
【もしもミュージアム】#9 第3回企画展「映画・わたしを忘れないで」(エピローグ)
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「順調ですか、新しいコレクションの整理は」
背後から館長の声がして、ケイは振り向いた。
「今、まさに作業中です」
収蔵庫の隅にある作業スペースには、ナンバリング用のラベルとペン、パソコンが置いてあった。資料の撮影と計測をしながら、管理番号を付番し、収蔵する。それがケイの仕事だ。
机の横には、段ボールやジュラルミンケースが幾つも置かれていた。
「細工の細かいフィギュアの撮影は、かなり緊張しますね。ちなみに、これは映画版の予告編第三報に登場した、ウェディングドレス姿のマオです。本編には一切登場しなかったのですが、フォゲミの熱狂的なファンだったクリエイターが映画放映後に受注生産で製作したものです。公式監修で、ヘッドドレスは第十六話のキンモクセイ、レース地には今まで登場した花のデザインがあしらわれて⋯」
説明するケイの目は輝いていた。
ケイの様子を見た後、館長は指導係の学芸員と面談していた。
「新人学芸員、なかなか活躍していますね。タカナさんの指導の賜物です」
「いえ、私こそケイさんと一緒にいると、刺激を受けて楽しいです」
タカナ、と呼ばれた学芸員は、自分の担当空間を指差した。その先には、新しい展示室が生まれ、繋がろうとしていた。
「新しい学芸員が来てから、他分野の施設もかなり影響を受けています」
「映画フォゲミが、“もしも”の世界に広く影響を与えていた、という証拠ですね」
口元をほころばせる館長に、タカナは続けた。
「昨日、浦沼の学芸員がケイさんのところに絵コンテや、キャラクターグッズなどの資料を借りに来ましたよ。あまりにも問い合わせが多すぎるから、観念して『フォケミに登場する植物たち』のテーマ展をするらしいです」
「へえ、それはすごい」
「熱狂的なファンが勝手に外来種を植えようとするのを、阻止しているらしいです。一長一短ですね」
長く息を吐くと、タカナは続けた。
「それから⋯⋯ケイさんは本当に良かったんですか」
「良かった、とは」
無表情になった館長におびえながら、タカナは言葉を絞り出した。
「他の学芸員から聞きました。ケイさん、あっちの世界にいれば、三年後にフォゲミの元クリエイターと結婚して、夫婦でショートアニメ制作をしながら暮らすんですよね。そちらの方が幸せだったのではないでしょうか⋯⋯」
少しの沈黙の後、館長が口を開いた。
「個人の未来に対し、意図を持った干渉はしない、それが私たちのルールです。何度もお話しましたよね」
タカナは黙ったままだった。
「“もしも”の選択肢で生まれた世界を記録保存し、展示する。それが私たちの役割です。タカナさんも、そうですよね」
沈黙が続いた。しばらくして、タカナがつぶやいた。
「そういえば、“向こう側”に戻った学芸員は、いるんですか」
「誰もいません」
言い切った後、館長は窓の外を眺めた。エントランスホールの外には、明るい林が広がっていた。
「ああ、一人だけ例外がいました。しかし⋯⋯」
振り返った館長の顔は引きつっていた。
「その人とは、出会わないことを願っています」
(第3回企画展 おわり)
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