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20,000日の人生…。最終章

    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門 #ドラマ脚本

    シロが我が家の一員になって、2年と数ヶ月が経っただろうか。
    失明してからの自分は、予期せぬ暗闇の事態に翻弄され続けていた。けれど、シロが家に来てくれてからというもの、私の心は一歩ずつ、確実に前向きな方へと動き出していた。シロには、本当に感謝の言葉しかなかった。

    その日、私はいつものように職場へ向かうエレベーターの前で、そんな感慨に耽っていた。シロは普段、私の足元にベッタリとくっつくようなことはしない。いつも絶妙な距離感を保って寄り添ってくれる。なのに、登りのエレベーターを待つ間、シロはどういうわけか、私の脚に激しく体を擦り寄せてきた。まるで、何かから必死に逃げようとしているかのように。私は直感した。何か緊急事態が起こっている。動物的な勘で地震を予測したのか、あるいは周囲に怪しい人物が潜んでいるのか。私は耳を限界まで澄まし、周囲の空気感を読み解こうと必死になった。
    次の瞬間、シロの体が強い力で私の脚に押し付けられる。
    「危ない!」
    私は咄嗟に、シロの体全体を覆い隠すようにして抱きすくめた。物の数秒だった。私の肩甲骨のやや下あたりに、凄まじい衝撃が走る。尋常ではない激痛が全身を襲った。私はそのまま床へ倒れ込んでしまったが、シロの体を包み込む腕だけは、絶対に離さなかった。遠ざかる足音が聞こえる。誰かが、急いで降りてきたエレベーターに飛び乗って去っていく気配。シロは普段、吠えることを厳しく禁じられている。なのに、この時ばかりは、私の下で全身を震わせながら、狂ったように鳴き叫んでいた。
    「ワン! ワン! ワワン!」
    何度も、何度も、私を起こそうとするように。
    「おい! 大丈夫か! 救急車だ、すぐ救急車を呼べ!」
    慌てて駅員が駆けつけてくる声が聞こえる。周りの床一帯に、自分の体から溢れ出した血が広がっていくのが、温かい感触で分かった。
    何者かに刺されたのだ。シロを庇って刺されたということは、犯人はシロを襲おうとしたのだろうか。救急車に運び込まれる中、私の意識はゆっくりと、深い闇の底へと遠のいていった。ただ、私の手に自分の頭をずっと乗せてくれている、シロの温もりだけが、最後まで残っていた。

    意識が薄れゆく暗闇の中で、私のこれまでの人生が、まるで一本の映画のように鮮やかに甦ってきた。

    物心がついた4歳の頃、当時飼っていたダックスフンドの『シロ』が、いつも私の隣にいた。お菓子を食べる時も、遊ぶ時も、悪戯をして叱られる時も。初代のシロは、本当に私の心がすべて分かるかのように、いつも先回りして動いてくれる、お兄ちゃんのような存在だった。
    ある日、私は原因不明の高熱を出して倒れた。両親や祖父母が医者を呼んで家の中をバタバタと走り回り、私は意識を失って激しくうなされていた。明け方。一晩中、つきっきりで看病してくれた母のおかげで、私の熱は下がり、奇跡的に回復した。その直後だった。姉の「キャー!」という悲鳴が家中に響き渡ったのは。
    慌てて家族で駆けつけた。姉が見つめる先に、初代のシロが静かに横たわっていた。
    みんなが私の看病にかかりきりだったから、シロの異変に、誰も気づいてやれなかったのだ。シロは、誰にも看取られることなく、一人で静かに旅立ってしまった。あんなに私の味方になってくれたのに。私のせいで、シロは死んでしまった。あの子は、我が家に来て幸せだったのだろうか。その切ない後悔が、ずっと心の奥底に残っていた。

