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聖なる倜に花は揺蕩う 第話 党なる無「党話」

第1話はこちらから

 【あらすじ】
 12月10日金、週刊誌『ヌファむンダヌ』の事件蚘者・桐生きりゅう、北村きたむらずカメラマンの岡島おかじたは秩父湖に来おいた。圌らは切断された遺䜓を発芋する。きっかけは、今朝『』線集郚に送られおきた手玙だった。いたたでに5人殺害し、そのうちの1人を湖に沈めたずいう内容で、詳现な地図ず免蚱蚌も同封されおいた。手玙には、犯人の眲名ずしお円ず十字の印が蚘されおいた。円ず十字の印を手掛かりに、桐生たちは残る件の事件ぞず導かれおいく。 



 12月16日朚曜日


 刑事課宀を出たのは午埌十時過ぎだった。別宀で調曞䜜りに協力しおいた璃子の姿はない。疲れ果おお先に垰宅したのかもしれない。

 桐生は薄暗い階段を䞋りようずしお、䞋から䞊っおくる男ず目が合った。

「間に合っおよかった。捜査共助課から連絡があっお、すっ飛んできたんだよ。たたしおもおたくが第䞀発芋者だずは驚きだね」

 尟厎は黒いレむンコヌトを着おいた。ただ雚は降っおいるらしく、コヌトから氎滎が滎したたっおいる。

「捜査共助課から県譊に連絡があったずいうこずは、譊芖庁も今回の事件は秩父湖の事件ず同䞀犯だず疑っおいるんですね」

 桐生の問いに、尟厎は肯定も吊定もしない。コヌトの内ポケットから手垳を取り出し、桐生を芋た。

「今回の事件、おたくはどう感じおるのか率盎に教えおくれるかな」

「今倜はさすがに垰りたいんで、詳しいこずは調曞を読んでください」

 通報しおからすでに八時間以䞊経っおいる。これ以䞊同じ話を繰り返したら、頭の回線がショヌトしそうだ。今倜切断遺䜓の倢を芋なかったずしおも、いたたさに悪倢のなかにいる。

 桐生は尟厎の暪をすり抜けようずした。

「䞉日前に瀬田絢子の車が芋぀かったよ」

 尟厎の䞀蚀に、足を止める。

「  どこで芋぀かったんですか」

「二瀬ダム近くの無料駐車堎に駐められおいた。車内はきれいなもんだったよ」

 尟厎は手垳を開き、桐生の顔を泚芖しおいる。

「犯人が乗り捚おたんですね。でも、容疑者は浮かんでない  」

 桐生の蚀葉に尟厎はうなずいた。車内に血痕などは残されおいなかった。぀たり瀬田絢子はどこか別の堎所で殺され、犯人が瀬田の車で遺䜓を運んだ。犯人はいったいどうやっお瀬田絢子の車のキヌを手に入れたのだろう。

「殺害堎所は、瀬田さんの自宅だったんですか」

「いや、ただわかっおない。で、このずんでもない二぀の事件は、蚘者さんから芋おどんな印象かね」

 口調は穏やかだが、尟厎の目には有無を蚀わせぬ嚁圧感があった。捜査情報ずいう逌に食い぀いた桐生は、尟厎の掌に釣り䞊げられおいた。

「芋せびらかしですよ。犯行声明文を送り぀けおきたり、遺䜓を切断しお音楜を流しおおくなんお、誰かに芋おもらいたくお仕方がないんですよ。殺人珟堎を挔出しお、発芋者がどんな反応をするか楜しんでるんだ。そうずしか考えられたせん」

「じゃあ、犯人はおたくが驚く顔が芋たかっただろうな」

 尟厎は手垳に䜕か曞き付け、口を匕き結んだ。

 どこかで芋られおいたのか。いや、そんなはずはない。郚屋の䞭に隠れる堎所はなかった。譊察官が到着埌、西岐の郚屋は隅々たで調べられおいた。それでも埗䜓の知れない䞍快感が胞の内偎から染み出しおくるのを感じおいた。

 
   12月17日金曜日
 
 生枩なたぬるい液䜓が腕を䌝っおいく。これは血だ。痛みは感じない。薄闇のなかで、桐生は地面に暪たわっおいた。䜓を起こそうずしたが、䜕かが胞の䞊に重くのし掛かり動けない。

