
新出雲物語2|序章 木次事件の顛末② |父の遺作を公開する|長編小説
この作品は、父が生前に書き残したものです。
原稿用紙のまま残されていたものを、書き写して公開しています。
原文には手を加えず、読みやすさだけ整えています。
興味を持ってくださった方は、是非最初からお読みいただければ幸いです。
(本文)
そこへ庭で指示を終えたクマワニがあたふたと姿を現し、土間の入口に立つアラワニに、
「兄者よ、馬の支度整いました」
と、言い、鼻腔をふくらませ、アシナヅチへ、
「郷長よ、さてもよき香りの酒じゃのう・・・木次での今宵の宴に分けてくれぬか・・・先程、兄者が申した通り、我らが今朝持ち来たる鋤と鍬はこちらからの引出物、よろしく頼む」と、申し出た。
アシナヅチは、
「これらの樽は早苗ぶり酒、里人と田植えの終わりしことを田の神に伝えお送りするもの・・・お許し下され」
と、言ってアラワニを見た。アラワニは、
「全てとは言わぬ・・・クマや若者共も酒に目がないやから・・・頼むぞよ」
と、頭を下げた。
すると、稲田姫はふとアシナヅチの袖を引き、合図を送った。それは、酒を与えた方がよいとの合図であった。アシナヅチは、
「されば、十二樽ござれば、六樽差しあげましょう」
と、応じた。
「それはありがたし・・・また、日を置かず、鋤と鍬をお届けいたさせましょう」
とアラワニは相好をくずした。
「クマよ表の若者共を呼び入れい・・・八塩折の酒何と六樽も頂しぞ。気をつけて扱うよう申付けよ」
アラワニの声を聞くやいなや、クマワニは表で待つ六人の若者へ大声で呼びかけた。
「者共、中へ入れ・・・今宵の宴を飾る横田の八塩折の酒頂きしぞ。一滴もこぼさずに運び出し持ち帰りませい」・・・と。
アラワニの僕等は間の奥より、八塩折の酒を一樽一樽宝物を扱うように持ち出して馬に括りつけた。樽の周辺には芳香が漂い、下僕等は舌なめずりをしていた。作業を終えると、僕の頭が、クマワニに、
「一滴もこぼさず積み終わりました・・・宴の用意もありますゆえ、早目のお戻りがよろしいかと存じまする・・・」
と、伝えた。
木次の荒くれ者の一団は表に勢揃いし、テナヅチに手を引かれた稲田姫が姿を見せるのを見守っていた。薄い被りをつけた姫は、初夏の日差しを受け匂うばかりに輝いていた。
アラワニは一声高く、
「者共轡を取り、発つ支度をせい・・・姫よ、こちらが姫の馬ぞ。我が手貸しましょう」
と、言った。
姫の傍に立っていたアシナヅチは、
「別れでござれば吾の手にて・・・」
と言い、姫の手を取り馬に向かった。

稲田姫が馬上の人となり、体制が整ったのを見て、先頭のクマワニは、
「ハイヨー」と、大きな声で出発の合図をした。
クマワニの後ろに馬の扱いの巧みな若者一人を置き、その後に稲田姫、次いでアラワニが位置を取った。これは、万一の事態に対応できる隊列であった。
アシナヅチ、テナヅチは門前に歩を進め並び立った。アシナヅチは朝からの出来事が悪夢のように思え茫然とし、テナヅチは両の手を合わせ娘の無事をひたすら念じていた。稲田姫は馬上から父と母に深々と頭を下げ・・・蹄の音と共に遠ざかって行く・・・
テナヅチの頬に涙がこぼれ落ちた。
一列に並んで進み行く人馬の隊列は歩みを早めて左右に広がる田の道を進みやがて林の中に去って行った。
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序章の一部です。
次回はいよいよ、須佐之男(スサノオ)登場です。
続きはしばらくお待ちください。