
Termination:贈与完了通知 静かな朝、また誰かが越してくる
朝の陽差しが、薄曇りの空を越えて差し込んでいた。
〇〇マンションの前に、一台の軽トラックが止まっている。
荷台には段ボールと布団。後部座席から、若い女が降りてくる。
「ここか……501号室」
手には、管理会社から渡された鍵と、説明書類。
新しく張り替えられたドアプレートには、まだ誰の名前も記されていない。
部屋に入ると、無臭だった。
内見の時と何ひとつ変わらない、清潔な2DK。
だが、どこか妙な沈黙が漂っていた。
「……なんか、空気が薄い?」
女は笑ってそう呟くと、リビングの窓を開けた。
すると、その背後で冷蔵庫がわずかに“カタリ”と揺れた。
気づかず、女はカーテンを束ねる。
外は晴れているのに、光が妙に鈍い。
リビングの隅、白い小皿が伏せて置かれていた。
(こんなのあったっけ?)
裏返すと、皿の裏には油染みの跡と、ひとつの名札。
《川島光莉》
名前の上には赤線が引かれ、代わりにこう書かれていた。
《提供済》
「……なにこれ」
背筋に、ざわりと嫌な汗が浮く。
そのとき、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
画面には、笑顔の女性が映っていた。
エプロン姿の、どこか作り物めいた主婦。
「こんにちは~。お隣の者です。おすそ分け、持ってきましたぁ♪」

モニター越しの声が、異様に高い。
画質が荒れて、口元だけがにやけたように歪んでいる。
女はしばらく固まっていたが、恐る恐るドアを開けた。
そこには、笑顔の女と――その後ろに並ぶ住人たち。
全員が、

満面の笑顔を顔に貼りつかせていた。
「ようこそ。ここでは、みんなが贈るんです」
誰かが、そう言った。
「最初は戸惑うかもしれませんが、大丈夫。すぐ慣れます」
「贈るって……なにを……?」
答えはなかった。
その代わり、白い袋が足元に置かれた。
女が震える手で袋を開けると、中には一枚のメモ。
《まずは、食べることから始めましょう》
その下に、こう添えられていた。
《共助会 贈与部》
――
501号室の天井。照明の隙間に、小さなレンズが取り付けられていた。
カメラの赤いランプが、じっと女の動きを追っていた。
そのレンズの奥。
贈与部事務局の画面には、こう表示されていた。
《新規登録:贈与候補 No.1283》
《状態:準備中》
そしてその横に、灰色で表示された履歴。
《前任者:川島光莉》《提供:完了》《記録:消去済》
画面が一瞬、バグったようにノイズを吐き、
“Chisato.C”という名が、一瞬だけ滲んだ。
それは、すぐに塗り潰され、記録の底へと沈んでいった。
すぐに消える。
新しい朝が始まる。
この部屋で、またひとつ――何かが“作られる”。