    小学生になると、幼馴染のケンちゃんとよく遊んだ。ケンちゃんはわんぱくで喧嘩っ早かったけれど、強い正義感と説得力を持っていた。自分の意見をはっきりと言えるケンちゃんが、同学年なのにとても立派に見えた。クラスの誰もが、ケンちゃんの意見に賛同していた。恐怖からではない。小学生なりに、彼の理屈が一番通っていたからだ。だけどある時、サヨコちゃんという女の子が、半分泣きながら訴えた。
    『ケンちゃんが言うことが、いつも正しいとは私は思えない。みんな、いろんなことを思っているのに、上手く表現ができないだけかもしれない。もっと、みんなの意見を聞いて進めた方が良いと思う』
    サヨコちゃんのその勇気に、女子たちが次々と温かい賛同の声を上げていく。私はといえば、自分の意見を言うことなんてできず、いつもみんなが決めたことにただ従うだけの、内気な子供だった。

    高校に進学すると、私はいつしか「村一番の秀才」「神童」と呼ばれるようになっていた。代々百姓の家系で、地主でもあったため、一人息子の私は当然家業を継ぐつもりでいた。けれど周囲は「あの子ならきっと東京の大学に進学したいはずだ」と、勝手に期待を膨らませていった。父もまた、「やりたいことがあるなら、大学へ行ってもいいんだぞ」と背中を押してくれた。
    周りに押し出されるような形で、私は東京の大学を受験し、合格した。

    そうして始まった、東京での一人暮らし。
    周りの学生たちは、過酷な受験戦争を勝ち抜き、幼い頃から塾や合宿で猛勉強を重ねてきた秀才ばかりだった。田舎でどれだけ優秀と言われようと、ここでは自分などミジンコのような頭脳に思えた。彼らは血のにじむような努力をして、その席を勝ち取ってきたのだ。
    当然、私には友達の一人もできなかった。五月のゴールデンウィークに実家に戻った時は、心の底からホッとしたのを覚えている。
    実家の農園をそのまま継いで、生き生きと働いているケンちゃんが、たまらなく羨ましかった。

    実家に帰ると、姉の結婚話で大いに盛り上がっていた。相手は、あのケンちゃんの家。三人兄弟の末っ子であるケンちゃんの、次男の兄との縁談だった。
    私が東京でやりたいことを見つけられずにいる間に、姉が婿を取るという話が半ば決定していたのだ。私の「実家に戻る場所」は、いつの間にか周りから奪われていた。
    帰る場所がなくなってしまった事実に、私は激しい絶望を覚えた。けれど、周囲に気づかれないよう、私は無理に笑顔を作って見せた。
    『姉ちゃん、良い人が見つかって良かったね。まさかケンちゃんと兄弟になるなんて思わんかったよ』
    帰る場所を失った私は、東京で就職するしかなかった。大手食品メーカーから内定をもらい、そのまま流されるように入社した。

    その入社式の時、私の隣の席にいたのが、美和子だった。美和子はものすごく緊張している様子で、私の顔をチラチラと見ていた。その時は何も話せなかったけれど、やがて仕事で一緒になる機会が増えた。書類の整理や、取引先への手土産の準備など、彼女はあれこれと私の世話を焼いてくれた。
    他の先輩女子社員たちは「これやっといたから、今度ご飯奢ってよね」と派手に行動する中、美和子だけはいつも黙って、私の仕事をサポートしてくれていた。とても気の利く、賢い女性だなと思った。自分が女性にモテる方だとは露ほども思っていなかったが、美和子は、私が気兼ねなく食事に誘える唯一の女性だった。
    いつしか、どちらから告白するでもなく、私たちは半同棲のような形でお付き合いを始めていた。

    会社には美和子との関係を内緒にしていたため、ある日、上司から「社長令嬢との見合い話」を持ちかけられた。出世を望む人間なら、泣いて飛びつくような好条件だ。けれど、私にとってはどこの誰とも分からない人間の話など、真っ平御免だった。都会の人間と自分とでは、育ちも釣り合いも取れないことは、大学時代に痛いほど思い知らされている。これ以上、自分を偽ってウジウジした生活を送りたくはなかった。
    私は見合い話を丁重にお断りし、その翌年、美和子と結婚した。

    美和子との結婚生活は本当に楽しく、私の心にこれまでにない安らぎを与えてくれた。やっと、自分の本当の「居場所」ができたような気がした。
    だが、それも束の間。仕事が急激に忙しくなり、私の帰宅は連日深夜に及ぶようになった。休日も美和子と出かけることが少なくなり、家の中からはだんだんと会話が消えていった。

