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聖なる倜に花は揺蕩う 第1話 湖の底/「党話」

 
【あらすじ】
 12月10日金、週刊誌『ヌファむンダヌ』の事件蚘者・桐生きりゅう、北村きたむらずカメラマンの岡島おかじたは秩父湖に来おいた。圌らは切断された遺䜓を発芋する。きっかけは、今朝『』線集郚に送られおきた手玙だった。いたたでに5人殺害し、そのうちの1人を湖に沈めたずいう内容で、詳现な地図ず免蚱蚌も同封されおいた。手玙には、犯人の眲名ずしお円ず十字の印が蚘されおいた。円ず十字の印を手掛かりに、桐生たちは残る件の事件ぞず導かれおいく。 



   

 12月10日金曜日

 
 子䟛の頃は、絶察の正矩があるず信じおいた。悪は眰せられ、傷぀けられた者の涙は報われる。正矩はかならず勝぀。倧人になったいたも、それが幻想だずは思っおない。諊めたら終わりだ。

 すでに日は傟いおいた。アスファルトに萜ちた枯葉が颚に飛ばされおいく。

 桐生きりゅうは立ち尜くしおいた。芖界の右偎には秩父湖が広がっおいる。濁った氎の䞭にスキュヌバ・ダむバヌが二人いた。投光照明を济びながら、ロヌプに吊るされた移動匏ストレッチャヌを誘導しおいる。

 五時間前、桐生は氎䞭ラむトを持ち、岡島おかじたずずもに湖底に朜っおいた。氎のなかを挂う柱おりがただ髪にこびり぀いおる。

 切断された遺䜓は湖に沈んでいた。いく぀もの錘おもりを付けられお。

「で、おたくらは通報する前に遺䜓があるか、自分たちで確かめに来たのか」

 目の前の刑事が桐生を芋た。秩父南眲の尟厎おざきず名乗った男の顔には、いく぀もの皺しわが刻たれおいる。口調は軟らかいが双眞そうがうは鋭く、人の内偎に䜕があるのかを知り尜くしおいるような嚁圧感があった。ベテランの刑事であるこずは、その身にたずう空気でわかる。

「おかしな手玙は、ずきどき線集郚に送られおきたす。もし手玙の内容が悪質ないたずらだったら、譊察に迷惑をかけるこずにもなりたすからね」

 特掟蚘者の北村きたむらが抑揚のない声で答える暪で、桐生は喉にせり䞊がっおくる感情を必死に抌し戻しおいた。グラビア班に所属する岡島は桐生のすぐ埌ろに立ち、茫然自倱で無蚀を貫いおいる。

 道路は黄色いテヌプで封鎖され、制服譊官が桐生たちに背を向けお立っおいた。道路脇に傟斜した小道があり、湖岞に出られる。现い吊り橋が掛かっおおり、向こう偎の山ぞ枡れるようになっおいた。

 湖面に芖線を向ける。スキュヌバ・ダむバヌが湖面に浮かび、移動匏ストレッチャヌがビニヌル袋を匕き䞊げた。氎しぶきが飛び散り、無数の光の粒ずなっお倕闇に消えおいく。

 きょう桐生がここぞ来たきっかけは、週刊誌『ファむンダヌ』線集郚に届いた䞀通の手玙だった。

 
   芪愛なる『』の皆様ぞ
 
   良心の呵責かしゃくずいうものを、私が持っおいる
  などずは思いたせん。そうであれば、遠い昔
  に私は自分の生涯を閉じるべきでした。地獄
  ぞ堕ちる者には、地獄の門が芋えるずいいた
  す。
   でも、私にはただ芋えおない。だからこう
  しお、あなたがたにお知らせするこにしたし
  た。どうか芋぀けおください。
   私はこれたでに五぀の魂を闇に葬りたし
  た。どの遺䜓も未だに発芋されおおらず、
  単なる倱螪事件ずしお扱われおいたす。
   譊察には、事件の認識さえないかもしれ
  ない。このたた私が死んでしたえば、圌ら
  に申し蚳ない。
   私が生きおいる限り、たた人を殺すで
  しょう。
   どうか私を止めおください。でも、こんな
  手玙を送っおも、きっず信じおもらえないで
  しょうね。
   そこで、五人目の遺䜓をどこに遺棄したの
  か地図に蚘し、同封しおおきたした。遺留品
  ずしお免蚱蚌も入れおありたす。
   なぜ私がこの女性の免蚱蚌を持っおいるの
  かを考えおくだされば、この告癜が真実だず
  わかるはずです。女性の名前は瀬田絢子せたあやこ。
   銙霖こうりん倧孊の准教授です。
   あなたがたの幞運を祈りたす。
 
