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【創作大賞2025応募作】『遺作』⑥【完】


    宮本は、本から顔を上げて時計を見た。
    時刻は14時過ぎ。結局昼までかかって『独白』を読み終えた。

    あの日、広中敦が消えたと保護観察官から連絡があった。
    周辺を捜索し、広中順三ら家族にも連絡したが結局見つからないままだった。観察館が言うことには、広中の部屋は鍵こそ開いていたものの、争った形跡は無く、家主だけがいなくなっただけで、何ら変わり映えのない状態だったという。

    ここに書かれていることがフィクションではなく真実だとすれば、事件との辻褄も合う。あの時、桐山が広中に復讐するために誘拐したのではないか、という声も上がったため、実際取り調べも行っている。

    桐山はその日、夜中どころか一日家で執筆活動をしていたため外出していないという。自宅に一人でいたためアリバイを証明することはできなかったが、近所の住人が、彼のアパートの部屋の電気が夜中の3時過ぎまで点いていたことを証言している。本人は夜間、トイレに起きた時にそれを見たそうだ。もちろん、電気を点けっぱなしにしていただけだったり、タイマーをセットしていただけだったかもしれない。それでも結局、桐山と事件をつなぐ手がかりは見つからず、広中敦の失踪事件はそのまま未解決事件となってしまった。

    …広中は…桐山雄介の義姉の実家の裏山に埋まっているのか…?

    『独白』の本編が完結した後、本のあとがきや解説が書かれている部分に、手書きで文章が書いてある。

    宮本さん、ここまで読んでいただきありがとうございます。
    世間に販売する『独白』にも、これとほとんど同じ内容が書かれています。

    宮本さん宛てに加筆したのは、
    僕が手書きで書いているこの部分です。

    あの日、広中は井戸に入る前、長々と自分の人生について話しました。
    彼の歪んだ考え方は、育った家庭環境が深く関係していたように思います。
    いくつもの罪を揉み消した広中順三。

    広中敦が失踪した後、広中順三にも裏金問題や反社会組織とのつながりがリークされ、彼や彼の家族が失脚したのをご記憶でしょうか?あの情報は何を隠そう、藤山さんがハッキングしてリークしたものです。

    広中順三は、あの後すぐに自宅で首を吊って自殺を図ったと耳にしました。
    多くの人生を狂わせた一家の一つの結末だと思います。自業自得です。

    宮本さんは、いまもご家族で幸せに暮らしておられますか?
    決して、広中家や僕のような、人を傷つける家族でないことを願います。

    あと、封筒に同封していた数字の書かれた紙。
    あの数字を辿れば、広中敦が見つかると思います。

    あれから四十年以上経っていますから、
    彼がいまどんな状態でいるかはわかりません。

    けれど、僕たちは四十年前も、彼を殺してはいません。
    暴力を振るったことが本書には書かれていますが、その部分はフィクションです、と言えば傷害罪にも問われないでしょう。

    そもそも、あの日、義姉の実家に集まっていた面々は、
    全員この世にはもう残っていません。
    日本どころか、この世にいない人物を殺人罪で裁くこともできませんね。

    数字の書かれた紙は、一般発売される『独白』には挿入しません。
    けれど、マニアたちはきっと事件の場所に辿り着くと思います。
    それまでの猶予は約半年。

    宮本さんが、その紙を使って第一発見者となってくださることを
    願っております。

    お元気で。

    宮本は封筒に同封されていた数字の紙を眺める。

    **0.3*******, 1*1.***33*

    緯度と経度…か。
    これが広中を埋めた井戸の位置情報ということか。
    これは真実なのか、桐山に弄ばれているだけなのか。
    いや、桐山はわざわざこんな手の込んだことはしないはずだ。

    宮本は携帯電話を取り出し、一人の男に電話をかける。

    「もしもし、神谷かみやですけど」
    「神谷、忙しいところすまない。宮本だ」
    「宮本…?あ、宮本さんですか!?おぉ~お久しぶりです」
    「突然のことですまないが、おれと岩手に行ってくれないか?」

