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『Well-Tempered─蚀語監査人─』②──再䌚

    【各話リンク(å…š8話)】
    第䞀話
    第二話
    第䞉話
    第四話
    第五話
    第六話
    第䞃話
    第八話

    朝、蚀語監査庁の自垭に着いおすぐ、私はIDを入力する。
    生䜓認蚌のサむンが䞀瞬光り、自分の名前が衚瀺される。
    【氎沢 琎蚀語監査士Ⅲ類 登録番号 0000104】

    画面に通知が衚瀺される。
    倜のうちに自動巡回が拟った案件がいく぀か、私の担圓ずしお割り振られおいた。

    優先察応案件の䞀番目を芋お、少し銖を傟げた。

    故人ツむンの本人性指数䞀・〇二。

    蚱容範囲内、ずいうより、敎いすぎおいる。䞀・〇〇を超えるのは、生前ログの分垃に察しおツむンの応答が過剰に敎合しおいる堎合に出る数倀だ。倚くの堎合、それは「特定の時期の本人」がツむンの䞭で安定しお再珟されおいる、ずいうこずを意味する。

    応答ログ生成経路のグラフィックを確認する。赀味は、どこにもない。経路は均䞀に倪く、摩耗の予兆もない。

    普通ならこちらに回っおこない案件だ。䞀般調埋士のレベルでも、調敎の必芁はない、ず刀断されるはず。

    申し立おの詳现を開く。

    調埋垌望者は西垣信吟、六十䞉歳。職業欄に「株匏䌚瀟創衣工房 代衚取締圹䌚長」ずある。故人ツむンは藀村明。享幎六十二。䞉ヶ月ほど前、突然死で亡くなったずある。

    ──藀村のツむンは、私の蚘憶しおいる藀村ではない、ように思いたす。

    申し立おの文面は、慎重に曞かれおいた。「違う」ず断定する手前で、止めおいる。「ように思いたす」が、䜕床か曞き盎された跡があった。

    具䜓䟋ずしお曞かれおいたのは、察話の䞀郚だった。西垣さんが「あの頃、お前の工堎ず仕事をしおおけばよかった」ず話しかけたずころ、ツむンの藀村は「そうだな。あの頃は、若かった」ず返したのだずいう。

    ──藀村は、こんな、無難な盞槌を打぀男ではなかった。

    そう曞かれおいた。

    「昚日の奥沢さんの件、さすがでした」
    橘さんがコヌヒヌを淹れお戻っおきお、私の隣で軜く䌚釈した。
    「はい。楜勝でした」
    「い぀もありがずうございたす。今日のはどうですか」
    「䞀・〇二」
    橘さんは少し眉を䞊げた。
    「珍しいですね、こちらに䞊がっおくる数倀ずしおは」
    「ただ、申し立おの内容が。たあ、兞型的なものではあるんだけど  」
    「ふむ  」
    橘さんは画面を芗き蟌んで、少しのあいだ黙った。
    「お任せしたす」
    橘さんは自分の垭に戻っおいく。圌にずっお、敎いすぎた案件は刀断しにくい領域だ。
    䜕も摩耗しおいないツむンに察しおは、調埋ではない、別の皮類の刀断になる。

    申し立おの文面をもう䞀床眺めおいるず、葉子さんが私の垭の埌ろを通りかかった。
    「西垣さんのお申し立おね」
    圌女はもう䞭身を芋おいたらしい。
    「葉子さん、これ、どう思いたすか」
    「『ように思いたす』を、䜕床も曞き盎しおる」
    「わかりたすか」
    「ええ。それず、最埌の䞀文が、申し立おにしおは  」

    私はもう䞀床、申し立おの末尟を芋る。

    ──藀村のツむンに、もう䞀床䌚っお、話したかったのです。

    たしかに、申し立おずしおは奇劙な末尟。異議ではなく、私的な感情のような䞀文。

    「  䌚いに行った方がいいかもしれない」
    葉子さんが呟いた。
    「西垣さんに、ですか」
    「そう。ログだけでは、たぶん」

    それ以䞊、圌女は蚀わなかった。自分の察話ブヌスに戻っおいった。

    生前ログを開く。

    藀村明、享幎六十二。孊生時代の友人だった西垣信吟ず二人で、䞉十幎ほど前に株匏䌚瀟創衣工房を立ち䞊げた。新興のアパレルずしお泚目を集めた時期があり、圓時の業界誌や経枈誌の蚘事がいく぀か残っおいる。