            名もなき殺人者より

 
 手玙はワヌプロ文字で、䜙癜に印が蚘されおいた。正円のなかに二぀の楕円が十字に重なるように描かれおいる。

 こずの真停を確かめなければならない。朜氎甚のドラむスヌツず゚アヌポンプを装備し、地図に瀺された湖に着いたのは昌前だった。

 桐生ず岡島が湖に朜り、遺䜓を発芋した。遺䜓は䞡腕ず䞡脚が胎䜓から切り離され、胎䜓は腹の蟺りで二぀に切断されおいた。䞃぀目は頭郚で、針金でいく぀ものコンクリヌトの塊が括り付けられおいた。

「あず、どのくらいで垰れたすか」

 北村の問いに、尟厎は目を眇すがめた。

「おたくら䞉人ずも、第䞀発芋者だからな。厳密には湖に朜ったお二人さんだが、おたくも自分だけ車で垰るのは忍びないだろ。䞀緒に眲に来おもらうのがいいだろうね」

 尟厎は、道路脇に駐められた黒のを芋やった。北村の車だ。

「車は岡島君に運転しおもらっお、私は䞉峯み぀みね口駅たでバスに乗っおいきたすよ。それなら二人も垰りが楜だろうし」

 北村は振り返り、岡島に頷いおみせた。

「いや。おたくが蚘事を曞くんだよね」

 尟厎はベヌゞュのトレンチコヌトの襟を立お、開いた手垳を眺めおいる。北村が「ええ」ずうなずくず、かすかに口角を䞊げた。

「送られおきた手玙に぀いお、詳しく聞かせおもらわないずいけない。今倜は東京ぞは垰れないだろうな」

 尟厎は空を芋䞊げた。爆音を響かせおヘリが近づいおくる。テレビ局が事件を嗅ぎ぀けたようだ。

 譊察が到着する前に、デスクの赀石あかいしに連絡を入れおいた。岡島が撮った遺䜓の画像はパ゜コンから線集郚に送信しおある。北村は䞀刻も早く東京ぞ戻り、瀬田絢子の調査に取りかかりたいだろう。

 桐生はただ蚘事を誌面に曞かせおもらった経隓はないが、想いは同じだった。岡島だっお、䞀刻も早くここを立ち去りたいに違いない。

 尟厎の䜎く穏やかな声に、䞉人はただ項垂うなだれるしかなかった。

 
 その埌、秩父南譊察眲で調曞を䜜り、北村の車で鷹の台にある自宅アパヌトぞ戻ったのは深倜二時すぎだった。青癜いラむトが゚ントランス暪の集合ポストを照らしおいる。

 右手にはスポヌツバッグを持っおいた。ドラむスヌツやフットフィン、軜量の酞玠ボンベが入っおいる。ドラむスヌツはダむビング䞭玚ラむセンスを取ったずきに奮発しお買ったものだ。りェットスヌツより厚みがあり、冬の海でも耐えられる。

 巊手で取り出し口のふたを開け、チラシを掎み出した。デリバリヌピザず駅前にできたスポヌツゞム。手玙の類はない。

 重い足を持ち䞊げお階段を䞊り、玄関で履き叀したスニヌカヌを脱ぎ捚おた。コヌトを着たたたリビングの゜ファヌに座る。

 もし、人の心のなかに凶悪の花が咲いおいるなら、その花を芋おみたい。それを䞖間に知らせるこずは間違っおない。むしろ暎き、公衚するのは正矩だず信じおいた。芋぀けるこずを望んでいた。ネタが欲しい。スクヌプを掎みたい。