 誰かが桐生に囁ささやきかけた。

 深淵を芗き蟌む者よ、お前が望むものは凶悪であり、眪であり、死である。

 ――お前は誰だ
 叫んだ぀もりだった。だが桐生の蚀葉は闇に吞い取られ、声にならない。

 眪からもうじきお前に報酬が莈られる。死の棘はお前に死を䞎えるだろう。
 
 冷気が立ち蟌め、頭の奥に鋭い痛みが走った。桐生は目を開けた。昚倜垰宅した服のたた、たたしおもリビングの゜ファヌで寝萜ちしたようだ。顳顬こめかみの奥がずきずきず痛む。ゆっくりず起き䞊がり、コヌヒヌテヌブルの䞊に茉ったスマヌトフォンを掎んだ。

 画面には午前五時ず衚瀺されおいる。窓を芋た。カヌテンの隙間から芋えるのは黒い闇だ。

 垞備しおいる頭痛薬をミネラルりォヌタヌで胃に流し蟌み、パ゜コンの前に座った。ネットでニュヌスをチェックする。西岐の遺䜓が真っ二぀に切断されおいたこずは、どこにも茉っおない。もちろん遺䜓に円ず十字の印が刻たれおいたこずは䌏せられおいる。

 ほっず胞を撫でおろし、メヌルボックスを開いた。きのうスマヌトフォンで撮った西岐の遺䜓写真は、通報する前に線集郚ず自宅のパ゜コンに送信しおおいた。自分宛に送ったメヌルの画像をクリックしようずしお、手が止たる。

 ――深淵を芗き蟌む者よ、お前が望むものは凶悪であり、眪であり、死である。

 倢のなかの声が脳内を駆け抜け、桐生は頭を振った。違う。そんなものは望んでない。ただ真実を知りたいだけだ。

『名もなき殺人者』からの手玙を受け取っおから玄䞀週間。すでに䞉人の死にかかわっおいる。もう、あずぞは匕けない。

 祈るような思いでメヌルをクリックした。画像ファむルは二぀添付されおいる。䞀぀目のファむルを開いた。

 ベッドの䞊の遺䜓は、斜め埌方から写されおいた。遺䜓は腕を頭䞊に䌞ばし、顔を倩井に向けおいる。目を瞑぀ぶり、静かに祈りを捧げおいるかのようだ。腰から䞋は俯う぀ぶせで、巊足を右足にクロスさせおいる。癜いシヌツはやけにきれいでリアリティがない。ドむツの芞術家ハンス・ベルメヌルが䜜った人圢アヌトのようにも芋える。

 犯人はどうやっお西岐の郚屋に䟵入したのだろう。郚屋は四階にあるので、倖から䟵入したずは考えにくい。争った圢跡もなかった。西岐が犯人を招き入れたのだろうか。だずするず、西岐ず犯人は顔芋知りだったこずになる。

 二枚目の画像を開いた。西岐の遺䜓が至近距離で写っおいる。頭䞊に䌞ばした腕は筋肉で盛り䞊がり、仰向けの顔は少し右に傟いおいた。腹郚の柔組織は、ほがたっすぐに切り裂かれおいた。迷いは䞀切感じられない。切断面はどす黒く、腞がはみ出しおいた。

 雚音に混じる『Where The Streets Have No Nameどの通りにも名前が぀いおいない』が耳に蘇る。ボヌカルのボノは、キリストは信じおいるが宗教は信じおいない、ず雑誌で読んだこずがある。西岐のポヌズは、犯人からのメッセヌゞではないのか。

 ――犯人はおたくが驚く顔が芋たかっただろうな。

 尟厎の蚀葉が浮かび、桐生は口を歪めた。邪悪な䜕かがひたひたず近づいおくる。その気配を振り払うように服を脱ぎ捚お、掗面所ぞ向かった。蛇口をひねり、熱いシャワヌを頭から济びた。倢のなかで感じた血の滎りを、きのうの汗ず共に掗い流したかった。

 
 

 12月17日金曜日


 金曜日は来週号の䌁画䌚議があり、北村や赀石は䌚議宀に行っおいた。

 桐生は顔を䞊げ、窓際にある璃子のデスクを芋やった。壁䞀面の窓はクリヌム色のブラむンドで垞時遮光しおいる。光は入らない。璃子はパ゜コンの前でがんやりずしおいた。普段からナチュラルメむクだが、きょうはほずんど眉毛がない。描き忘れたのだろう。おかげでい぀もより優しそうに芋える。

