見出し画像

体調の変化が教えてくれた、私の傾向。


義父との会話で感じた、体調の変化


前回の入院も、便秘がきっかけだった。


義父は、毎食しっかり食べるのに、煙草を吸うか花を眺めるために庭に出る程度しか、動かない。

テレビを見ては寝てしまう。(夜中に寝られない)

これでは便秘にもなるだろうと、素人の私でもわかる。

歩くようにすすめても、聞かなかった。

「このままだと、また、入院することになるだろうな」と思っていた。



今回は、腸からの出血もあり、止血の処置をした。

私は、腸内で固くなった便が影響したのではないかと思った。

嚥下機能や足の筋力が弱っているということで、リハビリの為の入院期間が長かった。



お見舞いの時に、義父が話すことは、


「ここの病院はダメだ。」
「あんな食事じゃリハビリも力が出ない。」
「栄養が足りない。」
「ここの医者は何を言ってるかわからない。」


気持ちはわからないではないが

「まずいから」と、食事に出される
筋肉維持に必要そうなヨーグルトを食べない。


「何か」が途中で詰まったまま、流れが悪くなってているようなその話を

ずっと聞いていた私は、だんだん気持ちが悪くなってきて吐きそうになった。


そういう、自分の体調の変化に気付いた。



自分の責任の範囲


「リハビリをちゃんとしてくれるのは、良心的な病院。」
「動けないのに食べたら、便が固くなるよ」

相手が私の母だったら、私が諭すところだ。



今回は、義母も夫も一緒で、私が出しゃばる立場でもないから言わなかった。

それが精神的に良くなかったのかもしれない。



自分の責任の範囲内なら、行動できる。

相手のことが心配なら、喧嘩になっても説得をする。


夫が心筋梗塞で入院した時は、それまでは許容してきたタバコも灰皿も、全て処分した。


人と本気で向き合う時は、気力を消耗する。

自分のエネルギーの量と心の負担を考えると、全世界は救えないし

責任の範囲を定めることに決めていた。



体調の変化が教えてくれたこと


・問題を見つける
・改善方法が浮かぶ
・実際に動かす

という流れに、私は快感を覚えるようだ。

だから、

「問題がある」
「解決方法も見えている」
「でも私の管轄じゃない」

という状況が、ものすごくもどかしい。


今回のことは、その「見えているのに動けない」ことが、私にとっては

「気持ちが悪くなるほどのストレス」になっていたということを、教えてくれたのだった。

いいなと思ったら応援しよう!