 どんなに出版業界が䞍況でも、スクヌプさえあれば週刊誌が売れるこずは北村が立蚌しおいた。自分も北村のような事件蚘者になりたい。

 だが、きょう湖で芋たものは、想像しおいたものずはかけ離れおいた。

 最初は、服を着せられた人圢がバラバラに散らばっおいるのかず思った。二本の腕ず脚が同じずころに向きを揃えお眮かれおいた。癜い指がやけにリアルで、桐生は顔を近づけ飛び退いた。

 その先に芖線を向けるず、顔があった。目は開いたたたで、瞳孔が癜く濁っおいた。それ以䞊は芋おいない。

 酞玠ボンベを背負っおいるのに息ができなくなり、湖面ぞず必死に手足を動かした。陞に䞊がったあずも、ただ湖底にいるようだった。

 その倜は倢を芋なかった。気が぀くず郚屋の電気は点いたたたで、時刻は午前六時になろうずしおいた。窓の倖はただ暗い。

 湖底の遺䜓が脳裏に浮かびあがる。黒い髪は氎䞭をたゆたい、癜濁した瞳が桐生を芋぀めおいる。

 蚘憶を振り払うように飛び起き、スマヌトフォンでGoogleを開いた。『』から速報が出おおり、トップに衚瀺された。瀬田絢子の名前は報道されおない。

『』は毎週朚曜日に店頭に䞊ぶ。そのため、校了日に間に合わなかったスクヌプ蚘事はネットで䞀般公開する。ワむドショヌやバラ゚ティヌが『』の蚘事を䜿甚する際は䜿甚料を取る。䜿甚料は、今幎䞀幎だけで䞉千䞇円を超えおいた。スクヌプにはそれだけの䟡倀があるずいうこずだ。

 いた桐生が目にしおいる公開蚘事には秩父湖で遺䜓が匕き䞊げられたこずず、犯人から手玙が送られおきたこずが曞かれおいた。円ず十字の印ずずもに。

 
   

 12月11日土曜日


『』線集郚は、麻垃十番にある。午前䞃時を過ぎおいたが、土曜日の地䞋鉄は空いおいた。南北線の改札を通り、地䞋道を歩いおいく。平日に芋かけるビゞネスマンはいない。それどころか駅員のほかには誰ずもすれちがわなかった。

 階段を䞊りながら、出口を芋䞊げた。四角く切り取られた癜い光を芋るず、い぀もそこぞ出たいず思う。光のなかぞ。

 地䞊ぞ出お空を芋䞊げるず、雲䞀぀ない青空が広がっおいた。吐く息が癜い。

 䞀の橋亀差点を巊に曲がり、通りを枡ったずころにある叀びたビルぞ入った。䞀階には月刊文芞誌『思想』の線集郚がある。開けたたたのドアから明かりが挏れおいた。歎史ず重みのある郚眲の前を通り過ぎ、階段を䞊った。壁はずころどころペンキが剥がれ、ヒビが入っおいる。ビルは六階建おで、二階が『』線集郚だ。

 ドアを開けるず、奥の壁際のスチヌル机に北村が座っおいた。ほかにはただ誰も出瀟しおない。

「桐生君、早いね。あたり眠れなかったのかい」

「それが、垰ったら速攻で寝萜ちしちゃったんですが、早朝に目が芚めちゃいたした。ネットに䞊がったニュヌスを芋たら、なんだかじっずしおられなくお  」

 コヌトを脱ぎ、鞄を自分の机に眮いた。昚倜自宅たで車で送っおもらった瀌を蚀い、流しぞ向かった。コヌヒヌメヌカヌに氎をセットしようず思ったが、すでにコヌヒヌはできおいた。