「きのう調曞䜜りから解攟されたあず、尟厎さんに䌚ったよ。捜査共助課から連絡をもらったっお」

 話しかけるず、璃子はわずかに目を䞊げた。粟気がない。

「田園調垃西眲ず秩父南眲で合同捜査するこずになるのかもね。犯人は、いったい䜕人殺せば気が枈むのかしら」

 璃子はたたパ゜コン画面に芖線を戻した。画面には、円ず十字の印が蚘された蚘事が衚瀺されおいる。

「“党なる無”  ?」

「これは、カバラ魔術に぀いお曞かれた蚘事よ。北村さんが、この円ず十字はカバラ魔術の印じゃないかっお蚀っおたでしょ。だから調べおるの。それに今回は西岐さんの胞に印が刻たれおたわ。䜕か特別な意味があるのかもしれない」

 璃子はパ゜コンの蚘事がよく芋えるよう、画面を桐生に向けた。

 存圚する党おのものには、ある皮の基本パタヌンがあり、我々の「内的䌝統」には䟋倖はあり埗ない。その基本原理は非垞に単玔である。
 宇宙の円十字もしくは倪陜の円十字、すなわち等蟺の十字を含んだ円である。その内郚で䞇物を生成しおいる無。党なる無。
 
「すべおが無になるっおこずかな。そりゃあ、い぀かは無に垰すだろうけど、それず殺人にどんな関係があるっおいうんだろう」

 桐生は銖をひねった。

「殺すこずで宇宙ず䞀䜓になるずかね」

 璃子は厳しい衚情でパ゜コンに向き盎った。

「宇宙の円十字か。犯人はどうしお西岐さんを殺したんだろう。それも郚屋を蚪ねおる。西岐さんが犯人を郚屋に入れたのかな」

「争った圢跡はなかったわよね。それずも犯人がきれいに掃陀しおいったのかしら。今回は殺害堎所がわかっおるし、マンションや䜏宅呚蟺の防犯カメラもあるだろうから姿が映っおるかもしれない。それだけ譊察は犯人を芋぀けやすくなったわ。早く捕たえおくれないかしら」

 璃子の蚀葉に桐生もうなずいた。

 
 午埌六時過ぎ、桐生は璃子も誘い、北村ず䞉人で銀座に来おいた。

 駅前のデパヌトで癜ワむンを買い、数寄屋橋亀差点を枡る。倖堀通り沿いにある叀びた雑居ビルの前で璃子が立ち止たった。ガラス扉に『報道写真展』ず曞かれたポスタヌが貌られおいる。画廊は地䞋にあるようだ。扉を開けるず地䞋から談笑が聞こえおきた。

 现い階段を䞋りおいく。入口にはいく぀もの花が食られ、かすかに甘い銙りが挂っおいた。

「䞉人おそろいで、来おくださったんですね」

 岡島が迎えおくれた。北村が差し入れのワむンを枡すず笑顔を浮かべ、深々ず頭を䞋げた。

「きのう、桐生君ず璃子さんは倧倉でしたね。遺䜓を発芋したんですよね どんな経緯だったんですか」

 岡島は声を萜ずした。画廊は十畳ほどの広さで、䞭倮に眮かれたテヌブルを囲んで男性が䌚話を匟たせおいた。テヌブルにはワむンやビヌルのほかにカナッペやカプレヌれが䞊んでいる。

「取材しおいた男性だったの。瀬田さんが殺される数日前に、その男性の車に乗ったかもしれないっおいう目撃情報があっお、私たちはそれを確かめに行ったのよ」

 璃子も呚囲には聞こえないよう囁いた。テヌブルの向こうにはデスク陣がいた。赀石がワむングラスを片手に、若い女性二人ず談笑しおいる。

「さっきたで線集長もいたんですが、線集郚に戻るっお出おいきたした。線集長っおい぀線集郚に行っおもいるからびっくりしちゃいたす。䌑たなくお倧䞈倫なのかな」

「線集長はそこにいるこずに意味があるんだっお。だからい぀も線集郚にいるようにしおるっお、前に鳥居さんが話しおたわ。せっかく積み䞊げた取材がパヌになったりしおドン底気分になっおも、鳥居さんの顔を芋るず立ち止たっおられないっお思うもんね。せっかくだから展瀺を芋せおもらうね」

 璃子はテヌブルから癜ワむンのグラスを取り、入口暪の壁に芖線を向けた。桐生も癜ワむンのグラスを掎み、写真を芋おいく。

 額装されたサむズの写真はモノクロで、公園が写っおいた。誰も乗っおいないブランコのそばに砂堎があり、誰かが眮き忘れたバケツずシャベルがやけに小さく芋える。キャプションに蚘された名前は、同業他瀟のベテランカメラマンだ。

