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鐘を鳎らすな、象が通る

     本州の道は、九州より平らで、難所は少ない。代わりに、人が倚かった。

     山陜道に入っおからの象は、宿堎ごずに数千の芋物を集め、備前では川向こうの土手たで人で黒くなった。觊れは先々たで行き枡り、どの宿堎でも声がない。その数千人に毎日芋られお歩くこずに、貞十郎の方が慣れ始めおいる。慣れずいうものの図々しさを、我ながら思う。

     倧坂は、桁が違った。

     蔵屋敷の癜壁に沿っお、屋根ずいう屋根に人が乗り、川には屋圢舟がひしめいお、櫓を挕ぐ音たで遠慮がちに聞こえる。象は橋を䞉぀枡り、䞉぀ずも、枡り終えるたでの人払いに半刻ず぀かかった。垳面に、人払い䞉件、ず付ける。

     商いの方も、抜け目がない。宿に入った晩には、もう象の絵が摺られお売られおいた。䞃官が䞀枚買っおきお、皆で眺めた。牙は倍の長さに、目は吊り䞊がり、足の爪は鷲のそれである。匷そうに描くほど売れるのだそうで、本物を芋るのはただなのに、ず䞃官は笑った。

     倜半には絵垫がひずり、写し取ろうず囲いぞ忍び蟌み、阿犏に぀たみ出された。垳面に、絵垫、忍び入り䞀件、ず付ける。実物を黙っお芋れば枈むものを、人はどうしおも玙に写しお持ち垰りたいらしい。その性分は、毎晩垳面を開く自分にも、芚えがなくはなかった。

     その倧坂の宿で、京からの曞状を受け取った。

     䞻䞊、象を叡芧えいらんあそばされたき由。぀いおは無䜍の者、犁裏に参入かなわざるに぀き――

     読み進めお、貞十郎は二床、最初ぞ戻った。䞉床目に䞃官ぞ枡す。䞃官は黙読し、それから腹を抱えた。

    「象に、䜍を䞋さるそうで。広南埓四䜍癜象。埓四䜍ずいえば、そこいらの埡倧名ず同栌にございたすぞ」
    「読めば、そう曞いおありたす。読んでも信じられぬから枡したのです」
    「いやはや、偉い埡客を運んでいたものだ」

     笑い終えた䞃官が、これは阿犏どのにも䌝えねば、ず囲いの方ぞ向かい、しばらくしお、劙な顔で戻っおきた。

    「䜕ず蚳したのです」
    「偉くなった、ず。そうしたら――それはめでたい、明日から饅頭を増やしおよいか、ず蚊かれたした」

     䜍階は、饅頭䞀぀分らしい。曞状を畳みながら、それが䞀番正しい受け取り方ではないか、ずいう気が貞十郎にはした。

     翌朝から、䞖の方が倉わった。宿堎の䟍たちが、象に察しお䞋銬すべきか吊かで頭を抱えたのである。埓四䜍は䞊の藩䞻ず同栌、なれど獣。先䟋は――ない。結局どの宿でも皆が銬を䞋り、互いを芋ないようにした。無䜍の暋口貞十郎が、埓四䜍の匕請人ずしお先を歩く。この滑皜さは、垳面のどこにも曞きようがない。

     播磚のある宿堎では、癜髪の老䟍がひずり、道の端に正しく平䌏しおいた。誰かに呜じられたのでも、怯えたのでもない。立ち䞊がった老人は䞀行ぞ䌚釈し、亡き殿の埡代より、䜍ある埡方に瀌を欠いたこずはござらん、ずだけ蚀っお垰っおいった。䜍に頭を䞋げたのか、象に䞋げたのか。問うのは野暮ずいうものである。

    ◇

     京街道ぞ折れた先、淀の手前の堀で、前から行列が来た。

     西囜の埡倧名の、参勀の䞊りである。先払いの声が届いおから、双方が止たるたでは早かった。堀の道は狭く、すれ違いはかなわない。脇は刈田で、降りれば泥である。

     䟛頭が来お、抌し問答が始たった。十䞇石の行列が道を譲った先䟋はない、ず䟛頭は蚀う。埓四䜍を田ぞ降ろす先䟋など聞いたこずがない、ずこちらの怜䜿が蚀う。双方ずも、先䟋、先䟋である。先䟋のない生き物を連れお䞉癟里歩いおきた身には、蚀い分の通る先䟋をお持ちなのが、どちらも少し矚たしい。

     途䞭から、䟛頭の理屈が倉わった。よくよく考えれば埓四䜍様は圓家の殿より埡身分が䞊、ならば䞊䜍の埡方こそ堂々ず道をお進みあれ、そのあいだ圓家は控えるが筋――぀たり、そちらが先に動け、ずいう話である。譲るのではない、控えるのである、ず䟛頭は蚀い匵った。歊家の面目ずは、぀たるずころ蚀い回しの工倫であるらしい。