「その気持ち、わかるよ。俺は家に垰る気になれなくお、ゆうべは線集郚に泊たったんだ」

「うわっ、培倜ですか」

「いや、俺も寝萜ちした。気づいたら、机の䞊でよだれ垂らしおたよ」

 北村は苊笑いを浮かべ、机の䞊のマグカップを流しぞ持っおきた。みんな自分のお気に入りのカップを眮いおいる。北村のカップには「䞀朝䞀倕」ず曞かれおいた。ちなみに桐生のカップには「歩くこずを孊べ!」ず蚘されおいる。

 桐生は北村のカップず自分のカップにコヌヒヌを泚いだ。

「岡島さんはビゞネスホテルに泊たるっお蚀っおたけど、ちゃんず宿取れたのかな」

 岡島は桐生の䞀぀歳䞊で、去幎たでアラスカにいたず聞いおいた。ずっずフリヌのカメラマンずしお生蚈を立おおいたが、今幎の初め垰囜し、春から『』で働き始めた。

「さっきLINEが来おたよ。珟堎の写真付きで、秩父湖の珟堎呚蟺はただ芏制線が匵られおるっお。小さな橋があったけど、しばらくは通行できないんじゃないかな」

「岡島さんは、たた秩父湖ぞ行っおるんですね。やっぱりタフだな。アラスカにいただけのこずはありたすね」

 岡島も湖底の遺䜓を芋おいる。あの衝撃はしばらく残り続けるだろう。いたも冷たい氎の䞭に浞っおいるような感芚だ。正矩は果たされなかった。闇に消えおしたった。芋倱ったものを、この先芋぀けるこずができるのだろうか。

「しっかり写真も撮っおくれたしね。岡島君がダむビングのラむセンスを持っおるっおいうから、俺たちはあの珟堎を発芋できたんたんだ」

 北村はコヌヒヌをすすり、䞀人頷いおいる。桐生も湖に朜ったこずを忘れおいる。

「僕もダむビング䞭玚ラむセンスを持っおるんですけど」

「そうだったね。でも、もし桐生君だけだったら、デスクも朜っお確かめおこいずは蚀わなかっただろう。ほら、氎䞭写真お難しいしさ。それに桐生君は  」

 北村は蚀いかけた蚀葉を飲み蟌み、「ああ、そうだ」ず話題を倉えた。自分の垭に戻り、パ゜コンのキヌを叩く。

「寝萜ちする前に、犯人の手玙に曞かれおいたマヌクを調べたよ。あれはコズミック・サヌクルっお呌ばれるもので、カバラ魔術で信じられおいる匷力な円らしい」

「犯人は、魔術を信仰しおるっおこずですね。じゃあ、遺䜓を切断したのも儀匏だったのかもしれない」

「あるいはゟディアックに憧れおるずかね。かなり叀い事件だけど、桐生君も円ず十字の印を芋たこずあるだろ」

「デノィッド・フィンチャヌが撮った映画を、Netflixで芳たしたよ。五十幎以䞊前にサンフランシスコで五人が殺された殺人事件ですよね」

 犯行埌に譊察やマスコミに送り぀けた犯行声明文に、円ず十字の印が描かれおいた。ケルト十字に酷䌌しおいるずいわれたが、䜕を意味するのかは解明されおいない。

「ニュヌペヌクで暡倣犯による事件が起こっおお、それもNetflixで芳たしたよ。その事件の犯人は捕たっお、よかったっお思いたした」

「ニュヌペヌクの事件では、遺䜓が発芋されおたからね。倱螪事件で遺䜓が発芋されおないずそもそも事件だず認識されないから、被害者を芋぀けるのは難しいよ。昚日の手玙には、ほかに四人殺したっお曞いおあったけど、犯人が過去にあんな犯行声明文を送っおきた事件は蚘憶にない」

「  被害者は、行方䞍明のたた、どこかで生きおいるず思われおいるっおこずですか」

「そうだろうね。ずりあえずあの円の印をアむコンにしおいるYouTubeチャンネルを芋぀けたから、メッセヌゞを送っおおいた。過去䞉幎間に倱螪した女性がいないか、もう少し調べおみるよ」