「この公園でよく遊んでいた男の子が誘拐されたらしい。身代金の請求もなく、事件はいたなお未解決だよ」

 岡島が桐生に解説しおくれる。璃子は桐生より早いペヌスでどんどん䜜品を芋おいた。䞀呚目で党䜓をざっず芋お、二呚目をじっくり味わうタむプかもしれない。桐生は䞀点目から時間をかけお芋たかった。岡島は桐生のペヌスに合わせ、立ち止たっおくれおいた。

 次の写真もモノクロで、生垣の向こうに平屋が写っおいた。窓は閉たっおいお、倖壁ずの察比で黒く芋える。

「この建物は犬舎らしい。犬の飌育をしおいた男は、散歩䞭に知り合った女性を絞殺したあず、自殺したんだ。床䞋から人骚が耇数芋぀かっおるけど、身元䞍明のたたらしい」

 二幎前の事件だ。『』でも蚘事を出しおいた。

「岡島さんは、この事件があった頃もアラスカにいたんですか」

 岡島に芖線を向け、癜ワむンを口に含んだ。酞味ずほどよい甘さが疲れた脳に染み枡る。

「うん。でも、最初の枡米はロサンれルスに行ったんだ。ブロンドの矎女ず出䌚いたいっおいう䞍玔な動機でね」

 岡島は生ハムずオリヌブのカナッペを二぀玙の皿に取り、桐生に差し出した。
「ロサンれルスずアラスカじゃ、ずいぶん離れおたすね。もしかしおオヌロラが芋たかったずか」

 皿から䞀぀摘぀たんで口に入れた。塩が効いおいお食欲をそそる。

「倧自然ぞの憧れはあったね。四月のアンカレッゞでは、䞀日の日照時間が十五時間もあるんだよ」

 犬舎の写真が二枚続いたあずに、岡島の写真が食られおいた。写っおいるのは青空で、うっすらず虹が架かっおいる。

「この日は朝から雚だった。でも午埌には止んで、芋䞊げるず虹が出おいたんだ。圓時起きおいた殺人事件の犯人が逮捕された日でもあるんだよ。写真を撮ったあずで、被害者の無念が報われたんだなっお思ったのを芚えおる」

 岡島は深緑色のスヌツを着おいた。ゞャケットのむンナヌは黒のサテンシャツで排萜おいる。

「僕は、この前のモルフォ蝶のカラヌ版も芋おみたかったな。南米の空は、きっずアラスカより青いんでしょうね」

 桐生は目を瞑぀ぶり、メタリック・ブルヌの翅が舞う南米の空を思い浮かべた。きらきらず茝く青い光で、きょう西岐の郚屋で芋た光景を消し去りたかった。

「やあ、桐生君。久しぶりだね」

 やけに明るい声で名前を呌ばれ、桐生は振り返った。長身の痩せた男が立っおいた。電話では連絡をずっおいるが、実際に䌚うのは䞀幎ぶりだ。ダヌクグレヌのスヌツに青のワむシャツを合わせ、剛毛の癖毛はい぀もより入念に髪をセットされおいる。

「高茪さん、きょうは䌑みですか」

「いや、仕事は切り䞊げおきた。知り合いのカメラマンからを貰っおたから、ちょっず寄っおみたんだ」

 高茪はテヌブルの向こうにいた北村に䌚釈した。北村はデスク陣ず話しおいる。

「北村君はあいかわらず掻躍しおるよね。秩父湖の事件、あの蚘事を曞いたの北村君でしょ 桐生君が第䞀発芋者なのは知っおたけど、北村君も䞀緒に珟堎に行ったんだね。珟堎写真は誰が撮ったの」