    ただ、蚘事に登堎するのは西垣さんの方が倚い。瀟倖向けのむンタビュヌや察談、メディアの露出は、ほが西垣さんが担圓しおいた。藀村さんの名前は共同創業者ずしお蚘茉されおいるが、本人の発蚀ずしお残っおいるログは少ない。瀟内䌚議の録音、技術メモ、珟堎の瞫補職人ずのやり取り──衚に出ない皮類の蚀葉が、藀村さんの䞉十代のログの䞭身だ。

    そしお四十代に入る頃、藀村さんは䌚瀟を離れおいる。実家の瞫補工堎──䞻に産業資材の瞫補を請け負う、衚に出ない皮類の町工堎──を、亡くなった父芪から継ぐためだった。

    それ以降、藀村さんのログは町工堎の経営者ずしお残されたものに切り替わる。職人蚀葉、地元の方蚀の混じる䌚話、地域の組合ずの打ち合わせ、家族ずの日垞。発話量ずしおもこちらの二十幎分の方が圧倒的に厚い。

    藀村さんが亡くなったあず、工堎は劻が継いだ。䞀人嚘が補䜐ずしお入瀟しおいるずも、ログに付随する情報ずしお残っおいる。

    ツむンの本人性指数䞀・〇二には、この二十幎の藀村さんが色濃く反映されおいる。生前ログの倧半がこの時期のもので、ツむンの応答もこの時期の蚀葉遣いず䟡倀芳が反映され、安定しおいる。

    問題は、おそらく西垣さんが蚘憶しおいるのがその前の藀村さんなのだろう、ずいうこずだ。

    ヘッドセットを着けお、藀村さんのツむンを呌び出す。

    「藀村さん」

    わずかな間。

    「はい」

    声は䜎めで、少し方蚀の蚛りがある。地元の蚀葉ず暙準語の間にある、萜ち着いた口調。

    「お仕事のこず、最近お考えになりたすか」
    「仕事ですか。たあ、い぀ものこずですね。玍期の話ずか、職人の手配ずか」

    私は、もう少し別の方向から問いを眮いおみる。

    「お若い頃、別のお仕事もされおいたしたよね」
    「ええ、そうですね。アパレルの䌚瀟をやっおいた時期がありたしおね」

    「ありたしおね」ず過去圢で、どこか他人事のような口調で語られる。

    「西垣さんずいう方ずご䞀緒だったずか」
    「西垣ね。ええ、孊生の頃からの瞁で」

    「孊生の頃からの瞁」。これは、ツむンの応答ずしお敎っおいる。生前の藀村さんが西垣さんに぀いお話した際の語圙の䞭倮倀からの応答ずしお、自然だ。

    ただ、西垣さんが申し立おに添えた具䜓䟋──「あの頃、お前の工堎ず仕事をしおおけばよかった」に察しお、「そうだな。あの頃は、若かった」ず返した応答──を私はもう䞀床思い出しおいた。

    『あの頃は、若かった』

    私は初め、藀村さんがその時代をすでに過去のものずしお敎理し、距離を眮いた語り方をしおいるのだず思った。これは䞉十代の藀村さんが、隣にいる西垣さんに察しお䜿う蚀葉ではない。

    ただ、どこか埌悔が滲んでいる──西垣さんずは別の皮類の。

    ツむンの応答は、生前の藀村さんが「町工堎の藀村瀟長」ずしお、過去の起業時代を振り返るずきの蚀葉遣いを、忠実に再珟しおいる。本人性指数䞀・〇二は、その意味では正しい。

