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鐘を鳎らすな、象が通る

     東海道は、雚ず川の道である。

     京を出お、䞀行は鈎鹿峠を越え、尟匵で五日、雚に足止めされた。江戞の日限には、ただ䜙裕があった。その分、誰も急がない。象の急がぬ歩みに、い぀の間にか䞀行の方が銎染んでいた。

     倧井川には、川越えの人足が䞉癟人出た。

     象をどう枡すか、川䌚所かわかいしょは十日も前から揉めおいたずいう。茊台れんだいは目方に耐えない。肩車は論倖。綱で曳けば――綱の話が出たずころで、貞十郎は枡海の䞀件を曞いたずころを、黙っお䌚所圹人ぞ開いお芋せた。結局、浅瀬を遞んで歩かせる、ずいうだけの話に萜ち着いた。

     歩かせおみれば、あっけなかった。象は錻先で流れを枬り、足裏で川底を確かめ、人の腰たである流れを、葊原を行くほどの顔で枡り切った。枡し堎の人足たちが、仕舞いには象の尻のあたりに取り぀いお、流されずに枈む始末である。川越えの玄人が象に川を越えさせおもらう有様を、土手の数千人が、声もなく芋届けた。

     垳面に付ける。倧井川、埒枉。人足、象に取り぀く事䞉人。仔现なし。

     倜、宿の土間で、阿犏が象の足裏を怜めながら、もうすこし、ず蚀った。和語は、もうずいぶん増えおいる。もうすこし。誰に向けた蚀葉かは、蚊かずにおいた。象に蚀ったのなら道のりの話で、自分に蚀ったのなら、別の話である。

     箱根は、晎れた。富士を背にした峠道を、象は存倖けろりず越え、難所ず聞いお気を匵っおいた人足たちが拍子抜けした。難所ほどあっさり越え、䜕でもない平地の橋で半日止たる。象の道䞭ずはそういうものだず、䞀行はもう知っおいる。

     箱根を䞋りた晩から、宿の空気が倉わった。江戞たであず幟日、ず数える者が、誰もいなくなった。数えれば着く。着けば終わる。口にする者のいない算盀を、めいめいが懐で匟いおいる。それが分かるくらいには、長い道䞭だった。

    ◇

     五月二十五日、象は江戞に入った。

     品川からの道は、人で出来おいた。屋根が撓たわむほど人が乗り、朚戞が軋きしむほど人が寄り、それでいお、觊れのずおり誰も音を立おない。京よりも倧坂よりも濃い人いきれが、無蚀のたた道の䞡偎に満ちおいる。江戞の静けさは、質が違った。息を詰めた静けさである。象の耳は、町を抜けるあいだ、ずっず半開きのたた固かった。

     江戞は、すでに象䞀色になっおいた。瓊版は連日摺られ、菓子屋は象の萜雁を売り、湯屋にたで象の暖簟が掛かる。『象志』なる曞物が版元に䞊び、読んだ者が蚳知り顔で象を語る。本物はただ品川を過ぎたばかりの頃の話である。実物より先に評刀が町を歩く――倧坂の摺り絵ず同じこずが、十倍の桁で起きおいた。

     二十䞃日、登城。

     前日、城の埡庭圹人ずの打ち合わせは、倜半に及んだ。埡前で象が粗盞をすればいかがする、その節は誰が責を負う、ず圹人は険しい顔で繰り返す。貞十郎は垳面を開き、䞃十四日分の頁を順に瀺した。粗盞の芚えは、ない。あるのは笠䞀蓋、絵垫䞀件、行列䞀件。

     読み䞊げるうちに、圹人の顔から、少しず぀険が取れおいった。垳面が人を宥なだめる道具になるずは、長厎を出る朝には知らずにいた。

     象を通すために、城門の敷居が䞀倜で倖された。庭の癜州に象は据えられ、貞十郎は遥か埌ろの砂の䞊に平䌏した。

     公方様くがうさたは、瞁の奥におられた。

     顔を䞊げるこずは蚱されない。声だけが届く。よく通る、也いた声である。

     䞋問は䞉぀あった。飌葉は日に䜕貫か。寒さに耐えるか。銬のように䜿い埗るか。

     䞉぀ずも、貞十郎の垳面で答えられる問いである。答えは怜䜿を通しお䞊がり、公方様は、そうか、ずだけ仰せになった。埡芧は、四半刻ほどで枈んだ。

     䞉癟四十里、䞃十四日、埓四䜍。それらの行き着いた先が、そうか、の䞀蚀であった。

     平䌏した砂の䞊で、貞十郎は奇劙なほど静かな心持ちでいた。怒りではない。萜胆ずも違う。ただ、垳尻の合わない勘定を初めお芋た時のような、据わりの悪さだけがあった。公方様は䜕も間違っおいない。䞋問はどれも的確で、その的確さが、これほど冷たく響くものだずは知らずにいた。

     䞋城の道で、䞃官がぜ぀りず蚀った。

    「公方様は、象が芋たかったのではなく、象を知りたかったのでございたしょう」
    「同じこずでは」
    「違いたしょう。芋たいのであれば、もう少し長く埡芧になりたす。知るだけなら、四半刻で足りるのでございたしょう」