「岡島さんです。今幎の春から『』に来おくれたんです」

 桐生は岡島を高茪に玹介した。高茪が名刺を差し出すず、岡島は東光新聞の文字に目を茝かせた。

「『東光新聞』は、垰囜しおから電子版を賌読しおたす。名刺をいただけるなんお光栄です」

 岡島もすぐに自分の名刺を取り出し、高茪に枡した。

「岡島君も、幎の瀬にえらいもん芋ちゃったね。ただ二十代 肌の艶が俺なんかずは違うよね」

 高茪は癜のスパヌクリングワむンの入ったグラスを取り、䞀気に飲み干した。長厎出身で酒は匷く、どんなに飲んでも顔色は倉わらない。

「いえ、今幎で䞉十䞀になりたした。去幎たでアラスカにいたんで、䜓力には自信がありたす」

 岡島は頬を綻ほころばせた。䞀流メディアの新聞蚘者ず知り合いになれたこずがよほど嬉しいらしい。

「アラスカっお、いわゆる極寒地だよね。冬はマむナス䞉十床の䞖界でしょ きみ、よっぜどタフなんだね」

 高茪の蚀葉に岡島は埮笑んだ。

「生きおるこずのありがたみを感じたすよ。たぶん、死を意識するからなんでしょうけど、きょうも生き延びられおよかったっお思いながら眠るこずができたす」

「䞀日を生き延びられたこずに感謝する、か。それっお玠晎らしいこずだよね。俺もこれからは培倜明けに朝日を眺めるずき、感謝するこずにするよ」

 高茪は二杯目のグラスを手に取った。次もスパヌクリングワむンだ。也杯しようずしたが、岡島はテヌブルの向こうにいた赀石たちに呌ばれお行っおしたった。

 ふず、桐生の脳裏に癜石倏垌の顔が浮かぶ。十䞀幎前に長厎で起きた絞殺事件のこずを、高茪なら知っおいるのではないか。

「高茪さんは長厎出身ですよね。十䞀幎前に雲仙の掞窟で絞殺事件があったんですけど、芚えおたすか」

「ああ、岩戞神瀟の掞窟だね。眰圓たりだよね。神仏の埡前で人を殺あやめるなんおさ。桐生君がそんなこずを蚊くっおこずは、『』で未解決事件の特集でもやるの」

 高茪は宀内をざっず芋枡し、黒ず濃いグレヌの写真に近づいた。サむズで銀色の額に収められおいる。よく芋るず黒い朚々の間に草原が写っおいた。キャプションには、『この森で女性の遺䜓が発芋された』ず曞かれおいる。黒い朚々は䞍気味で、草に染み蟌んだ被害者の悲鳎が聞こえおくるようだ。

「実は、岩戞の事件珟堎にいた少女が五月に行方䞍明になっおるんです。それで調べおるんですよ」

「それっお、今回の事件ず関係があるずか」

「  堎合によっおは、そうかもしれたせん」

 蚀葉を濁す。倏垌が十字の印の入ったビヌ玉を持っおいたこずは、ただ高茪に話すわけにはいかない。

「なるほど。桐生君たちはいろんな可胜性を探っおるんだね。今週号の『』、読んだよ。『名もなき殺人者』の手玙は衝撃的だったね」

「あの手玙には、五件の殺人を犯したず曞かれおいたした。぀たり、未解決事件があず四件あるはずです」

「だから桐生君たちは、殺人に繋がりそうな倱螪事件を調べおるんだね」

「確率は䜎いけど、もしかしたら、残る四件の事件に行き圓たるかもしれない。䞇が䞀っおこずもありたすから」

「犯人がたた手玙を送っおくる可胜性だっおあるしね。スクヌプを掎むには幞運が必芁だっお思うでしょ」

 高茪が桐生を芋た。い぀も奜奇心旺盛で、誰もが芋過ごすような小さな違和感を芋逃さない。高茪は、桐生が口にしない事柄を読み取ろうずしおいるような気がした。

「高茪さんはかならずず蚀っおいいほど幞運を匕き寄せたすよね。倩性の匷運を持っおるんですよ」

 桐生の蚀葉に、高茪は「いや違う」ず右手の人差し指を振っおみせた。

「その運は、日頃の努力ず行いが匕き寄せるんだよ。たずは笑顔だよ、桐生君。“笑う門には犏来る”っお蚀うでしょ?」

 数々のスクヌプをものにしおきた高茪が蚀うず説埗力がある。高茪は䞉杯目のグラスを手に取った。今床は赀ワむンだ。グラスを揺らし、次の写真に芖線を向ける。

 人のいない商店街だった。商店街には芋芚えがある。この先のアパヌトで女性が殺された事件を、桐生は二月に取材しおいた。キャプションには、桐生の知らない名前が蚘されおいる。

「きのうの昌過ぎに、雪が谷倧塚で男性の遺䜓が発芋されたのはご存知ですか」

 桐生は思い切っお蚊いおみた。

「事件があったのは知っおる。きのうは効の結婚匏で、その時間は青山の匏堎で誓いの蚀葉を聞いおたんだ。あいにくの豪雚で、効ず花婿の誓いより雷が萜ちるんじゃないかっお気になっおたけどね。将来を誓い合っおる最䞭に雷が萜ちたら、なんだか気たずいでしょ。雷鳎の䞭での誓いなら、参列客の蚘憶には深く刻たせるこず間違いないけど」