 北村の仕事の早さに唖然ずしおいるず、ドアが開いた。

「桐生君、もう出られる」

 入っおくるなり、橘璃子たちばなりこが桐生に呌び掛けた。

「璃子さん、きのうの事件の速報、読みたしたよ」

 璃子にコヌヒヌを淹れるため、桐生は食噚棚から璃子のマグカップを取り出した。動物園で賌入したずいうパンダの兄匟が描かれおいる。

 璃子は流しぞやっお来るず、せっかく出したカップを棚に戻した。

「岡島君が撮った珟堎写真も、続報で䞊げるっおデスクが蚀っおたわ。私たちはこれから銙霖倧孊ぞ行くわよ」

 璃子は桐生や北村ず同じ特集班の蚘者で、桐生より二぀歳䞊の先茩蚘者だ。指瀺には埓わなければならない。飲みかけのコヌヒヌを喉に流し蟌み、コヌトず鞄を掎んだ。

「わかっおるず思うけど、秩父湖の切断遺䜓は来週号のトップ蚘事よ。きのうのうちに瀬田絢子さんのを調べずいたわ。Facebookで繋がっおる『友達』二十人にメッセヌゞを出したずころ、䞀人返信があったの。銙霖倧孊の孊生で、これから話を聞かせおくれるっお」

 璃子は䞀呌吞おき、北村に芖線を向けた。

「俺は手玙に曞かれおいたほかの被害者を探しおみるよ。円の䞭に十字がある、あの倉おこなマヌクが手掛かりになるかもしれない」

「北村さんなら、きっず芋぀けおくれるっお信じおたす。さあ、桐生君、行きたしょう」

 璃子はロングコヌトの裟をひらめかせ、線集郚の倖ぞ出おいった。桐生が埌を远いながら振り返るず、北村はスマヌトフォンを片手に持ちながら桐生に手を振っおいた。
 

 銙霖倧孊は枋谷に䜍眮しおいる。駅に着くたでに、にどんなメッセヌゞを送ったのかを璃子から聞かされた。線集郚に送られおきた手玙のこずは䌏せ、瀬田絢子のこずで蚊きたいこずがあるずいう内容を送ったずいう。

 麻垃十番駅から倧江戞線に乗り、青山䞀䞁目で半蔵門線に乗り換えた。乗り換え時間を入れおも枋谷たで十䞉分しか掛からなかった。

 改札を出お、入り組んだ地䞋道を歩いおいく。ふだんは構内の出口衚瀺をよく確かめながら地䞊出口を目指すが、きょうは璃子に぀いおいけば間違うこずはない。

「璃子さんお、䜓のなかに方䜍磁石を持っおいるよね。雁の矀れが迷うこずなくラップランドを目指すみたいに、い぀も最短ルヌトで目的地に向かうっお凄いよ。『ニルスの䞍思議な旅』に出おくるアッカ隊長みたいだね」

 スりェヌデンの䜜家・セルマ・ラヌゲルレヌフが曞いた冒険物語を思い浮かべた。東暪線の乗り入れ駅が地䞋に移動し、地䞋道は巚倧な迷路ず化したが、璃子は難なく地䞊出口ぞ出た。

「桐生君は、タンポポの綿毛みたいだよね」

「それっお、頭がふわふわしおるっおこず」

 桐生は䞡手で髪を抌さえ぀けた。今朝はゞェルでセットするのを忘れおいた。癖毛は収拟が぀かないほど広がっおいるのが感觊でわかる。

「髪がふわふわカヌルしおるのは矚たしいよ。私はカヌラヌやコテで巻いおも盎毛だからふわっずしないのよね」

 立䜓歩道橋を枡り、号の坂を䞊っおいく。

「湿気が倚い日は倧倉だよ。髪が二倍に膚匵するから、本圓は長髪にしおゎムで瞛りたいんだけど、そんなこずしたら線集長に怒鳎られるからね。璃子さんのストレヌトヘアのほうがよっぜど矚たしいよ」

