
炭鉱が閉山しても仕事は残った:ダイヤソルト株式会社③~西海市崎戸町百話#062
第六十二話 ダイヤソルト③:炭鉱が閉山しても仕事は残った
1.炭鉱閉山
崎戸といえば、かつては炭鉱の島だった。
崎戸炭鉱が閉山したのは1968年。
しかし、その13年前の1955年には、炭鉱の余熱を利用し、すでに崎戸製塩が設立されていた。
現在のダイヤソルト崎戸工場だ。
つまり崎戸では、炭鉱がなくなってから次の産業が始まったわけではない。
石炭を掘っていた時代に、すでに塩を作り始めていた。
そして現在も工場は動いている。
2.人口減少
崎戸へ行くと、外国から来たと思われる人たちを見かけることがある。
人口が減ってきた土地で、誰が仕事を続けていくのか。これは崎戸だけの話ではないと思う。
生まれた場所や国が違っても、そこで働く人がいるから産業は続く。
そんなことを考えていると、私自身にも崎戸を離れた人とのつながりがあることに気づく。
妻の両親である。
3.家族
義父母が崎戸を離れたのは、炭鉱閉山のおよそ2年前だったという。
なぜその時に島を出たのか。炭鉱の先行きや、島の変化がどこまで関係していたのか、私は詳しく知らない。
それでも、もし2人が崎戸を出なかったら、妻は生まれていなかった。
もちろん、私と出会うこともなかった。そして、子どもたちも、存在していなかった。
4.それぞれの人生
一つの産業が変わり、人々が島を出ていく。それは統計なら「人口減少」の一言で終わる。
しかし、一人が移動すれば、その先で誰かと出会い、家族ができる。そして、子どもが生まれる。
何十年もたてば、まったく別の場所に新しい人生が続いていく。
一方、崎戸に残った仕事もある。
石炭を掘る仕事はなくなった。しかし、代わって、海から塩を作る仕事が残った。
そして今は、昔とは違う土地から来た人たちも崎戸で働いている。
5.現在の人生
島を出た人がいる。島へ来た人もいる。
崎戸の人口が減ったという数字だけを見ていたら、その二つは見えない。
義父母が崎戸を出たことも、現在の私から見れば、遠い昔の島の出来事ではない。
その先に、私自身と家族の人生まで続いている。
園崎咲人