
《連載》「新しい風は吹く」 #10 桟橋で
5月初旬から投稿を始めました。
「創作大賞2026」にエントリーしています。
トワという名前の女の子の物語。Love & Peace の物語です。
音楽好きの方、ぜひお読みになってください
あっという間に時間が経ち、ライブは終わった。
メンバーの4人はステージで一列に並び、観客に手を振って別れを惜しんだ。観客は歓声で応え、拍手を送って、ツアーファイナルに別れを惜しんだ。
メンバーは下手に進み、ステージからはけた。
客席が明るくなり、「本日の公演はすべて終了しました」というアナウンスと共にスタッフが片付けを始めた。
紫色の淡いライトが誰もいなくなったを照らしている。
ゆっくりしたブルースがホールに鳴る。
ホールの中は客たちの体から発せられた熱で湯気のようなものが漂っている。恍惚感に満ちた客たちは、ステージを眺めて、ライブの余韻に浸りつつ、ホールを出る支度を始めた。
トワたちも会場を後にした。込み合う狭い通路を通って会場の外に出た。
横浜のみなとみらいにあるライブハウスは海が近い。会場の外に出ると海風がトワたちの汗をさらっていった。
「ちょっと、大桟橋に行かない、海が見たいな」
タカシくんが言った。
「いいね」
とトワがうなづき、自然と手を繋いだ。
その温もりは、明るすぎる街の不安と旅行のセンチメンタルを和らげた。
みなとみらいは煌びやかだった。ビルの窓からの灯りは街を華やかにして、観覧車のネオンはトワたちをムーディにした。まわりのカップルたちは肩を寄せ合って、愛を謳歌している。トワたちもそうした。
大桟橋に行く前、クイーンズスクエアという複合ビルのレストランでディナーを食べた。
タカシくんは少し緊張していた。
大桟橋は数組のカップルが肩を寄せ、海を向いていた。風がそれぞれの体の香りを送っていた。赤レンガ倉庫の壁はライトに照らされ、その奥の観覧車のネオンは緑の光を放ったり、赤や青の光を放っている。プログラムされたその色の移り変わりは、そのままトワの瞳に写っていた。
景色を見ながら、ふたりはしばらく沈黙した。
タカシくんがおもむろにポケットに手を入れた。右手を動かした。何かの存在を確かめた。ポケットから手を抜き、漆黒の空に浮かぶ星を見て意を決した。
タカシくんの手のひらには指輪の箱があった。蓋を取り、中の指輪をトワに差し出した。
「トワ、僕と結婚してほしい。結婚してください」
そんな言葉が夜の海の風に乗って、トワのハートに突き刺さった。
トワは空を仰いでから夜の波に目をやった。今まで経験したことがないような、涙が心の奥の方に流れている気がした。
嬉しさは言葉を発せさせなかった。
ベンチの横に座るタカシくんに体を傾け、タカシくんの目を見た。
トワの目はその真剣なタカシくんの目を見た。しばらく見つめ合ったふたりの目には涙が溜まっていた。
頷くことが精一杯だったトワは、頭をこくりとし、タカシくんに抱きついた。タカシくんはしっかりトワを受け止め、
「ありがとう。幸せにします」
と言った。
体が離れたふたりは、軽いキスをした。 柔らかいふたつの唇は優しくくっついた。そして、ふたりをひとつにして離れた。
観覧車のネオンは回り続け、ビル群の窓の灯りは仄かにふたりを照らしていた。夜のカモメが遠慮気味に鳴いている。
次回は最終回です。
拙い作品でしたが、いままで読んでいただき、ありがとうございます。