『』では、ごく䞀般的なビゞネスマン・スタむルを掚奚しおいる。個性を䞻匵するより、取材察象者に安心感を䞎えるこずが第䞀だからだ。

「でも、よかった。桐生君がダりンしなくお」

「え」

「だっお、遺䜓を盎接芋たんでしょ 私たちは写真で芋たからただ衝撃が少なくお枈んだけど、実際に氎の底に沈んでるのを芋たら違ったず思う。岡島君はきょうも珟堎に行っおるけど、きっずただショック状態よね」

「そうだず思う。でも、アラスカで写真撮っおただけあっお、タフだよ。あの写真を撮るなんお、僕にはずうおい考えられない」

 湖底で呌吞困難に陥ったこずは蚀わなかった。

「アラスカっお、オヌロラが芋えるんだよね。いいな。私も人生で䞀床は芋おみたいんだよね。空が玫ずかピンクずか緑になっちゃうんでしょ きっずものすごく幻想的だよね」

 璃子は坂を䞊り切ったずころで右に曲がった。前方に重厚な建物が芋える。黒い門扉は開かれ、門柱に『銙霖倧孊』ず蚘されおいる。璃子は䞀床もGoogleマップを確認するこずなく目的地に着いた。ず思ったが、璃子は正門を通りすぎた。

「桐生君は、行っおみたい囜っおある」

「子䟛の頃は宇宙飛行士になりたかったんだ。どこかの星ぞ蟿り぀いお、新しい生呜䜓ず出䌚いたいっお。でも、いたは僕が旅に出たら戻っおこれない気がするんだよね。郜内でもよく迷うし、スマホがなかったら無駄に倱螪するかもしれない」

 冗談の぀もりだったが、璃子は神劙な顔で頷いおいる。

「綿毛っお、どこぞ飛んでいくかわからないもんね。知らない堎所に行くずきは、かならず予備のバッテリヌを持ち歩いおね。行き先は誰かに䌝えお」

 璃子は巊手にあるカフェの前で立ち止たるず、ガラス扉を開けた。

 店内は柔らかなラむトに照らされ、入口暪には緑が食られおいた。二人掛けのテヌブル垭が八぀あり、奥の窓際垭は四人掛けになっおいる。

 店内にいる客は桐生たちを陀いお四人で、䞀人は初老の男性だった。新聞を広げながらサンドむッチを食べおいる。もう䞀人は䞊䞋グレヌのスりェットを着た孊生颚の男で、コヌヒヌを飲みながらパ゜コンに向かっおいた。あずの二人は若い女性で、生クリヌム添えのパンケヌキを食べながら笑い合っおいる。

 璃子が埅ち合わせだず䌝えるず、窓際のテヌブル垭に案内された。取材察象はパンケヌキの女子たちではないようだ。

 桐生は璃子の隣に座った。奥偎の䞊座は情報提䟛者のために空けおおく。璃子が瀬田絢子のペヌゞを桐生に向けた。

 顔の茪郭はシャヌプで、黒い瞳は匷い光を発しおいた。たっすぐに画面に向けられた県差しは、匷い信念を感じさせる。緩やかにりェヌブした黒髪は艶やかで、倧人の芳銙を挂わせおいる。免蚱蚌の写真よりずっず魅力的だ。

 桐生が手垳を取り出しおいるず、背埌で店の扉が開く音がした。振り向くず、店員に案内され、二人の男がこちらに歩いおくるのが芋えた。

 䞀人は長身で、くっきりずした顔立ちをしおいる。パンケヌキの女子たちが顔を䞊気させ、男を凝芖しおいた。映画俳優ず蚀われおも通甚しそうな矎青幎だ。
 その埌ろを歩いおくる男も長身で充分に敎った顔をしおいるが、矎青幎ず䞊ぶず少し目が離れおいるように芋えた。

 璃子ず桐生は垭から立ち、二人に名刺を枡した。長身の矎青幎は卯月嶺う぀きれいず名乗った。埌ろを歩いおいたのが、メッセヌゞに返信しおきた富士原蟰圊ふじはらた぀ひこだった。コヌヒヌを四぀頌み、璃子が口を開いた。

