
【飯食ったか。】 第三話
第三話
「飯食ったか?」
ドアが開いたと思ったら、いつもの第一声。
「いつも声かけてくれてありがとな。」と、ソファから立ち上がり、有村の肩をポンと叩いた。
「なんだよ、気持ち悪いな。俺はただ腹減ったから、まだなら一緒にどうだ?って誘いにきただけだよ。」
「ま、でも早いもんだな。
あれから何年だ、7回忌か?」
「あぁ、」
「美咲ちゃんは直接お寺か?」
「そうらしい。」
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妻の49日を終えた日
娘の美咲はスーツケースを手に家を出た。
それから半年も経った頃だったか。
何度となくチャイムが鳴った。
出る気もない。
すると今度はドアを叩く音。
「おい、いるんだろう。開けろ」
チャイムの音とドアを叩く音
合いの手のように
「開けろって」という声が響く。
ちっ、めんどくせぇ
舌打ちをしながら、ノロノロと立ち上がり
玄関のドアを開きかけた。
成瀬の顔をみた有村薫は
「なんだよ、お前その顔…」と一瞬にして言葉を失った。
それを悟られないように
「さっさと開けろよ。近所の人に変な目で見られるだろ」と言いながら、ドアに手をかけ、玄関の中に身体が滑り込ませた。
廊下はゴミ袋の山
避けながら、リビングに入ると、カーテンは閉め切られ常夜灯の光だけがやたら明るく見える。
「何しにきたんだよ。」と成瀬はボソっと呟いた。
声を出すのも面倒だ。
有村は無言で、カーテンと雨戸を開け、キッチンにでゴミ袋を探している。
「おい、ゴミ袋どこに、あ、あったあった。」
リビングに戻ると
テーブルの上の散らかったゴミをを片付けている。
そんな忙しなく動く有村をソファに座りながら
あいつ、何やってんだろうと思いながらボッーと眺めていた。
丸めて置いてある毛布も、脱ぎ捨ててある服も
片付けられていく
あー、床の色ってこんなだったんだな。
このリビングで過ごしたのは、どのくらい時間を過ごしたんだろう。
シンと静まりかえっている中での食事。
それくらいしか記憶がない。
有村が話しかけてくる。
「鏡見てみろよ。その顔
無精髭が伸びっぱなし
髪もボサボサ
目は窪んでうつろ
ガリガリに痩せて…」
言葉を詰まらせている有村を見て
心が救われる思いがした。
ありがたいな、
こんな俺にもこうして声をかけてくれる人もいるんだな。
「お前、ボッーと座ってたと思ったら何泣いてんだよ。」有村が泣き出した。
成瀬は、いつの間にか涙が頬を伝っていたことにその言葉で気づいた。
「お前が泣いてるんだろ。俺は泣いてない。」
そう言いながら涙をそっと拭き取った。
有村は成瀬の隣に腰をおろし、
「辛かったよな。」と宙を見ながら呟いた。
抜け殻になった自分。
妻を亡くしたことで、ということには変わりはないが、それだけではなかったことにその時はまだ気づけずにいた。
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「手慣れたもんだな。」
サイフォンで珈琲を淹れていると、有村が話しかけてきた。
「もう2年経つからね。」
「先生は元気かな?」
ここは、もともとカウンセリングルームだった
結婚相談所になったのは、それから後のことだ。
「成瀬さんが元気になったら、私は念願の田舎暮らしをする。ま、でも焦る必要はない。
私の人生は長いからな。」と笑っていた。
先生は70歳に近い初老の男だった。
先生、と呼ぶと
「成瀬さん、私は先生じゃなく、たけちゃんとか名前で呼んでほしいな。」といつも笑いながら言っていたのを思い出す。
初めて有村に、ここに連れてこられた日。
何度となく訪れていた3階の有村の事務所の下にまさかカウンセリングルームがあるとは。
自分には無縁の場所だったはずのこの場所に1年近く通ったいた。
最初は居心地が悪かったこの部屋も通うたび少しづつ落ち着くようになりしまいには帰りたくなくなっていた。
その後、公言通り
先生はカウンセリングルームを閉めた。
今はどこかの田舎でのんびりと過ごしているのだろう。
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「この後、新規のクライアントさん来るよ。」
「じゃ、一杯所望させていただいてから退散しますよ。」と有村は珈琲をせがんだ。
「でも、唐突だったよね。」
「え?何が?」
「いや、有村がさ、この部屋に空けておいてももったいないから、結婚相談所をやることにした。って言ってきた時」
「お前、相談員やれ。だよ。
呆れて空いた口が塞がらなかったよ。」
「でもさ、有村言ったじゃん。」
「心を病む人間の多くは、根っこに孤独を抱えてる。誰かと正しく繋がることができれば、病んでから治すんじゃなく、そもそも病まずに済む人間が増えると思うんだ」
「お前は人の心の壊れ方を、身をもって知ってる。それに、お前が学んだ心理学は、誰かのために使うべきだ。自分を責めるためだけに使うんじゃなくてな」
「それ聞いて、やってみようかな。
って思ったんだ。」
「今となっては天職だと思ってるよ。」
「そうだよな、千里眼並みの洞察力?