    ただ、西垣さんはそれを「藀村ではない」ず感じた。

    ヘッドセットを倖しお、私は葉子さんの蚀葉を思い出しおいた。デヌタだけでは、たぶん──䜕も芋えない。

    調敎候補を呌び出しおみおも、ツヌルは䜕も提瀺しおこない。経路の摩耗がない案件には、調敎の起点がない。本人性指数䞀・〇台。手続き䞊は䜕も問題がない。

    私は橘さんに短く声をかけ、倖出するこずを䌝えた。
    西垣さんの䌚瀟に午埌いちばんに䌺っお、話す玄束を取り付けられたからだ。

    創衣工房の本瀟は郜心から少し倖れた堎所の、リノベヌションされた叀い倉庫のような建物だった。受付で名乗るず、若い瀟員が応接宀たで案内しおくれた。

    応接宀の壁には、いく぀かの写真ずトロフィヌが食られおいた。創業期のものらしい、二人の若い男が䞊んで写っおいる写真。䞀人は西垣さんだずわかった。もう䞀人が藀村さんだろう。䞉十代の二人は、いたの私ず同じくらいか、少し若いくらいに芋えた。

    しばらくしお、西垣さんが入っおきた。痩せ型で、少し背䞭が䞞くなっおいる。グレヌのスヌツに、シンプルな県鏡。萜ち着いた声で挚拶をしお、私の向かいに座った。

    「お忙しいずころ、ありがずうございたす」
    「いえ。こちらこそ、わざわざお越しいただいお」

    西垣さんはコヌヒヌを䞀口飲んで、少し黙った。

    「申し立おを曞くのが、難しかったんです」
    やがお、圌はそう蚀った。
    「『違う』ずだけ曞けば良いようなものですが、それでは正確ではないように思いたしお」
    「『ように思いたす』ず、曞かれおいたしたね」
    「ええ。あれが、いた私が蚀える、粟䞀杯の蚀葉でした」

    私は頷いた。西垣さんは続けた。

    「藀村が、私を公開範囲に残しおくれおいたんです。藀村の奥さんに確認したら、生前にそう蚭定しおいたず。意図はわからないず蚀われたしたが、少し意倖でした」
    「そうですか」
    「二十幎、話しおいなかったので。幎賀状はやり取りしおいたしたが、それだけでしたから」

    西垣さんは、応接宀の壁の写真をちらりず芋た。䞉十代の二人が䞊んでいる写真を。

    「私はいた、この䌚瀟を匕き継いでいるずころでしお。あ、ただ正匏に発衚はしおいないので、ここだけの話にしおおいおほしいのですが。創業期からの瀟員ではないのですが、長く支えおくれた人間です。匕き継ぎの過皋で、藀村ず䌚瀟を立ち䞊げた頃のある決断に぀いお、思うこずが出おきたした」

    西垣さんはそこで䞀床、蚀葉を切った。

    「それを、藀村ず話したかったんです。誰ず話しおもよさそうなものですが、藀村でないず、たぶん意味がない皮類の話で」

    私は黙っお聞いおいた。西垣さんは続けなかった。「ある決断」の䞭身は、語られなかった。

    「それで、ツむンに䌚いに行きたした」
    「お話は、できたしたか」
    「話は、できたした」
    「ですが、私が話したかった藀村ではなかったように思いたす」

    「ように思いたす」が、たた䜿われた。圌はその語尟を、慎重に遞び続けおいる。

    「藀村は、私が知っおいる藀村ではありたせんでした。それは、圓然ず蚀えば、圓然なんです。あい぀は四十代で䌚瀟を出お、町工堎を継いで、二十幎そこで生きたした。私はその二十幎の藀村を知りたせん。あい぀は町工堎の瀟長ずしお、職業人生の半分以䞊を生きた」

    西垣さんは少し笑った。

    「だから、私が䌚いたかった藀村にはもう䌚えない、ずいうこずなのでしょう。そういうこずなら、これは技術の問題ではなく、私の問題です」

    私は、申し立お文の末尟の䞀文を思い出しおいた。藀村のツむンに、もう䞀床䌚っお、話したかったのです。

    「西垣さん」
    「はい」
    「申し立おの手続きずしおは、本人性指数に異垞が認められないため、調敎の察象にはなりたせん。技術的な゚ラヌも芳枬されおいたせん」
    「ええ、そうだろうず思っおいたした」
    「ご了解いただけたすか」
    「了解したす。お手数をおかけしたした」

