しい田畑を造成するには鉄製の鋤や鍬は欠かせない農具であった。武器のない横田の郷がオロチ一族に逆さからい争うことはできなかった。
     アシナヅチは引戸を開け門に歩みを進めた。門が開けられると八人の荒くれ者は庭へとなだれ込んだ。
     アラワニは、
    「者共、鋤と鍬を並べませい」
     と命じ、
    「アシナヅチの爺よ、これらは我等が打ちたる品々なり。まずは手に取りて後、納められよ」
    と、続けた。
     庭に並べられた鋤と鍬は太陽ひを受けて銀色に輝いていた。それはアシナヅチがそれまで目にしたことのない出来映ばえであった。(これを使えば今までの何倍もの田畑が拓ひらける・・・)との思いがアシナヅチの脳裏をよぎったが、アシナヅチは、
    「これは何とよき出来映え・・・さりながら身共みどもがお願いしたのは鋤三本、鍬三丁、これほどの数をお受けすることはできませぬ」
    と、申し出た。
     するとアラワニは、
    「いや、価あたいのことはなしじゃ・・・それよりかねて申入れてあった姫のこと、今日は受け入れてもらいたい。これらの品々はその祝として納められるがよい・・・さすれば、木次と横田が一つの大きな郷として栄えよう」
     と、アラワニは声を和やわらげて言った。
     オロチ一族が出雲を我が物にしようとする野望は見え透いていたが、アシナヅチは、
    「これは大事なことでござれば、里人とも話し合ってみねば・・・」
     と、応えた。
    「天そらは晴れ、風も穏やか、まことによき日なり。里人には鋤や鍬を分かち与えればよいではないか。まずは、テナヅチと姫に会いたし」
    と、アラワニは迫った。
     アラワニは一刻も早く横田の郷一番の美形とされる稲田姫を見たくなり血が騒ぎ出した。七人の側近はアラワニの顔が赤みを帯びてきたのを見て、アシナヅチへを囲む輪をせばめ、無言の圧力をかけた。
    「奥へ通してもらいたい」
     アラワニは拒否できない語気ごきで詰め寄った。
     アシナヅチは不安であったが、横田の人々の行く末を想い〈ここはアラワニの申し出を受ける外ないか・・・〉と、考えて家の引戸を開けた。開かれた戸外とがいでアラワニは
    「クマだけついて来い」
    と命じた。
     〈クマ〉とは従弟いとこのクマワニであり、腹心の部下であった。
     屋内に入ると、芳醇ほうじゅんな酒の香りが漂っていた。酒に目のないクマワニは酒の芳香に鼻をぴくぴくと動かした。
     アシナヅチに先導されてアラワニは居間に向かった。そこにはテナヅチと稲田姫が寄り添って座っていた。テナヅチは俯うつむいていたが、姫は恐れる様子もなく、足音のする入口を見ていた。アラワニは二人の手前一間(約一.八米)ほどの所に座ると、
    「木次の郷のアラワニと申す・・・今日はかねてより父君ててぎみに申し入れておいた〈姫を木次へ迎えたし〉との言葉、かなえて欲しいと思いやって参った。木次もよきところなれば心安らけく過して下され」
    と、言った
     テナヅチは身体を小刻みにふるえさせながら、
    「そのこと承っておりますれど、何の支度もございませんゆえ、いましばしの時を頂きとうございます」
    と、応えた。
    「いや何の支度もいらぬ・・・木次には何でも揃っておるゆえ心配こころくばりはいらぬこと。風もなく良き日なり・・・明日は雨となるかも知れぬ・・・気立ての良い馬に鞍一具くらいちぐを持ちて来たり」
     アラワニは穏やかな口調であったが、一歩も引かない気配を見せた。
     テナヅチは姫が心に決めている人のことを母の感で察知しており、この話には後になって、難儀なことになると危あやぶんでいた。
     その時、稲田姫はつと視線をアラワニに向けた。アラワニは姫の美しさに目を見張り〈噂にたがわず美しきかな・・・出雲一なり〉と、呟つぶやいた。
     稲田姫は気おくれすることもなくアラワニを見ていた・・・するとどうしたことであろう・・・頑健に見えるアラワニの顔に死相が現れているではないか・・・〈木次へ行っても、この人と褥しとねを共にすることはない〉・・・そう確信した姫は、
    「父とうさま、母かあさま、徒いたずらに日日ひにちをのばしてはいけないと思いまする。お別れはつらきことですが、今日、木次へ参りましょう」
     アシナヅチは姫の言葉があたかも予言者の一言のように聞こえた。幼き日から天候の異変を予知し、里人達の病の原因もとを言い当てるなどの霊感を持つ娘の言葉を信じ、
    「我が娘こがあのように申しておりますゆえ、急ぎ支度を調ととのえさせますので外でお待ちくだされ」
    と、言った。
     アラワニの顔は眉の端がたれ、鼻の下がのびて弛ゆるんだ。そして猫撫で声で、
    「まことにうれしきことかな・・・ようお決め下された。これにて木次と横田の郷は結ばれることになった。急ぎ姫をお乗せする馬の鞍調えさせましょう」
    と言って、物ものの怪けに憑つかれたようにふらふらと土間に向かった。
     土間に佇たたずみ奥の間の聞き耳を立てていたクマワニは、土間に現れたアラワニの表情からすべてがうまくいったことを察した。
    アラワニは、
    「クマよ、これより姫を木次へ迎えることになった・・・姫の気が変わらぬうちに発つことにいたそう・・・早々はやばやと表の者共に馬の用意をさせよ」
    と、申し付けた。
     稲田姫は生まれ育った家の隅々まで記憶に止とどめるようにゆっくりと眺め、テナヅチに手を引かれ土間に向かった。
    幼い頃から聡明で心やさしい姫との別れになるのかとテナヅチの頬に涙が伝わり落ちた。姫は母の手を握り、
    「母かあ様、遠からぬ日にまたきっとお目にかかれます。父とう様と共に充分お体に気をつけられてお過ごし下さいますように」と、小声で言って土間におりた。

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    序章の一部です。
    これから少しずつ公開していきます。
    続きはしばらくお待ちください。

    👉木次事件の顛末②


     
     
    50代。日常のこと、仕事のこと、何となく気付いたことなどを書いています。 最近は、父が残した小説「新出雲物語」を書き写し、公開しています。 自分の書いたエッセイと、父の小説の2本立てです。 よろしくお願いします。

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