成瀬が関わってきてる人たち、成婚率100%だもんな。天職かもな。」
真面目な顔をして有村が言った。
成瀬は驚いた。
「あれ?知らなかった?俺の裏技。」
ブブッ インターホンが鳴った。
「あれ、もういらしたみたいだ。」
有村がドアを開けた。
「予約をしている松瀬三香と申します。」
丁寧に頭を下げた。
「所長の有村と申します。相談は、そこの成瀬が承りますので、私は失礼いたします。」と会釈をし、外に出た。
「成瀬です。こちらへどうぞ」
ソファに促した。
「お飲み物をご用意いたします。
珈琲、紅茶、温かいものも、冷たいものでも大丈夫ですが、何になさいますか?」
三香は「水筒を持ち歩いておりますので、大丈夫です。」
珈琲を淹れる時間を楽しみにしていた成瀬は、ほんの少しだけ肩を落とした。
「早く着きすぎてしまってすみません。」
三香は頭を下げた。
「早めの行動が、今日はツキを呼ぶ、ということだったので。」と早くきすぎたことの言い訳をしているようだった。
「お気になさらずに」
いつもの微笑みを浮かべた。
「占いですか?」
「え?」
三香は怪訝そうな顔をした。
「今、早めの行動がツキを呼ぶ。とおっしゃっていたので。」
「あぁ、そのことですか。
占いといえば占いになるのかな。
でも、一般的な占いとは違うので、占いと呼べるのかは……
自分専用の道しるべみたいなものです。」
「三香様がご自分でお作りになったんですか?」
三香は恥ずかしそうに
「ちょっと自慢したい感じです」と答えた。
「それはすごいですね。」
そう言いながら調査票を差し出した。
「まず、こちらにご記入いただいてもよろしいですか?」
希望欄で手が止まった三香に
「その道しるべは、どのようにお作りになったんですか?」と聞いた。
パッと顔を上げ
「AIです。AIに自分の星座、血液型、四柱推命などを記憶させて、今日の運勢は?とか聞いたりするんです。」三香は嬉しそうに言った。
「私もAIはよく使いますが、そんな使い方があるとは、勉強になります。」
三香はバッグからスマホを取り出すとAIの画面を開き、
「これなんですけど、」と言って成瀬に差し出した。
「見せていただけるんですか?」
嬉しそうに受け取った。
「内容は見ても大丈夫ですか?」
「どうぞ、どうぞ」
三香も自分が作ったものに興味を持ってもらえたというところなのか嬉しそうに微笑んで言った。
"運命の人に出会いたい。
みかさんと今まで話してきて、理想のタイプは笑顔が素敵で、気を配るのが上手な人なんじゃないかな。って思いました。
今年、出会いのチャンスがある月は。"
「ありがとうございました。素晴らしいですね。私も作ってみようかな、これは面白い。」
「ぜひぜひ、ただ四柱推命とか、五星三心などは他のサイトで調べてからの方安心です、間違えられちゃいましたから、あたし。」
「貴重な情報をありがとうございます。」
大袈裟に頭を下げみた。
「そんなことないですよ。」
三香は大笑いしていた。
来所した時の緊張は溶けたようだ。
「母が、家にばかりいて出会いがないから行けと、予約をしたのも母なんです。」
何も聞いていないのに三香から話し始めた。
成瀬は頷いて聞いた。
「もうすぐ30になるのに、このままだと結婚できないわよ、と言われて、まだ28なんですけどね、結婚はしたいな、とは思ってたんです。」
「ただここの希望欄ってどんなことを書けばいいのかよくわからなくて。」
そこで手が止まっていたのは知っていたが、
覗き込み、「あ、ここですね。」と指差した。
「そうです。ここは理想の人を書けばいいんですか?」
書き始めた理想の人は
【笑顔が素敵で、気の配れる人】
「これは…」
「ええ、道しるべが教えてくれたので。」
確信に満ちた顔でこう答えた。
「三香様
今の状況では、ご紹介できる方はいません。」
「え?」
三香は驚いて目を見開いた。
「なぜですか?」
「AIは完璧ではありません。
三香様もご存知ですよね?」
成瀬は続けた。
「この希望欄に書かれたのは、三香様の理想の人なのでしょうか?」
しばらくの間、沈黙が続いた。
三香の口が開いた
「実は私、短大を卒業してお勤めしていたんです。3年続きませんでした。思ったことをすぐ口にしてしまっていて、居場所がなくなっちゃったんです。」
「辞めてから実家に籠り、人と話すのが怖くなって、どう話していいのかわからなくなって。」
「そうだったんですね。
だから、自分の気持ちに蓋をしてしまったのかもしれませんね。」
成瀬は宙を見上げ、はぁっ、と短いため息をついた。
「今日はおかえりになって、ちゃんとお母様とお話ししてみたらどうでしょう?
三香様は先ほど、まだ28なのに、とおっしゃっていました。もしかしたらまだ結婚より他にやりたいことがあるのかもしれませんね。」
いつもの居酒屋で飲みながら
「今日の案件はカウントなしだから、成婚率100%は継続中だ。」有村は成瀬の肩をポンと叩いて笑った。
「だから、そんな数字は気にしてないって。」
「え?そうなのか?
中学の頃からずっとお前数字気にしてたじゃないか、仕事始めてからもずっーと」
「あー、その話?」
成瀬は笑ってから少しだけ遠くを見るように言った。
「親父がさ、テストの点とか、順位とか異常に気にする人でさ。俺もすっかりその罠にハマってたんだな、って思うよ。今は…」
「そうだな。今のお前には、数字を追いかけるなんてことは関係ないか。」と有村は微笑みながら頷いた。
その夜、仏壇の前に座りいつものように妻との会話を楽しんだ。
明日は七回忌の法事ですね。
美咲に会えますよ。
今日は人に流され続けると自分のやりたいことさえ忘れてしまうんだな。つくづく感じました。
俺も流されていたんだなと思ったけど、俺はもう戻れるところがないんだな。とちょっと寂しくなりましたね。
そうそう、今日の案件はカウントに入れないからって有村が。俺が数字に拘る人間かと思ってたって言われたんですよ。
これも流されてしまっていた一つかもしれないですね。
蝋燭の火は今日もゆらゆらと揺れている。
最終話に続く