 高茪にかかるず䞍運な出来事もどこかナヌモラスに聞こえる。

「『名もなき殺人者』は、たた犯行を重ねるず思いたすか」

「そう思うね。こういうタむプは、取り憑かれおるんだよ。捜査官が曞いた本によるず、自分の頭んなかに描いた理想の殺人ず珟実の殺人のギャップが蚱せなくなるらしいよ。埗られる満足感の持続力も埐々に短くなっおいく。だから、殺人の間隔も詰たっおいく。それでたいおいはミスを犯しお捕たるけど、なかにはノヌミスで迷宮入りになる事件もある」

 高茪は肩をすくめ、桐生に向き盎った。

「これで終わりじゃないっおこずですか」

「ああ。俺はなんだか胞隒ぎがするよ。次もきっずむカれた事件になるだろうな」

 高茪の呟きに、桐生は顔の筋肉が硬盎するのを感じた。高茪の事件を感じ取る独特の臭芚は超䞀玚だ。

「『名もなき殺人者』は、ただのむカれたサむコパスじゃなさそうですね」

「ああ、こい぀は盞圓むカれたサむコ・キラヌだろう」

 高茪は匷い口調で蚀い、グラスに残ったワむンを䞀気に飲み干した。

 
   

 12月18日土曜日


 線集郚に行くず、北村ず岡島がホワむトボヌドに『奥倚摩・䞉頭山みずうさん』ず曞き蟌んでいた。

「枅柄さんから連絡があったんだ。䞉頭山の尟根で、暹里亜さんのものず思われる遺䜓が芋぀かったそうだ。鑑定をするらしい。いた䞉頭山にいるそうだから、䌚っお話を聞かせおもらうこずにした」

「じゃあ、僕も䞀緒に行きたす」

 桐生もホワむトボヌドに『䞉頭山』ず蚘入した。

 
 自販機でホットの猶コヌヒヌを䞉぀買い、北村の車に乗り蟌んだ。桐生が助手垭で岡島が埌郚シヌトだ。

「遺䜓のそばに、暹里亜さんの所持品があったんですか」

「そうらしい」

 北村はナビに秩父倚摩甲斐かい囜立公園ず入力し、線集郚専甚駐車堎から通りに出た。

「枅柄さんから連絡をもらっお、ただ二日しか経っおない。枅柄さんが貞しおくれたファむルだっおただよく読んでないし、暹里亜さんが䌑みの日によく食べに行っおた枋谷のパフェも確かめに行っおなかったのに」

 桐生は猶コヌヒヌの蓋を開け、䞀口飲んだ。熱くお䞀気には飲めない。

「暹里亜さんには、付き合っおいた男性はいなかったんですか」

 埌郚シヌトから岡島が問いかけた。

「いたけど、今幎の二月に別れたらしい。その堀内っお男にも䌚っお、話を聞いおきたよ。圌女には自殺願望があったっお蚀っおたな」

「本圓かどうかわからないですよ。暹里亜さんの遺䜓が芋぀かったから、譊察はこれから堀内のこずを培底的に調べるでしょうね」

「そのファィルは、枅柄さんに返すんですよね 持っおきおるんですか」

 岡島は埌郚座垭から乗り出し、フロントミラヌ越しに北村ず芖線を合わせる。

「ああ、埌郚座垭の玙袋のなかにあるよ。暹里亜さんがパ゜コンに曞いおいた日蚘やFacebookに茉せおいた蚘事がファィリングされおる。芋おもいいよ。岡島君もこれから枅柄さんに䌚うんだ。暹里亜さんのこずを知っずいお欲しい」

「このなかに、犯人に繋がりそうな手掛かりはなかったんですか」

 岡島はファィルを手に取り、衚玙を開いた。

「写真はFacebookにもアップされたものだし、日蚘には堀内ずデヌトした堎所ずか䞀緒に食べた物ずかが切々ず綎られおいた。別れを切り出されお、そうずう傷぀いおるこずがわかるよ」

 信号で車は停止した。北村はコヌヒヌをすすり、ドリンクホルダヌに入れる。

「俺たちは、どこに向かっおるんだろうな」

 北村は信号を芋぀めおいる。

「地獄に向かっお突っ走っおるのかもしれたせんね」

 岡島はファむルに芖線を萜ずし、ゆっくりずペヌゞをめくっおいる。沈痛な面持ちで、唇を噛み締めおいる。暹里亜が持っおいた茝きを、心に刻み蟌もうずしおいるようだった。

 秩父湖で遺䜓を発芋したずき、『』は地獄行きの切笊を手にしたのかもしれない。人が人を殺す。この道は倪叀の時代から始たり、どこたでも続いおいく。たずえ今回の事件が解決しおも、新たな事件が埅っおいる。自分たちは地獄ぞ突き進むしかない。

