見出し画像

戦略的に生きてきた私の「メリット」と「デメリット」


プロローグ


私は、何かを達成しても
そのことを、すぐに
「あたりまえ」に、格下げしてしまっている。

と、気付いた。


私が、成果を「あたりまえ」にしてしまう背景には


「これくらい、私なら出来てあたりまえ」


という、謎の自信(過信かも)が影響している気がした。



謎の自信は、どこから?


こどもの頃の環境はいつも私に厳しかった。

繰り返される転校


小学校低学年で3回、家庭の事情で転校をした。

人見知りだった私が、誰も知る人がいない教室にたった1人、放り出された。

でも、何故か、すでに出来上がった人間関係に上手く溶け込むことが出来たのは

クラスの状況(誰が重要人物で、誰にうかつに触れてはいけなくて…のようなこと)がわかったからだ。


その頃を振り返って思うのは、

私の勘や洞察力が、自分を助けてくれていたということだった。



「マイナス」を「プラス」に


環境的には、周囲の人と比べて不利だったのに


最終的に、「悪くない結果を残せた」という思いが積み重なるごとに

「マイナスをプラスに変えることが出来る私」が、価値であり自信になっていった。


その自分像が、日常を生きる、そのバックグラウンドで、オンになったままのかもしれない。

それが、謎の自信の正体だった。


メリット


与えられた条件が良くないものでも、満足できる結果に変えることで快感を得ることができた。



例えば、家族でちょっとした旅行に行く。

1泊、数万円するようなホテルには泊まれない。
選択肢は少ない。



私を含め、全員に共通の条件である、

「朝食バイキングが充実していて、絶対に美味しそう」というのは、必須条件だが、

誰もが気持ちよく泊まれるように

・身体が大きい(夫)
・膝が悪い(母)
・音や匂いに敏感だ(息子)

など、同行者の事情に合わせて

・大浴場付き
・洋室
・シングルの部屋
・禁煙ルーム

などの条件を満たしたホテルを時間をかけて探す。

観光ポイントも、混雑でイライラしないような穴場的な所を選んだ。

だから、家族からの評価は、悪くなかった。

少ない予算の中で、予算以上の豊かな経験を得られたと思う。


デメリット


良くない状況が、居心地よくなかった。
それに対して、諦めたくない気持ちがあった。

プラスに変えることで、初めに存在したマイナスを忘れようとしていた。


そして、コントロールする出来ることが、あたりまえになってしまい、

上手くいかない状況が受け入れられなくなり、体調不良を引き起こすほどのストレスになった。



戦略的に生きる道


旅行のように、近い将来の目標ならゴールが明確にイメージできるし、

「終わった」という達成感も得やすい。


でも、人生の目標のような大きなものについては、具体的な対策が浮かばなかった。


だから、

手っ取り早く快感を覚えられる、目先の小さな達成感ばかりを、得ようとした。




「こうした方がいい」は、
マイナスを回避するためのものだった。

「こうした方がいい」で動くより、
「こうしたい!」で動いた方が、

心の糧とか、原動力になるのではないか?




6歳の頃、鉛筆の習字を習っていた。

手を鉛筆の粉で真っ黒にして、 

お手本さながらに上手に書けた字を、何度も眺めては、1人で満足できていた。



保育園で習った、鼓笛隊のベルリラもドラムも、 

誰かを捕まえて「すごいね!」って言ってもらわなくても

同じフレーズを何度も演奏して、出来るようになった喜びを、1人で味わえていた。




「みんなの中で1番、字が上手い人になりたい!」って思って始めたわけでもないし

鼓笛隊も、みんなが自分の役割を果たせばいいので、「自分だけ無双したい!」とも思わなかった。


出来なかったことが出来るようになった、それだけで十分だった。

それを素直に喜ぶことができた。




「マイナスをプラスに変えること」と
「プラスを生み出すこと」は、

似ているようで違う。



戦略的に生きてきた、というが

みんなと同じようには戦えなかったから、考えるしかなかったのだ。


習えないなら独学で、
本が買えないなら図書館で、
雑貨が買えないなら手作りで。

幸いなことに、それが出来るだけの資質があったというだけのこと。


それは、実際に何度も自分を助けてくれた能力だからこそ、手放しにくい。


でも、手放さなくてもいい。


これからは、その力を

「マイナスをプラスに変える」ためだけではなく

「やりたい」を「出来た!」に変えるためにも使っていければいいのだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!