「二人は、瀬田絢子さんの生埒さんかしら」

「ええ。僕たち、瀬田先生のれミで修論のレポヌトを曞いおいるずころです」

 富士原は、着おいたシャツの襟を匕っ匵った。

「じゃあ、二人ずも院の二幎生ね。卯月君もFacebookで瀬田先生ず繋がっおるの」

 璃子が卯月に芖線を向けた。

「ええ。でも、研究宀のみんなが先生のをフォロヌしおたすよ。マスコミの方からメッセヌゞが来お、どうするかLINEで盞談したんです。みんな自分のレポヌトずか進路のこずで忙しいっお蚀っおたけど、話を聞いずいたほうがいいず思っお  」

「だから君たち二人が代衚で来おくれたんだね」

 桐生が笑顔を浮かべるず、二人は小さくうなずいた。

「瀬田先生は、䜕かの揉め事に巻き蟌たれおいるんでしょうか」

 富士原は宀内の枩床が暑いのか、シャツの第䞀ボタンを倖した。

「  先生は、ここ最近はどんな様子だったのかな。䜕か心配事があったずか、誰かに恚たれおいたずか、君たち聞いおない」

 桐生は質問に答える代わりに問い掛けた。

「ずくに倉わった様子はありたせんでした。先生は、い぀も俺たちの盞談にのっおくれたした。みんな、先生を慕っおいたんです」

 卯月はテヌブルの䞊で指を組み合わせた。店員がコヌヒヌを桐生たちの前に眮いおいく。゜ヌサヌにセットされたティヌスプヌンずカップがぶ぀かる音が、沈黙を埋めるようにかすかな音を立おた。

 店員がアクリルの小さな筒に䌝祚を差しお立ち去るず、富士原がふっず息を吐いた。

「瀬田先生は、しばらく倧孊に来おたせん。教務宀に行っお蚊いおみたけど、䌑みだっお蚀われただけで理由は教えおもらえたせんでした」

「それは、䜕曜日だったのかしら」

「氎曜だったず思いたす。でも、月曜から来おなかったのかも。お前、今週先生に䌚ったか」

 富士原が卯月を芋る。卯月は銖を振った。

「  瀬田先生は、事件に巻き蟌たれたんじゃありたせんか。あなたがたはその事件を知っおるんでしょ だったら教えおください。先生に䜕があったんですか」

 卯月が桐生ず璃子を亀互に芋぀めおいた。

「ただ、はっきりずは蚀えないの。でも、瀬田先生があなたたちに慕われおいたこずがわかっおよかった。もし䜕か思い出したり気づいたこずがあったら、い぀でも連絡しお」

 璃子は䌝祚を぀かみ、垭を立った。䌚蚈を枈たせ、テヌブルに芖線を向ける。富士原が小さく頭を䞋げた。卯月は険しい顔でこちらを芋おいる。二人を残し、桐生ず璃子は店を出た。

「二人ずも、事件に巻き蟌たれたっお気づいおるかも」

 桐生がカフェを振り返った。

「譊察が身元を断定するたではこっちも話すわけにはいかないからね。いくら免蚱蚌があっおも、遺䜓ずは別人の可胜性だっおあるし」

 駅に向かっお歩きながら、璃子は唇を匕き結んだ。

 コヌトのポケットからスマヌトフォンを取り出し、LINEを確かめる。岡島は秩父湖の珟堎写真を特集班のグルヌプLINEに送っおきおいた。重倧事件の情報は、このグルヌプLINEで共有する。写真が増えおいた。ダヌクスヌツの男たちが秩父南眲の門を通っお行く写真だ。秩父南眲の刑事たちだろう。

「岡島さんからLINEが来おるよ。もうすぐ秩父南眲で譊察の蚘者䌚芋があるっお。い぀もの通り週刊誌は締め出されるから、広報文の入手をお願いしたすっお。これはデスク宛おかな」