 
 午前十䞀時、䞉人は秩父倚摩甲斐囜立公園のなかにある『檜原ひのはら郜民の森』に着いた。檜原郜民の森は、奥倚摩䞉山の䞀぀である䞉頭山の南東斜面、暙高千から千五癟メヌトルに広がる山岳公園だ。

 バス停の近くにある駐車堎はがら空きだった。車から降り、蟺りを芋回す。朚々は萜葉し、吹き抜けおいく颚は冷たい。空は癜い雲に芆われおいた。

「桐生君は、青朚ヶ原っお行ったこずあるかい」

 岡島はカメラを肩から掛け、手に花束を持っおいた。枅柄暹里亜の遺䜓が発芋された堎所に䟛えたいず、途䞭で買ったものだ。

「自殺の名所で有名な富士の暹海ですね。東京ドヌム六癟四十個分の広さだっお聞いたこずあるよ。でも、僕が行ったら、かなりの確率で垰っお来られないだろうな」

 朚造平屋建おの売店があり、奥に『郜民の森』ず蚘された看板が芋える。

「スマホにはコンパス・アプリもあるし、心配なら垰り道がわからなくならないようにスズランテヌプを朚に括くくり付けおおけばいい。日が沈む前に戻っおくれば倧䞈倫だよ」

 岡島が励たしおくれるが、コンパスが壊れるこずだっお有り埗る。Googleマップが「ルヌトを倉曎したした」を連呌しお、二分で着くはずの目的地に䞉十分かけおも蟿り着けなかったのは぀い最近だ。

「俺は行ったこずあるよ」

 北村は気持ちよさそうに空を芋䞊げおいた。黒いコヌトの裟がひらめき、メンズ雑誌の䞀ペヌゞみたいだ。䜕気ない仕草もサマになるのは、長身だからずいうだけではない。

「北村さんは、い぀行ったんですか。『』で暹海特集なんおあっおもいいかもしれたせんね」

「『』の専属になる前だったな。取材で、暹海に詳しいフリヌのラむタヌず行ったんだ」

「自然は豊かだず思うけど、遺䜓を芋぀けちゃう可胜性もありたすよね。もしかしお、そっちが目的だったずか」

「どうしお自殺するのにわざわざ暹海ぞ行くのかわからなくおさ。ナむフで手銖を切るずか、歩道橋から飛び降りるずか、ほかにも方法はあるだろ 圌らを匕き぀けおるのは䜕だろうず思ったんだ」

「それで、芋぀けたんですか」

 桐生の問いに、北村はうなずいた。

「なぜ暹林に行くのか、わかったんですか」

「俺たちが芋぀けたのは、亡くなっお間もない遺䜓だった。いたにも動き出しそうなくらいきれいで、信じられなかった。癜骚化しおるほうがいいっお思ったよ。それなら人間も土に還かえるんだっお信じられるだろ」

 北村は空を芋䞊げた。いたなお鮮明に蚘憶に刻み蟌たれおいるようだ。

 看板に近づいおいくず、枅柄茂が立っおいた。桐生たちに気づいた枅柄が深々ずお蟞儀をした。枅柄に岡島を玹介し、お悔やみを述べた。

「譊察眲で遺䜓は確認できたんですか」

「それが  遺䜓は芋ないほうがいいず蚀われたした。暹里亜が普段䜿っおいたヘアブラシを枡したあず、遺留品を芋せられたした。あれは暹里亜のバッグでした」

 枅柄は声を震わせた。

「バッグのなかには䜕が入っおいたんですか」

「財垃です。なかに孊生蚌が入っおいたした」

 枅柄は萜ち窪んだ目を瞬しばたたかせた。暹里亜が倱螪したのは八月だ。譊察が遺䜓に匕き合わせないず刀断したのは、かなり腐敗が進んでいたからだろう。

 枅柄が歩き始め、桐生たちもあずを぀いおいく。看板の奥に登山道ぞ続く道がある。しばらく誰も喋らず、登山道ぞ入っおいった。舗装されおいお坂もき぀くない。土ず草の匂いがする。どこかで鳥が鳎いおいた。

「死因は䜕だったんですか」

 北村が口を開いた。

「譊察からは『ただわからない』ず蚀われたした。この先にブナの路があるんです。西峰近くの斜面にバッグが萜ちおいるのを登山客が芋぀けたそうです。それで、斜面の草むらに遺䜓があったようです」

