🎐『おばあちゃんと、不思議な夏』
夏休みになると、小学五年生の陽菜は毎年、
山あいの小さな村に住むおばあちゃんの家へ遊びに行った。
けれど、その年の夏は少し違っていた。
駅まで迎えに来たおばあちゃんは、
陽菜を見るなり優しく笑って言った。
「陽菜、よく来たね。」
「おばあちゃん。」
「今年はね、不思議な夏になるよ。」
陽菜は首をかしげた。
「不思議な夏?」
「うん。たぶん、一生忘れられない夏。」
そう言って、おばあちゃんは意味ありげに空を見上げた。

その村には、大きな楠の木が一本だけ立っていた。
樹齢は千年とも言われ、村人は「時の木」と呼んでいる。
「夜の八時ちょうどに、この木の下へ行ってごらん。」
夕食のあと、おばあちゃんはそう言った。

半信半疑で向かうと、蝉の声がぴたりと止んだ。
静かな夜。
その瞬間だった。
ふわり――。
木の葉が青白く光り始めた。
一枚。
また一枚。
まるで蛍のように空へ舞い上がっていく。
「きれい……。」
思わず手を伸ばくと、一枚の葉が陽菜の手のひらへ落ちた。
その途端、景色が揺れた。

目の前に立っていたのは、小さな女の子。
麦わら帽子に白いワンピース。
「こんにちは。」
女の子は笑った。
「私は、六十年前のおばあちゃん。」
陽菜は固まった。
「え……。」
「信じなくてもいいよ。」
そう笑う顔は、今のおばあちゃんとまったく同じだった。

そこは六十年前の村だった。
舗装されていない道。
ラムネ屋さん。
子どもたちの笑い声。
今では失われた風景が広がっている。
少女だったおばあちゃんは、陽菜の手を引いて走った。
「こっち!」

川で魚を追いかけ、
ひまわり畑を駆け抜け、
神社の石段でラムネを飲んだ。
「未来って、どんなところ?」
少女のおばあちゃんが尋ねる。
陽菜は少し考えて答えた。
「便利だけど……
今日みたいに時間を忘れて遊ぶことは、少なくなったかな。」
少女は少し寂しそうに笑った。
「じゃあ、この夏だけは忘れないで。」

気づけば夕焼け。
帰る時間だった。
少女は一本の風鈴を手渡した。
ガラスの中には、小さな青い花びらが閉じ込められている。
「未来のおばあちゃんに渡して。」
「え?」
「約束だから。」
風が吹く。
リン……
澄んだ音が響いた。

目を開けると、陽菜は再び大きな楠の木の下に立っていた。
手の中には、本当に風鈴があった。
家へ戻ると、おばあちゃんは驚いたように目を見開く。
「……その風鈴。」
陽菜は差し出した。
「昔のおばあちゃんから預かったの。」
おばあちゃんは震える手で受け取り、そっと涙をぬぐった。

「やっぱり……。」
「知ってたの?」
「私もね。
子どもの頃、この木の下で未来の女の子に会ったの。」
陽菜は息をのんだ。
「その子が言ったの。
『また会えるよ。六十年後の夏に。』って。」
二人は顔を見合わせ、笑った。
長い長い約束が、その夜、ようやく果たされたのだった。

夏休みが終わる朝。
陽菜は駅のホームで、おばあちゃんに手を振った。
列車がゆっくり動き出す。

そのとき、どこからともなく風鈴の音が聞こえた。
リン――。
窓の外を見ると、あの大きな楠の木が風に揺れている。
その枝には、一枚だけ青白く光る葉が残っていた。
まるで誰かが微笑みながら、
「また来年。」
そう言ってくれたようだった。

陽菜は毎年夏になると、おばあちゃんの家へ帰る
。
もう不思議な時間旅行は起こらない。
けれど二人は知っている。
あの夏は夢ではなかったことを。
そして本当の「不思議」とは、
時を越える魔法ではなく、
大切な人を想う気持ちが、何十年もの時を越えてつながることなのだと。
だから今日も、山あいの小さな村では、風が吹くたびに風鈴が優しく鳴る。
まるで、おばあちゃんと少女だった日の思い出を、
これからもずっと守り続けるように。

💗柊紅葉💗

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