    神谷は同じ捜査一課で働いていた時の若手刑事だ。
    年齢は20代半ばで、マイペースな性格から、嫌う上司も多かったが、捜査の腕はピカ一だった。在籍していた時から目をかけていて、彼が慕ってくる数少ない上司が自分だったと自負している。

    「岩手…ですか。遊びじゃないですね…。何かの事件ですか?」
    「…上手く言えないんだが…。ただ、公式の捜査という形はまだ取れないと思う。根拠も証拠ない。ただ、気になることがあるんだ」
    「…わかりました。明後日なら休みが取れると思うんで。飛行機のチケット取っときますよ」
    「いや、そこは私が出すから大丈夫だ。では、明後日、同行を頼む」
    「わかりました。何か準備しておくものはありますか?」
    「いや、大丈夫だ。結果次第ではすぐに岩手県警に連絡して対応することになると思う」
    「…どんな事件かは当日聞かせてもらいます。それでは失礼します」
    「あぁ。忙しいところすまない。ありがとう」


    娘夫婦と孫に会った翌日、いわて花巻空港に着いた私と神谷は、早速レンタカーを借りて、目的地をナビに設定した。

    「ずいぶんと山奥に行くんですね」
    「あぁ。三十年前、未解決のままになっている失踪事件の結末がそこで待っているかもしれん」
    「…三十年前ですか。…それって宮本さんが前に話していた広中議員の息子の?」
    「…そうだ。当時の関係者が書いた遺作の本に、その事件の詳細が書いてある」
    「ど、どういうことですか?」

    神谷はハンドルを握りながら、私の話す『独白』の内容、当時の事件現場の様子などを聞いている。

    「自分の遺作となる本に、実際の事件の真相を書いた…独白を残したってことですか…すげぇな」
    「まさかそんなことを計画していたなんて思いもしなかったよ。私も本が送られてくるまで、あの事件のことは頭から離れていたくらいだ」
    「…でも、本当にこの場所に広中敦の遺体が埋まっていたとしたら…」
    「…いまとなってはどうしようもないだろうな。ただ、当時、自分たちの家族を殺した広中を法が裁けなかったように、彼らを裁く法はない。当たり前のことなんだろうが、彼らは法の穴に対して抗議しているのかもしれないな」

    神谷は黙って考え込む表情を見せている。頭の切れる神谷は、私が話した内容と、いま起こっている現状を素早く処理しながら、正しい答えが一つでないことに気付いているに違いない。

    途中、休憩を挟みながら、空港から約2時間後、目的の家に着いた。
    表札は桐山の義姉の旧姓である「田島」のままになっているが、人が住んでいる様子はない。庭の草木は伸び放題になっており、屋根や壁にも風雨に当てられた傷みが見られる。

    門扉のカギも壊れており、家にあいさつの声をかけるが応答もなかった。

    「行きましょうか。この様子じゃあ、空き家になってかなり長いでしょう」

    神谷はそう言って家の裏手にある小高い丘を登っていく。この丘を越えたところから山道につながっており、目的の井戸はその山道の入口近くにあるはずだ。

    「…あそこ…じゃないですか」

    丘を登り、少し歩いたところに下草の生えていない場所がある。
    そこにはたしかに小さな木の板が敷かれており、周りにはかつて井戸として使われていたようなロープや桶の残骸が散らばっていた。

    私は古くなった木の板を見つめた。
    この板の下に広中はいるのか…。明らかにボロボロになった木の板は簡単に剝がすことができる。躊躇うことなく一枚、二枚と剥がしていく。

    剥がした先には暗く長い穴が地下に向かって掘られている。
    しかし、それほど深いわけではなく、地上から覗き込んでもその底は十分に見ることができた。

    「………あれ…骨ですね」
    「……そうだな」

    底には明らかに人の骨とわかる頭蓋骨や腕、脚と思われる骨が残っていた。そのすぐ横には錆びた鉄製の拘束具らしきものも見える。私は岩手県警に連絡し、事の詳細を話した。すぐに骨を採取し、DNA鑑定にかけてくれるという。しかし、私には鑑定結果を待たずとも、これが広中敦の骨であるという思いがあった。桐山が『独白』に書いたことは真実だ。


