
02 「社員のため」が実は喜ばれていない?社長の想いと社員の現実のすれ違い【優しいジャイアンは、なぜのび太を泣かせるのか】
「社員のため」という言葉ほど、怖い言葉はないかもしれない。
善意から出た言葉だから、疑われない。
責任感から出た決断だから、否定しにくい。
そして、受け取る側が「実は負担だ」と感じても、言い出しにくい。
私が見てきた職場でも、そういう場面が何度もあった。
社長は本気だった。
社員のことを、本当に考えていた。
だからこそ、社員が喜んでいないことに、気づけなかった。

〈善意が空回りする、二つの場面〉
具体的な例を見てみる。
— 家族への感謝を込めた、社員旅行
ある会社では、社長の発案で「家族同伴歓迎の社員旅行」が毎年行われていた。
「社員が働けているのは家族の支えがあるから。家族にも喜んでもらいたい」
旅費は会社が全額負担。
社長の気持ちは、本物だった。
でも社員の中には、こう感じている人がいた。
「休日くらい、家族だけで過ごしたい」
「その予算を、賞与に回してほしい」
その声は、社長には届かなかった。
届けられなかった、というほうが正確かもしれない。
— 基本、読まれない業務報告書
別の会社では、社長が毎週の業務報告書提出を義務付けた。
「社員に自己成長のための振り返りをしてほしい」という思いからだった。
ところが社長は忙しく、報告書にざっと目を通す程度で、具体的なフィードバックを返す時間が取れなかった。
社員は次第に感じるようになった。
「どうせちゃんと読んでいない」と。
「出してほしいというから出している。本当に見てほしいことがあっても、どうせスルーされる」
社長の意図は、社員の成長だった。
社員が受け取ったのは、徒労感だった。
社員を鼓舞する言葉も要注意だ。
「賞与を出すには、目標達成が必要だ。成長しよう!」
それは、経営というものの難しさ、または社員が社長に対して信頼がある前提でしか成り立たない。
〈なぜ、善意は空回りするのか〉
この二つの例に共通しているのは何か。
社長の想いと社員の受け取り方のすれ違いは、突き詰めると社長側の認識の楽観に起因する場合が多い。
社長が「相手にとって何が嬉しいか」を確認せずに、「自分が良いと思うこと」を実行していることだ。
悪意からではない。
むしろ、善意が強すぎるがゆえに、確認を怠る。
「社員のためになるはずだ」という確信が、「本当にそうか」という問いを消してしまう。
ここに、善意の構造的な落とし穴がある。
ドラえもんで言えば、ジャイアンのリサイタルに近い。
ジャイアンは「みんな喜んでくれている」と信じている。
でも聴衆は内心辟易しながら、怖くて文句が言えず、仕方なく拍手している。
そしてリサイタルの運営者は、ジャイアンに向かってこう言う。
「たくさんの人が集まってくれましたね」「みんな楽しそうでしたよ」と。
社長の周りにも、同じ構造がある。
社員は社長に直接不満を言いにくいから、社長の前では「良い話」しか出てこない。都合の悪い本音は、見えないところに沈んでいく。
「社員旅行は家族にも好評でしたよ」
「報告書、みんな成長になっています」
そういう声だけが届く。
そして社長は「うまくいっている」という確信を深めていく。
〈「自己満」に気づいたとき、社員の何かが変わる〉
社員が「これは社長の自己満足だ」と気づいた瞬間がある。
そのとき、仕事への向き合い方が静かに変わる。
やらされ感が生まれる。
報告が事務的になる。
提案をしなくなる。
「言われたことだけやっていればいい」という気持ちが、じわじわと広がっていく。
厄介なのは、その変化が表面に出ないことだ。
社員は表向き、普通に働き続ける。
会議でも笑顔を見せる。
「わかりました」と返事をする。
でも内側では、情熱が冷めていっている。
社長には見えない。
だから、気づけない。
相手の行為を「自己満足だ」と感じたとき、人は距離を置き始める。
そしてその自己満足が善意から来ている場合、気づく手がかりがどこにもない。これが、善意のすれ違いが最も厄介な理由だ。
〈組織全体に広がるもの〉
善意のすれ違いが続くと、その影響は個人間の問題にとどまらなくなる。
まず、信頼関係が薄れていく。
社員が「社長は自分たちの声を聴いていない」と感じ始めると、報告・連絡・相談が少しずつ滞るようになる。
「言っても厳しく指摘されるだけ」
「報告しても社長はあまり興味がない」という諦めが生まれるからだ。
情報がトップに上がらなくなると、社長は現場の実態をますます把握できなくなる。
把握できないから、また的外れな善意を重ねる。
その善意がまた社員の本音を奪う。
負のスパイラルだ。
さらに深刻なのは、こうした状況が「表立って問題にならずに進行する」という点だ。
派手なトラブルは起きない。
数字は一応出る。
会議も回る。
誰も露骨に反抗しない。
でもその裏で、「言わない方が安全だ」という空気だけが、暗黙に積み重なっていく。
そして、期待していた社員ほど先に辞めていく。
自分の意見を持ち、会社を良くしたいと思っている人ほど、「届かない」という現実に早く気づく。
本音をぶつけ、何度も伝え、それでも変わらなかったとき、その人の心は静かに決まる。
そして、去る。
〈社長自身も、孤独の中にいる〉
ここで一つ、言っておきたいことがある。
こうした構造の中で、社長もまた孤独だ。
「自分は精一杯やっている。なぜ社員がついてこないのか」という苛立ちと、「もしかして自分に問題があるのか」という不安が、同居している。
社員が本音を言わない組織では、社長にも本音が届かない。
社長は社長で、正確な情報のないまま判断し続けなければならない。
そしてある調査では、経営者や人事担当者の約70%が「社員の声を職場運営に反映できている」と感じているのに対して、一般社員でそう感じている人はわずか33%だったという結果がある。
社長は「できている」と思っている。
社員は「届いていない」と感じている。
内心では次第に情熱が冷め、「ここでは成長できない」「いつか辞めよう」と心に決めていたりする。
このギャップは、どちらかが嘘をついているわけではない。
両者の間に、言葉にならないズレが積み重なっている。
そのズレを放置すると、組織は大きな衝突ではなく、静かな諦めによって傷んでいく。
信頼関係の崩壊、士気の低下・善意のすれ違いが起こすこれらの影響を放置すれば、いずれの企業の存続にも関わる重大な問題に発展しかねる。
本マガジンでシェアするのは、誰かを責めるための視点ではない。
社長が悪いのでも、社員が弱いのでもない。
ただ、「社員のため」と信じてやってきたことが、本当に社員のためになっているかどうか。
その問いを、一度だけ正面から見てほしい。
「社員のためと思ってしたことが、本当に社員のためになっているだろうか」
その問いを持てた社長は、すでに変わり始めている。
03 ジャイアン(社長)の心の論理/のび太(社員)が黙ってしまう理由
4月23日(木) 公開!【つづきはこちら!】