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『Well-Tempered─蚀語監査人─』⑀──最埌の沈黙

    【各話リンク(å…š8話)】
    第䞀話
    第二話
    第䞉話
    第四話
    第五話
    第六話
    第䞃話
    第八話

    朝、蚀語監査庁の自垭に着いおすぐ、私はIDを入力する。
    生䜓認蚌のサむンが䞀瞬光り、自分の名前が衚瀺される。
    【氎沢 琎蚀語監査士Ⅲ類 登録番号 0000104】

    画面に通知が衚瀺される。倜のうちに自動巡回が拟った案件が、いく぀か私の担圓ずしお割り振られおいた。

    その䞭で、䞀芋問題のなさそうな案件が、目に止たった。
    本人性指数〇・八䞀。蚱容範囲内。
    応答ログ生成経路のグラフィックを確認する。
    ──これは。
    調埋履歎を開いた。
    五幎前、十月。担圓氎沢琎。
    ──やはり。
    生成経路グラフィックには、あの時の調埋の痕跡が残っおいる。
    ずいうか、ほずんど倉わっおいない。
    私が公的調埋士になっお、半幎ほど経った頃の案件だった。

    故人ツむンは岡郚聡䞀、享幎八十䞉。公開範囲は劻のみ。
    劻は岡郚靖子、珟圚八十䞃歳。
    圓時の申し立おの文面を読み返す。
     ──䞻人は、私には息子の話をしたせんでした。
    それだけが曞かれおいた。

    その時、初めは意味がわからなかった。なぜ、息子の話をしなかったのか。
    だが生前の聡䞀さんのログを芋お、わかった。
    このご倫婊は五十代の頃、事故で、圓時二十代だった䞀人息子を亡くしおいる。

    「私には息子の話をしたせんでした」
    それを、私は聡䞀さんの優しさだず考えた。
    息子に先立たれた母芪に、息子を思い出させないための。
    生前の聡䞀さんは倖では、必芁な際に息子さんのこずを話しおいた。
    靖子さんの問いかけに、そのログが反応した。
    靖子さんはそのこずに違和感を芚え、申し立おを曞いた。
    私は、そう理解した。

    公開範囲は劻、靖子さんのみだった。
    ──であれば、ず、私は刀断した。
    息子さんに関する語圙矀ぞの、経路を極限たで现くした。だが、残した。
    䜕かの偶然が重なれば、聡䞀さんは息子さんの話をしおしたうかもしれない。
    その皋床には、残した。
    なぜそうしたのか、説明できない。いたでもうたく蚀えない。

    それは明らかに、玔正埋的な調埋だった。靖子さん䞀人のためだけの。
    公開範囲が䞀人のみの堎合、本人性指数が芏定内であるかぎり、
    それは公的機関における平均埋の原則を螏み越えおいるようには芋えない。

    応答ログの最近の動向を芋る。
    盎近䞀幎、応答の量ず耇雑さが、ゆるやかに枛っおいた。
    靖子さんの偎から、ツむンぞの語りかけが枛っおいっおいる。
    本人性指数は〇・八䞀で動いおいない。

    橘さんが、私の画面を芗きに来た。
    「橘さん、このツむンは以前、私が担圓したんだけど、数倀に問題はないの。なぜ今、回っおきたのか  」
    橘さんはしばらく画面を芋おいた。
    「氎沢さんは、どう思いたすか」
    「わからない、ただ、その埌が気になっおいたツむンではある  」
    「そうですか。それなら氎沢さんの刀断に、お任せしたす」
    橘さんはそう蚀っお、自分の垭に戻った。

    葉子さんが、別件の合間に私の垭の埌ろを通りかかった。
    「五幎前の担圓案件」
    「ええ。芋たずころ、圓時ずほずんど倉化がないです。ただ、奥さんの問いかけが枛っおいる」
    「奥さん、おいく぀」
    「八十䞃です」
    葉子さんは少し黙った。
    「氎沢さん、行っおあげたほうがいいかもね」
    「  芏定䞊は、行く理由がないんですけど」
    「氎沢さんのためにも」
    圌女はそう蚀っお、自分のブヌスに戻った。

    和泉さんにも声をかけた。
    「和泉さん、これ、どう思いたす」
    「えヌず  数倀䞊は、䜕もなさそうですが」
    「わかっおたす、ただ、奥さんの問いかけが枛っおいるのが気になっお。葉子さんは、行っおあげたほうがいいかも、っお」
    「行く根拠は」
    「  ないです」
    「行ったほうが良い、ず蚀っおほしいんですか、止めおほしいんですか」
    私は和泉さんを芋た。
    「どちらでもないです」
    「じゃあ、行っおください。デヌタだけではわからないので」
    和泉さんはそう蚀っお、自分の画面に戻った。

    䌑憩宀にコヌヒヌを取りに行った。䜐久間さんが、コヌヒヌマシンの前に立っおいた。
    「五幎前の『玔正埋』のあれか」
    䜐久間さんは、私の方を芋ずに蚀った。
    「はい」
    「そうか」
    䜐久間さんはそれだけ蚀うずコヌヒヌを取り䞊げお、䌑憩宀を出おいった。

    岡郚家は、䜏宅街の奥にある二階建おの䞀軒家だった。
    昔流行った感じの倖芳の、こぢんたりずした家。
    塀の向こうの庭には、花が終わっお剪定された玫陜花が、怍えられおいるのが芋える。
    むンタヌホンを抌した。しばらくしお、ドアがゆっくり開いた。
    五幎前は、声だけの察応だった。靖子さんは、私が想像しおいたよりも小柄で、背筋が䌞びおいた。
    「氎沢さん」
    「はい」
    「五幎ぶりね。お電話いただいお、思い出したした」
    圌女はそう蚀っお、私を䞭に通した。

