
Protocol_0:初期接触 招かれた部屋
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≪あらすじ≫
ある日届いた「おすそ分け」は、優しさでも思いやりでもなかった。
隣人から差し出された“贈り物”を断ったその瞬間から、日常は音もなく崩れ始める。
食卓、冷蔵庫、家族、記憶──すべてが少しずつ狂っていく。
「贈与」は伝染し、「優しさ」は支配に変わる。
これは“親切”の名を借りた狂気の連鎖。
そして気づく──誰かが笑っている。その“善意”の奥で。
贈られた者は、また贈る。惨贈は、止まらない。
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「このへん、夜は新宿にしちゃ静かすぎるくらいだな」
八束隆斗(やつか りゅうと)が窓を少し開けながら言った。
窓枠がきしむ音と共に、湿ったような空気が部屋に流れ込む。
午後五時過ぎ、薄曇りの空から漏れる夕日が、
五階角部屋に斜めに差し込んでいた。
外から聞こえてくるのは、
鳥の鳴き声と、遠くを走る車の音だけ。
「でもいいじゃん、騒音トラブルないし、
駅も歩いて15分くらいだっけ?
アリだよアリ‥‥うんうん」
川島光莉(かわしま ひかり)は段ボールを開けながら、
自分に言い聞かせるように返した。
口調は軽やかだが、どこか落ち着かない。
二人は今朝、このマンションに引っ越してきたばかりだった。
築三十年。五階501号室。間取りは40㎡の2DK。
場所は西新宿の外れ、線路沿いを抜けた裏通り。
「あ、でもさ、なんか前に聞いたよ、このマンション。
昔、十年以上前に事件があったとか」
「え、マジで? どんな?」
「いや、詳しくは知んねぇけど、なんでもその時の住人が殺されて、
遺体が2つ見つかったとか……
それで家賃も安いんだろうけどさ、
事故物件情報調べても、幽霊が出るとかなかったし、むしろ得じゃん」
隆斗は冗談めかして笑った。
だが光莉はその笑いに応じることなく、わずかに眉を寄せたまま、
カーテン越しに外を眺めていた。
笑おうとすればできたはずなのに、
喉の奥が冷たく閉じていくような感覚だけが残っていた。
古びた廊下、消音されたような階下の生活音。
空気が、軽くない。
「なんか、ちょっと変な感じするね……この建物」
「えー、なにが?(笑) ただの古マンションじゃね?」
光莉は「うん」とだけ返し、視線を床へ落とした。
台所には、まだ手つかずの段ボールの山。
その上に、先ほど訪ねてきた隣人から渡された小皿が置かれている。
白いプラスチックの皿には、煮物。
肉、ししとう、レンコン、こんにゃく。
「ご挨拶代わりです」と満面の笑みで渡されたが――
相手の顔だけが、まるで靄の奥にあるかのように霞んで思い出せない。
記憶の輪郭が削られたような、不自然な空白だけが残っていた。
表情も、声も、思い出せない。
ただ、やけに笑顔だったことだけが、心の奥に貼りついている。
「やっぱ、こういうご近所さんとの繋がりがあるのって、東京でも下町っぽくていいな」
隆斗がそう言いながら、煮物をつまむ。
光莉は何も言わず、笑ったふりをした。
その小皿の縁、ちょうど親指が自然に置かれるあたりに、
小さな指紋がぬるりと浮かんでいた。
誰のものとも知れぬその跡は、生温い気配を帯びたまま、
じっとそこに貼りついていた。
そしてその直後。
段ボールを整理していた光莉が、
ひとつの包みを取り出して眉をひそめた。
「……これ、私のじゃない」
茶色い紙袋。封はガムテープで留められており、
油の染みが点々と浮かんでいた。
持ち上げると、カタリと鈍い音がする。
中を覗くと、古びた小皿が三枚。
……そのうち一枚の裏に、赤黒く滲んだ名前のようなものがうっすらと――
『ひかり』
光莉は思わず袋を閉じた。
目を閉じても、あの名前の“にじみ”だけが焼きついて離れなかった。
2話以降のリンク
Protocol_1:親切の提供 親切の連鎖|不幸中の幸い
Protocol_2:同調の確認 拒絶の代償|不幸中の幸い
Protocol_3:開封と下処理 開かれた冷蔵庫|不幸中の幸い
Protocol_4:調理と提供 調理の時間(逃げられない惨劇)|不幸中の幸い
Termination:贈与完了通知 静かな朝、また誰かが越してくる|不幸中の幸い