
00 社長の善意が、社員の本音を奪うとき。 / 優しいジャイアンは、なぜのび太を泣かせるのか。
社員は、本音を言わずに辞める。
社長は、その理由を知らない。
私はこの場面を、三度見た。
一度目は、部下として。
二度目は、同僚として。
三度目は、もう少し近い場所から。
どの場合も、社長は悪い人ではなかった。
むしろ、社員思いだった。
食事を奢り、家族の話にも耳を傾けていて、会社の未来を本気で語っていた。
それでも、社員は何も言わずに去っていった。

去り際はいつも似ていた。
「家庭の事情で」
「次にやりたいことがあって」
引き継ぎは淡々としていて、表情はどこか穏やかだった。
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。
ただ、まったく波風は立たなかった。
社長が退職理由を尋ねても、本音・本質とは言い難い誰も気付かない言葉だけが返ってきていた。
社長は決まって驚いていた。「あの子が?」と。
そして私は、その驚きを見るたびに、ある種の切なさを感じていた。
社長は本当に知らないんだ、と。
私は昔から、人の変化に気づいてしまうタイプだった。
声の温度がほんの少し下がったこと。
キーボードを叩く音がいつもより強いこと。
笑っているのに、その笑いが本当は笑っていないこと。
こういうものに、気づいてしまう。
最初は、それが弱さだと思っていた。
もっと鈍感でいられたら、もっと楽に働けたのに、と何度も思った。
実際、この性質は私を苦しめた。
帰りの車の中で今日の会話を何度も反芻して、答えの出ない問いに一人で消耗していた時期もある。
でも、この感度のおかげで気づけたことがある。
社長の善意が、社員に届いていないその瞬間に、誰より早く気づけることだった。
気づくだけでは、何も変わらない。
私が長い時間をかけて学んだのは、その先だ。
気づいたズレを、言葉にすること。感情論ではなく、構造として整理すること。
そして、どちらかを責めるのではなく、両者が動けるように翻訳すること。
簡単ではなかった。
今も、簡単ではない。でも、それが私にできることだと思っている。
ある日、一人の社員が社長にぶつかっていった。
遠回しではなく、真正面から。
何度も、本音を伝えた。
社長はその場で聞いていた。
うなずいていた。
「話がまとまった」と後で言っていた。
でも三ヶ月後、その社員は辞めた。
告げられた退職理由は、よく聞く「家庭の事情」だった。
社長はまた、驚いていた。
私はそのとき、この構造には名前がないんだ、と思った。
怒鳴り合いでもなく、パワハラでもなく、ただ善意がすれ違い続けて、関係が終わる。この現象に、言葉がなかった。
そこに向き合うことにした。
だから書くことにした。
ドラえもんに、優しい一面を持つジャイアンが登場する。
力があって、仲間思いで、本気で「良かれ」と信じている。
それでも、のび太はジャイアンに泣かされることがある。
ジャイアンが心優しく生まれ変わったら、のび太は泣かなくなるだろうか。
おそらく、そう単純ではない。
問題は性格ではなく、構造にある。
力を持つ側の善意は、それがどれだけ純粋でも、受け取る側の選択肢を知らないうちに狭めてしまうことがある。
現実の職場にも、同じ構造がある。
社長は本気で社員を想っている。
それでも社員は、声を上げずに去っていく。
怒鳴り声も、明確な対立もない。
ただ、本音だけが少しずつ職場から消えていって、ある日退職届として現れる。
このマガジンでシェアするのは、流行りのマネジメント手法ではない。
あなたの会社で起きていることを、自己否定でも責任転嫁でもなく、言葉にできる視点だ。
もしここまで読んで、ほんの一瞬でも引っかかるものがあったなら、それを見過ごさないでほしい。
「うちも、少し似ているかもしれない」
「どこからズレたのだろう」
その違和感こそが、組織が変わる入口だ。
このマガジンはあなたの努力や人格、そして善意を否定したいわけではない。
ある日、辞めていったあの社員を繰り返さない。
そのための視点を、できるだけ正直に書いていく。
「善意」とは「相手のためを思っている」という主観的な意図だ。配慮したいという姿勢も意味合いは近い。
だだし、善意には「それが相手にとって、本当に善いとは限らない。」という但し書きが伴う。
私は、社員の本音を本当に「聞けている」のだろうか。
読み進めながら、何度もそう自分に問いかけてみてほしい。
このマガジンでは、以下の構成で優しいジャイアン(社長)の起こす悲劇と可能性について向き合っていく。
本マガジンが日本中の中小企業において、社長の想いを社員に、社員の沈黙を社長に翻訳する記事になってほしいと願う。
<マガジン内の記事一覧>
(00 優しいジャイアンは、なぜのび太を泣かせるのか)
※4月21日公開【本記事】 プロローグ
01 なぜ、社員は何も言わずに辞めていくのか。
4月21日(火) 公開済み!【つづきはこちら!】