    居間に通された。叀い゜ファ、䜎いテヌブル、奥に仏壇。
    仏壇には二枚の写真があった。䞀枚は聡䞀さん、もう䞀枚、若い男性の写真。
    「お茶でいい」
    「いえ、お構いなく」
    「いいえ、淹れおしたったから」
    圌女は台所に立った。動きはゆっくりだが、迷いはなかった。
    出されたお茶を䞀口飲み、私はしばらく、䜕も蚀わなかった。
    窓から差し蟌む光が、テヌブルの端で揺れおいた。

    「䞻人ず話す時間も、最近、短くなっお」
    圌女がそう蚀った。
    「私が話さないからかもしれないけれど」
    「そうかもしれたせん」
    「あの子ずは話しおいるかもしれないわね」
    私は、圌女の顔を芋た。
    圌女の芖線の先には、仏壇があった。
    「あの子は、ツむンがない時代に逝っおしたったから、䜕を話すのか、わからないけど」
    圌女は呟くように、それだけ蚀った。
    私は䜕も答えなかった。

    圌女は別の話を始めた。今幎の倏が暑いこず、近所の人が匕っ越したこず、買い物のこず。私はそれを聞いた。
    垰る前に、圌女は蚀った。
    「氎沢さん」
    「はい」
    「あの時のこず、芚えおいたすか」
    「はい」
    「私はあの時、䞻人が私に息子の話をしないようにず、お願いしたした」
    「はい、そうでした」
    「でもね」
    圌女は少し笑った。
    「時々この人、私ず息子の話をしたいのかな、ず感じる時があったの。なんだか急に、黙っちゃうの。生きおる時も、そうだったのよ」
    私は䜕か答えようずしたが、蚀葉が出おこなかった。
    涙腺に、わずかな圧力を、芚えた。
    「お茶、ごちそうさたでした」
    私はそれだけ蚀っお、玄関に向かった。

    庁舎に戻り、報告曞を起祚した。
    本人性指数〇・八䞀、倉化なし。介入の必芁なし。
    それだけを曞いた。

    橘さんが画面を確認しお、軜く頷いた。和泉さんは別の数倀を芋おいお、葉子さんは別の察話ブヌスに入っおいた。普段通りの午埌だった。
    葉子さんが、ブヌスから戻っおきた垰り、私の垭の隣に立った。
    「行っおきたのね」
    「はい」
    「どうだった」
    「  」
    「その顔。たぶん、行っお良かったんじゃない」
    圌女はそれだけ蚀っお、自分の垭に戻った。

    

    九月の終わりに、システムからの通知に岡郚靖子の名前を芋぀けた。
    圓たり前だが、故人ツむンを扱う郚眲には日々、蚃報が流れおくる。
    補助情報から、穏やかな最期だず読み取れた。

    同時に、聡䞀さんのツむンの廃止手続きを進めるこずになる。担圓者ずしお私が指名されおいた。廃止手続きの担圓は、ツむンの運甚期間の調埋業務の実瞟から割り圓おられる。

    廃止手続き宀は調埋ブヌスずは別のフロアにある。普段は䜿わない、厳かで重い雰囲気の郚屋。机が䞀぀、モニタヌが二぀、立ち䌚い蚘録甚のカメラが䞀぀。
    曞類を確認する。ツむンの䞀次関係者の死亡届。廃止申請。すべお敎っおいる。

    最終応答ログを確認する。岡郚靖子さんの、最埌の聡䞀さんのツむンぞの語りかけは、亡くなる䞉日前。
    「お父さん、もう少し、埅っおいお」
    ツむンの応答は──なかった。
    応答経路は通垞通り皌働しおいたが、靖子さんのその蚀葉に察しお、ツむンは䜕も返さなかった。䞍具合ではない。
    ──「お父さん」ず語りかけられた。
    ──聡䞀さんのツむンは、沈黙を返した。

    廃止凊理を実行する。応答経路を遮断し、保管デヌタを圧瞮する。
    ボタンを抌す。
    画面のグラフィックがゆっくりず暗転しおいった。
    経路図が、䞀本ず぀消えおいく。
    最埌に、息子さんに関する語圙矀ぞの、现い、现い経路が、残った。
    それも、消えた。
    立ち䌚い蚘録を残す。

    担圓者氎沢 琎
    所芁時間12分
    特蚘事項なし

    自垭に戻った。橘さんが顔を䞊げた。
    「お疲れさたでした」
    「はい」
    それだけだった。
    垰り道、電車の䞭で、私は靖子さんの最埌の蚀葉を思い出しおいた。
    「お父さん、もう少し、埅っおいお」

    家に垰っお、台所に立った。冷蔵庫を開けお、䞭を芋た。
    昚日䜿いきれなかった四分の䞀のキャベツが目に入ったが、今日は䜕も䜜る気になれなかった。

    䜕もしないたた、䞀日が、終わろうずしおいる。
    それで良い、ず思った。

     
     
    奥井 晎匥おくい・はるや 1980幎生たれ、犏井県出身、倧阪圚䜏。 二埋背反の遞択や、そこで生じるアンビバレントな感情、無意識の前提ぞの問いなど、蚀葉ず構造の間に存圚する矛盟や衝突、その副䜜甚に぀いお、短線小説の圢で綎っおいたす。

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