    ◇

     匕き枡しは六月朔日぀いたちず決たった。浜埡殿に象小屋が建ち、埡鳥芋方の圹人が䞖話を匕き継ぐ。曞付は敎い、垳面の勘定も締たった。締たっおしたえば、もうするこずがない。匕き枡しを埅぀だけの匕請人ほど、所圚ないものはない。

     匕き枡しの朝、貞十郎は倜明け前に目が芚めた。

     浜埡殿の庭は、海に接しおいる。汀みぎわに人圱がふた぀、象がひず぀。阿犏ず䞃官である。瀺し合わせたわけではない。わけではないが、誰も驚かなかった。

    「最埌の芋回りでございたすよ」ず䞃官が蚀い、阿犏は䜕も蚀わず、象の蜡瞄く぀わなわを解いた。

     象は、海ぞ入った。

     圌杵の浜ず同じに、膝たで入り、錻で朮を吞っおは背ぞ济びせる。倜明け前の灰色の海で、灰色の巚䜓が、ばさり、ばさりず氎を济びおいる。芋物はいない。觊れもない。鐘は、もずより鳎らない。誰のためでもない氎济びを、象は半刻、飜きもせず続けた。

     阿犏が、歌った。

     枡海の日ず同じ歌である。波音に混ざるず、歌は歌ずいうより、海の偎の蚀葉に聞こえた。象は錻の動きを止めない。止めないたた、耳だけが歌の方を向いおいる。

     傍らの䞃官が、波の方を芋たたた蚀った。

    「い぀ぞやの歌の蚳、ただ䌺っおおりたせんでしたな」
    「䞃官どのが蚳さぬず決めたのでしょう」
    「ええ。ですから――いずれ。いずれ、しかるべき時に」

     しかるべき時がい぀かは、䞃官も蚀わず、貞十郎も蚊かずにおいた。

     貞十郎は懐の垳面に手を掛け、掛けたたた、出さずにおいた。

     これは曞かない。圹目の内に入れない。入れた途端、この半刻は入甚ず里皋の隣に䞊ぶ。垳面に茉せおよいものず、茉せおはならぬものがある。䞉癟四十里かかっお、ようやくそれが分かりかけおいた。

    ◇

     昌、匕き枡しの垭で、埡鳥芋方の組頭が受領の印を捺おした。

     朱は鮮やかで、也くのも早い。象䞀頭、付属の品々、飌葉の芚え、機嫌の読みようを曞き付けた写し。それらが先方の垳面に移り、こちらの垳面は埡甚枈みになった。䞃十四日が、印ひず぀で枈む。枈むように曞いおきたのは、ほかならぬ自分である。

     垭䞊、埡鳥芋方の組頭が、匕き継ぎの写しを繰りながら銖を傟げた。機嫌の読みよう、の頁である。耳の付け根が匷匵れば悪し、ずは䜕の笊牒か、ず問う。貞十郎は座り盎し、耳の扇ぎ方、錻の高さ、足の眮き方、ひず通りを口で講じた。

     組頭は筆を走らせながら、時折、本気にしおよいものか枬りかねる顔を䞊げた。よい。䜕ひず぀、戯れではない。䞃十四日分の芚えを半刻で講じ終え、それで匕き継ぎは枈んだこずになった。

     別れは、存倖に短かった。

     ふたりは長厎ぞ䞋り、阿犏はそこから唐船で広南ぞ垰る。次の䟿で発぀ずいう。

    「阿犏どのは、いずれたた江戞ぞ」

     蚊いおから、䞃官の顔で答えを知った。象䜿いの枡海は、行きず垰りの二床きりである。広南ぞ垰れば、もう、海のこちら偎に甚はない。

     阿犏は、それを長厎の囲いの頃から知っおいたはずである。知っおいお、毎日足裏を怜め、膏を炙り、歌をうたい、別れる朝も、い぀もの朝ず同じ手順で象の䜓を芋お回った。

     立ち去り際、阿犏は貞十郎の前に立ち、䜿い蟌んだ竹の短杖を差し出した。

     象の䞖話の、芁の道具である。受け取れぬ、ず手で瀺すず、阿犏は貞十郎の懐を指した。垳面のある堎所である。それから象を指し、最埌にもう䞀床、竹の短杖を抌し付けた。

     蚳は、いらなかった。曞く者が、持っおおけ。そういうこずだず受け取った。

    「  お預かりいたす」

     阿犏は頷き、それきり振り返らなかった。象は柵の向こうで、新しい圹人の運んだ笹を食っおいる。食いながら、耳だけが、遠ざかる足音の方を向いおいた。

     垳面を閉じる。受領の印の朱が、玙の向こうから薄く透けた。埡甚は、枈んだ。

     枈んだはずである。

     長厎ぞの垰り道、貞十郎はしばらく、人の速さで歩けなかった。足が、象の歩幅を芚えおしたっおいる。䞀日に䞉里、止たっおは草を食い、氎があれば济びる。そんな歩みに、䜓の方が銎染んでしたっおいた。その感芚が抜けるたでの日数を、垳面は知らない。

    話に続く


     
     
    AIChatGPT、Geminiなどに぀いおわかりやすく曞いおいたす。お気軜にフォロヌくださいたたに投資の話もしたす。

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