    二週間後、岩手県警から私宛に連絡があり、DNA鑑定の結果、井戸の底にあった人骨は広中敦のもので間違いないということがわかった。私は丁重に礼を伝え電話を切った。

    そしてもう一本、こちらから電話をかける。

    「はい、文星書房、文芸部です」
    「お忙しいところ申し訳ございません。私は元捜査一課の宮本計と申します。作家の桐山雄介さんの担当編集者はお手隙でしょうか?」
    「…宮本様ですね…あ、桐山さんの…少々お待ちください」

    しばらくの保留音のうち、落ち着いた声の男性に代わった。

    「お待たせしました。桐山さんの担当編集の松木と申します」
    「どうも、宮本計と申します」
    「宮本さんですね。お送りさせていただいた本の件でしょうか?」
    「そ、そうです」

    臆することのない率直な物言いに少し怖気づく。

    「失礼ですが、松木さんは…文星書房さんはこの『独白』を本当に出版なさるおつもりですか?」
    「はい。宮本さんからはこうしたご連絡が来るだろうとは思っていました。桐山さんが生前、宮本さんには真実を話したいとおっしゃっていましたから」
    「松木さんも本の内容はご存知なんですよね?」
    「もちろんです。私は十年ほど前から桐山さんの担当になりましたが、当時からずっと遺作の出し方については計画されていました…というより、前の担当者からの引継ぎでもその話があったので、恐らく桐山さんはこの事件の直後から『独白』を遺作という形で世に放つ予定だったと思います」
    「そんな…。しかし、この内容が世間に知れ渡るのは、文星書房さんとしてもあまり好ましくないのでは?」
    「そうですね。恐らく新人作家がこうしたフィクションとノンフィクションの間に当たるような作品を出すというのであればストップをかけるでしょう。ただ、桐山さんの場合は話が違います。編集長からも了承を得ていますから」

    編集長がOKを出している…。こんな、事件の真相を書いた内容を…?

    「あくまで、この作品はフィクションです」
    「は?」
    「宮本さんに送らせていただいた『独白』では、登場人物の名前も素性も全て実在する人物名でした。ただし、一般発売するものについては名前も素性も全く異なります」
    「…というと?」
    「桐山さんはたぶん、宮本さんには多少の加筆をしただけだ、とでも書いていたんじゃありませんか?安心してください。実際に発売されるのは、かなり内容にフィクション要素が含まれていますから。単純にミステリー小説としてのエンタメ要素が多分に含まれています」
    「ならなぜ私にはあんなものを?」

    「桐山雄介は作家です。自分の創作物で読んだ人を楽しませることを第一として執筆活動を続けてきました。…一方で、あの事件の関係者であり、一人の人間でもあります。作家ではない桐山雄介として伝えたいことを、宮本さんには書いたとご理解ください」

    私は返す言葉が見つからなかった。
    桐山は三十年前のあの事件からずっと一人で色々なものを抱えながら生きてきたのだろう。作家として、殺人を繰り返す男の心情、感情、動機、それにいたるまでの育った環境や人間関係を、あの日徹底的に本人から聞いた。それをミステリー小説して描き切り、世の中に殺人鬼の心情について問うた。そして、その犠牲者の遺族でもある自分は、その男を結局許し切ることはできず、この国の法の在り方や家族の在り方について私に最後のメッセージとして届けたということかー。


    私の膝の上に、孫の一花いちかがちょこんと座ってテレビアニメを眺めている。娘夫婦が妻と談笑している穏やかな秋の休日。私にとっての家族の時間とは幸せ以外の何ものでもない。

    ただ、世の中には、家族との時間によって心をすり減らす人がいたり、家族のことを思い出すと、思い出したくもない記憶が付き纏ってくる人もいる。

    刑事として長年勤めた私の人生で出会ったたくさんの加害者、被害者、遺族。彼らとの出会いや言葉によって、私のいまの人生観は築き上げられたといっても過言ではない。それは引退してからも変わらない。突然目の前に現れた、過去の関係者一人から受ける影響も決して小さなものとは限らない。

    そんなことを思いながら、私は孫の頭をそっと撫でてやったー。

    『遺作』ー完ー。


    #創作大賞2025
    #ミステリー小説部門




     
     
     
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