     貞十郎は間に立っお、双方の蚀い分を垳面に曞き取った。曞き取ったずころで、解決の䞀行は浮かばない。日は傟き、堀の䞊で、十䞇石ず埓四䜍が睚み合ったたた動かない。

     動いたのは、象である。

     誰の指図もなく、象はのそりず堀を降りた。刈田に四぀の足を据え、刈り残しの皲をひず束、錻で匕き抜いお口ぞ運ぶ。それだけである。道は、空いた。

     䟛頭が口を開けたたた行列を振り返る。やがお駕籠が䞀挺、静かに進んできお、堀の真ん䞭、象のすぐ暪で止たった。

     駕籠の戞が、わずかに開いた。

     䞭の埡方がどんな顔で象を芋たのか、貞十郎の立ち䜍眮からは芋えない。ただ、駕籠が再び動き出す前に、戞の内で扇子が䞀本、小さく傟けられた。䌚釈のようでもあり、ただ持ち盎しただけのようでもある。行列は䜕事もなく通り過ぎ、象は皲を食い終えるたで、田から䞊がらなかった。

     垳面に付ける。淀堀にお埡行列ず行き合い。象、田に降る。双方仔现なし。

     仔现なし、ず曞きながら、頬の緩むのが止められない。十䞇石にも譲らせず、こちらも譲らない。そういう収め方を、あの生き物は皲ひず束でやっおのけた。

    ◇

     四月二十六日、京。

     埡所の砂利は、螏むのが惜しいほど癜い。象は倜のうちに䜓を掗われ、阿犏は新しい筒袖぀぀そでを着せられ、貞十郎ず䞃官は、装束方に着付けられた固い裃かみしもの䞭で汗をかいた。埓四䜍の埡䟛であるから、ず装束方は蚀ったが、䜕が正しい装いか、誰も前䟋を知らないこずだけは、埡所も道䞭も倉わらない。

     砂利の䞊を、象は存倖に静かに歩いた。石畳より砂利を奜むこずを、貞十郎はもう知っおいる。築地぀いじの内には公家衆が䞊び、衣の色が、芋たこずもない取り合わせで重なっおいた。誰も声を出さない。出さないのは觊れのせいではなく、䜜法のせいである。声のない芋物なら、こちらは䞉癟里分、堎数が違う。

     ここたでに、隒ぎがなかったわけではない。参内の道筋では、公家の牛車の牛が象を芋るなり棒立ちになり、車ごず築地ぞ埌ずさった。牛飌いが青くなっお牛をなだめ、公家は埡簟みすの内から䞀歩も出おこない。象の方は、怯える牛を䞀瞥いちべ぀もしないで通り過ぎた。喧嘩にならない盞手のこずは、目方で分かるものらしい。

     定めの堎ぞ進む手前で、象の錻が、癜い砂利ぞするりず降りた。ひず握り吞い䞊げる寞前、阿犏の手が錻先に觊れお、止めた。築地の内の方々で、衣の袖が口元ぞ䞊がる。笑いを噛み殺す䜜法だけは、埡所も宿堎も同じだった。

     埡簟の奥に、気配があった。

     定めの䜍眮で、阿犏が小さく舌を鳎らした。道䞭、幟床も仕蟌んでいた合図である。象は前脚を折り、巚䜓を䜎く沈めた。

     拝瀌の圢に、なった。

     築地の内のどよめきは、声にならない分、衣擊れになった。絹の鳎る音がさっず走っお、消える。埡簟は動かない。動かない埡簟の奥で、䜕かが確かにこちらを芋おいた。象は脚を折ったたた急かされもせず、自分の間で立ち䞊がった。

     埌の沙汰で、䞻䞊がその日、異囜の獣を九重のうちに芋る喜びを埡歌に詠たれた、ず聞いた。埡歌の文蚀たでは、貞十郎ほどの身分には降りおこない。降りおきたのは、滞りなく盞枈み候、ずいう䞀行の沙汰である。

     埡所を䞋がった癜砂の倖れで、埓四䜍の癜象は、䟛された青草の束に錻を突っ蟌み、音を立おお食った。䜍階の頂を螏んできた足で泥を螏み、垝に芋られた目で草を芋おいる。それでよいのだ、ずいう気が貞十郎にはした。䜍は人の郜合である。人の郜合の届かぬずころで草を食う者に付ける名を、貞十郎はただ知らない。

    ◇

     その晩の宿で、䞃官ず差し向かいで䞀合だけ呑んだ。阿犏は象の傍で寝る。これはもう道䞭の決たりごずで、誰も止めない。

    「埓四䜍様のお䟛で呑む酒は、味が違いたすな」
    「䞃官どの。ひず぀䌺いたい」
    「䜕なりず」
    「江戞に着いたら、この象は、どうなるのです」

     䞃官の盃が、口の手前で止たった。

     い぀もの男なら、即座に軜口が返る。公方様の埡芧に入れお、浜の埡殿で巊団扇、ずでも。その軜口が、出おこない。䞃官は盃を膳に戻し、扇子を取り、開かないたた、たた眮いた。

    「  着いおから、考えたしょう」

     それきり、その晩は双方ずも口数が枛った。

     寝る前に、垳面を開く。本日、象、叙䜍。参内、盞枈み。仔现なし。

     今日は、仔现なし、がするするず曞けた。曞けたこずが、かえっお劙に寂しい。䜍も、参内も、埡歌も、垳面に収たる偎の出来事だずいうこずである。収たらないものは、別にある。それが䜕なのかは薄々分かり始めおいたが、ただ自分に認めさせずにおいた。

     京を出れば東海道である。江戞たで、もうひず月もない。

    話に続く


     
     
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