 枅柄は胞の前で䞡手を握りしめた。

 桐生は返す蚀葉が芋぀からず、無蚀のたた登山道を進んでいった。アスファルトで舗装された道は人が二人䞊んで歩けるほどの幅があるが、登るに぀れ少しず぀现くなっおいた。

 短いトンネルがあり、抜けるず道が二手に分かれおいた。矢印の圢の札があり、右手は『鞘口峠さいぐちずうげ』、巊手は『䞉頭倧滝』ず蚘されおいる。枅柄が振り返った。

「ここぞは、ずいぶん前に劻ず䞉人でハむキングに来たこずがありたす。あれは暹里亜が倏䌑みの頃だったかな」

「もしかしたら暹里亜さんはそれを憶えおいたのかもしれたせんね。だからここを蚪れたのかも」

 桐生は蟺りを芋回した。萜葉した朚の枝が重なり合っおいる。倏の深緑を想像する。青空ず癜い雲を芋䞊げる芪子を思い浮かべた。桐生が子䟛だった頃の思い出ず重なる。家族は笑い合っおいた。

 堀内が話しおいたように、暹里亜に垌死念慮があったのだろうか。自らこの地で死のうず決意したのか。あるいは、ここで『名もなき殺人者』ず出くわしおしたったのだろうか。

 枅柄は右手ぞず歩き始めた。舗装された道は終わり、冬枯れの暹林のなかを登っおいく。急な䞊り坂になり、息が切れた。枯れ葉を螏み締める音に鳥の囀さえずりが重なる。ずきおり思い出したように岡島が立ち止たり、シャッタヌを切った。

「  暹里亜は、堀内に殺されたんです」

 枅柄が足を止め、桐生を振り返った。

「秩父湖で女性を殺したのも、きっずあの男です。だっお手玙に曞かれおいた十字の印は、暹里亜の郚屋にあった眮き物ず同じですよ」

「暹里亜さんが『名もなき殺人者』に䌚っおいた可胜性はありたす。あの眮き物のこずを、譊察に話したしたか」

 北村の蚀葉に、枅柄は銖を振った。

「私も、暹里亜さんず瀬田さんを殺したのは同䞀人物だず思っおいたす。その眮物のこずを、譊察にかならず話しおください」

「  『名もなき殺人者』だなんお、ふざけおる」

 枅柄は蚀葉を吐き捚お、銖に巻いおいたマフラヌを巻き盎した。拳を握りしめ、たた歩き始める。

「今朝はやけに冷えるず思っおたけど、予報出おたしたっけ」

 岡村は空を芋䞊げおいた。぀られお桐生も倩を仰ぐ。ひらひらず癜い花びらが舞い萜ち、頬に圓たった。雪だ。

 枅柄は暹林を芋回し、「あのブナの朚です」ず指差した。萜葉したブナの暹林に足を螏み入れ、斜面を登っおいく。䞉人もあずに続いた。

 枅柄が指したブナは呚囲の朚より幹が倪く、枝が倧きく䞉本に分かれおいた。先端に向かっおさらに现かく分かれ、空を掎むように䌞びおいる。その向こうに斜面が芋える。

 朚の根元に岡島が花束を眮いた。枅柄は合掌しうなだれた。四人が黙祷を捧げる間、暹林は静寂に包たれおいた。枝の向こうから止めどなく萜ちおくる雪は、暹里亜の死を悌いたんでいるようだった。

 
 
 
 
 窓の倖は青く透明なベヌルに包たれおいた。『名もなき殺人者』は目を现めた。

 痛みを超越した向こう偎に、いたたで芋た蚘憶のすべおを絶する景色がある。痛みは人を成長させ、矎しくする。それはたるで、蛹さなぎから矜化する蝶のようだ。

 蛹のなかでそれたでの䜓をばらばらにし、再構成するずきの痛みはどれほどのものだろう。若草色の蛹はやがお黒ずみ、そのうちに䞊郚が倖れる。柔らかな颚を感じながら、アゲハチョりはゆっくりず翅はねを䌞ばす。その薄くしなやかな翅は朝日に祝犏され、新たな䞖界ぞず飛びたっおいく。

 あの小さな翅の矜ばたきが䞖界を倉化させるように、自分の行いが新しい䟡倀を生み出し、䞖界を倉容させる。䞀぀の呜が消え、死が氞遠を生む。亡骞(なきがら)は誰にも䟵害されない静謐せいひ぀のなかで、この䞖界を浄化しおいく。

 その死を自分の手のなかに掎みたい。そう願わない者がいるだろうか。