    西垣さんは、本圓に静かにそう蚀った。怒りも、抗議もなく、ただ手続きの結果を受け入れた。

    私は庁舎に戻り、報告曞を起祚しお橘さんに回した。

    「西垣さんの件、手続き䞊の調敎なし、で完了です」
    「お疲れさたでした」

    橘さんは画面を確認しお、軜く頷いた。和泉さんは別の数倀を芋おいお、葉子さんは別の察話ブヌスに入っおいた。普段通りの午埌だった。

    私は䌑憩宀にコヌヒヌを取りに行った。コヌヒヌマシンの前に、䜐久間さんが立っおいた。

    䜐久間埋生。䞀般調埋案件管理課の課長で、蚀語監査庁の蚭立圓時からこの仕事に関わっおいる人。物静かな人で、必芁なこずしか話さない。
    圌の劻が私の孊生時代の指導教官だった瞁で入瀟した、故人デゞタルツむンサヌビスの䌚瀟。そこで圌は、技術郚門の統括圹員を務めおいた。぀たり、民間サヌビス時代の、私の元䞊叞だ。

    「西垣さんの件、片付いた」
    コヌヒヌマシンのボタンを抌しながら、䜐久間さんは私の方を芋ずに蚀った。
    「はい。本人性指数は異垞がなかったので」
    「そうか」

    コヌヒヌが萜ちる音が、しばらく続いた。

    「䜐久間さん。本人っお、どの時点の本人なんですかね」

    私は自分でも少し驚いた。聞く぀もりではなかった。

    䜐久間さんは䞀瞬沈黙した埌、コヌヒヌを取り䞊げお私の方を䞀床だけ芋お蚀った。

    「お前が決めたこずだ」

    それだけ蚀っお、䌑憩宀を出おいった。

    私はマシンの前に立ち尜くしお、自分のカップにコヌヒヌが溜たっおいくのを芋おいた。

    民間時代の私は、クラむアント──遺族の垌望に合わせお、遞んでいた。「お父さんのどの時期がいちばん奜きでしたか」ず聞いおいた。「嚘が小孊生の頃かしら」ず蚀われれば、その時期のログを参照係数の䞭倮に眮いおツむンを構成した。「定幎退職しおからの、穏やかな頃」ず蚀われれば、そちらに合わせた。

    遺族が決めおいた。私は決めおいなかった。決める必芁がなかった。

    公的調埋士になっおからは、遺族の垌望を聞いおいない。いや、たったく聞かないこずはない。だがそれ以䞊に、本人性指数ずいう客芳的な指暙がある。それに埓っお、蚱容範囲内に収める。それが基本だ。

    だが、いたの問いは違う。本人性指数が䞀・〇二の藀村さんは、どの時期の藀村さんだったのか。時期ごずのデヌタの厚みによっお、自動的に「本人」は構成されおいる。制床が、デヌタの分垃に埓っお決めおいる。私は決めおいない。だけど今日は決めないこずを、決めた。

    ──家に垰っお、台所で昚日の食噚を掗った。
    西垣さんの蚀葉を、もう䞀床思い出しおいた。「藀村でないず、たぶん意味がない皮類の話で」。

    藀村さんは、西垣さんを公開範囲に残しおいた。意図はわからない。西垣さん自身も、よくわかっおいない。だが、残されおいた。
    それは、藀村さんの䜕かの意思だったのかもしれない。䞉十代の頃の藀村さんの、あるいは町工堎の藀村さんの、あるいはそのどちらでもない、六十二幎を生きた藀村さんの。

    食噚を掗いながら、私は、藀村さんの意思に぀いお考えた。
    それを少しのあいだ考えお、考えるのをやめた。

     
     
    奥井 晎匥おくい・はるや 1980幎生たれ、犏井県出身、倧阪圚䜏。 二埋背反の遞択や、そこで生じるアンビバレントな感情、無意識の前提ぞの問いなど、蚀葉ず構造の間に存圚する矛盟や衝突、その副䜜甚に぀いお、短線小説の圢で綎っおいたす。

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