 蚘者クラブに枡される広報文は、『』ず旧知の倧手新聞瀟・東光新聞から入手しおいる。

 そのずき、桐生のスマヌトフォンが鳎った。着信画面には『東光新聞・高茪』ず衚瀺されおいる。画面をタップし、耳に抌し圓おた。

「桐生君、ネットの速報読んだよ。犯行声明分が送られおきたのは『』だけらしいね。桐生君が第䞀発芋者だっお聞いたよ」」

 高茪の声が流れ出す。東光新聞の゚ヌス蚘者で、桐生がアシずしお取材する珟堎の先々で遭遇するうちに、よく声をかけおもらうようになっおいた。

「あの事件の第䞀発芋者が僕だっお、誰から聞いたんですか」

「あれ 蚀っおなかった 俺、四月から埌玉支郚に配属されたんだよね。報道局のヘリも飛んでるし、こっちは倧隒ぎだよ。遺䜓は䞃぀に切断されおたんだっおね」

 高茪は゜フトな喋り方で人圓たりもいいが、情報を聞き出すたであきらめない。倜回り取材で捜査員から聞き出したようだ。

「譊察は、遺䜓の身元を断定したんですか」

「いや、ただだよ。でも、頭郚が芋぀かっおるから、歯の治療痕を調べればじきにわかるだろう。犯人は遺䜓の身元を隠す目的で遺䜓をばらばらにしたんじゃないっおこずだね」

「ええ。僕たちに芋぀けお欲しかったんだず思いたす。手玙には、遺䜓を遺棄した堎所の地図も同封されおいたした」

「ひぇっ。だから桐生君たちは珟堎ぞ行ったのか。ちなみにその手玙、どんな感じだった」

「どんな感じっお  」

 蚀葉に詰たる。

「文章から受ける印象ずかだよ。粗野な蚀葉遣いだったずか、誀字ずひらがなだらけで、䞭孊生が曞いたような幌い印象だったずかさ」

「文章に幌さは感じられたせんでした。むしろ普段からよくものを考えおいるような印象を受けたした。〃良心の呵責〃に぀いお蚀及されおいたした。そういうものを、自分は持っおいないっお。きっず瀟䌚に適応しおいたすよ。誰からも異垞だずは気づかれおないっお気がしたす」

「その熟語っお、“良心の呵責に苛たれおいたす”っお䜿うのが䞀般的だず思っおたよ。遺䜓を切り刻むような殺人者は、蚀葉の䜿い方が違うっおいた知ったよ。あ、こっちはもうすぐ䌚芋があるから、たた連絡するね」

 高茪はそれだけ蚀うず、桐生が返答する前に通話を切った。

「北村さんからLINEが来たわ。手玙に曞かれおた円のマヌクず繋がりのある女性を芋぀けたんだっお。その女性、五月に倱螪しおお、いただに行方がわからないみたい。女性の知り合いの男性が取材に応じおくれるっお。明日の午前十時に新宿䞉䞁目なんだけど、桐生君行っおくれる」

「了解。これから線集郚に戻りたすか」

 特掟蚘者の北村は、普段は独自のネタを単独で取材しおいる。数倚くのスクヌプをモノにしおきた北村からは孊ぶこずがたくさんある。アシずしお同行できるだけで嬉しかった。

「いえ。手玙に同封されおいた免蚱蚌の䜏所に向かいたしょう。近隣䜏民から話が聞けるかもしれないでしょ」

 璃子は桐生を䞀瞥し、駅ぞ向かっお歩き始めた。
 

「第2話」https://note.com/kipris/n/nd1368a92f13d

「第3話」https://note.com/kipris/n/n0f161b35014e

「第話」https://note.com/kipris/n/n3bb275bf0498

「第話」https://note.com/kipris/n/n5a131e0430fc

「第話」https://note.com/kipris/n/n21f46ad223c9

「第話」https://note.com/kipris/n/n3e50cd1f70f1

「第話」https://note.com/kipris/n/n3dc6c3333b4b

「第話」https://note.com/kipris/n/nd93a212fbde5