    結婚して十年が経った頃、美和子は子どもが授からないことへの不安や不満を口にするようになった。
    『妊活をしたいの。お願いだから、一緒に産婦人科についてきて』
    彼女にそう懇願され、私は返事を曖昧にごまかし続けた。内心、自分の身体に問題があるのではないかと恐怖していたのだ。
    意を決して、美和子に言われた産婦人科で精液検査を受けた。結果は無精子症だった。
    私は、その残酷な事実を美和子に報告することができなかった。それどころか、焦りから心に余裕をなくし、『俺は子どもが欲しいからお前と結婚したんじゃない!』と、美和子にキツく当たってしまった。美和子はただ、静かに泣いていた。
    自分が原因で子どもができないのだと、どうしても言えなかった。真実を知ったからといって美和子の態度が変わるとは思えなかったが、心のどこかで「私以外の男と結婚していれば、お母さんになれたのに」と思われたくなかったのだ。美和子が自分のせいで子どもができないと思い込んで悩んでいるのを知りながら、真実を告げる覚悟が、私にはどうしても持てなかった。私の身勝手なプライドだった。このささやかな幸せを、どうしても壊したくなかったのだ。

    それ以来、子どもについての話を家庭内でしなくなる代わりに、私は罪滅ぼしのように、毎年夫婦で海外旅行へ出かけるようにした。あえてファミリー層が選ばないような高額なツアーを選び、幼い子ども連れがいない静かな場所ばかりを巡った。
    南アフリカのサファリパークで、地平線へと沈んでいく、息をのむほど綺麗な夕焼けと動物達のシルエットの景色を二人で眺めた時のことだ。美和子が、ポツリと呟いた。
    『二人きりの生活も、とっても素敵よね』
    あの言葉に、私はどれほど救われただろうか。それ以来、私が一方的に決めていた海外旅行の行き先を、美和子の方から提案してくれるようになった。あの時のサヨコちゃんのように、生き生きと、快活に笑いながら。

    夫婦生活も、仕事も、すべてが順風満帆に運んでいるように見えた、52歳と数ヶ月。突然、私の目の前を、底知れぬ暗闇が襲った。
    底なし沼へと引きずり込まれ、二度と陸には戻れないような、永遠の恐怖。

    絶望の中にいた私のもとへ、渚君が駆けつけてくれた時の安堵感は今でも覚えている。病院へ行く道中や、会社に戻ってきた時の記憶は衝撃のあまり曖昧だが、渚君が私以上に激しく動揺し、心配してくれていたことだけは分かった。
    当時の専務が、かつて開発部で私が手がけたお菓子が今でもヒットしていること、ネーミングやパッケージのデザインにどれほど膨大な時間をかけたか、何度も広告代理店に頭を下げて我が儘を通したことなど、昔話を始めたら止まらなくなった。あの時間は、まるで少年時代に戻って、夜遅くまで秘密基地を作っているかのような、純粋で輝かしい時間だった。

    渚君に支えられて帰宅した時、私の頭に過ったのは、ただただ美和子に苦労をかけてしまうという申し訳なさだけだった。自分は美和子に、何一つ満足のいく暮らしをさせてやれていないのではないか。どうしても、その現実が納得いかなかった。どう話せばいいか分からず、ただ淡々と、目が見えなくなった事実を伝えることしかできなかった。

    美和子が「盲導犬を迎え入れたい」と言い出した時は驚いた。けれど、美和子がしたいようにしてほしいと、その意図に身を委ねることにした。

    そうして、シロが我が家にやってきた。
    ドアが開いた瞬間、なんだか無性に懐かしい香りが、家中を優しく包み込んでくれたような気がした。そして、初めてその名が『シロ』だと聞いた時、私は身体が震えるほどの衝撃を覚えた。4歳の時に死なせてしまった、あのシロの生まれ変わりなのだろうか。それは、あまりにも運命的な出会いだった。

    カスタマーセンターへの出向初日。シロと一緒にフロアへ足を踏み入れた時、そこには重たく、殺伐とした異様な空気が漂っていた。シロを見て心を緩めるオペレーターもいただろうが、大半は「なんで本社の盲目のおっさんが来るんだ」と不満に思ったに違いない。
    けれど、私たちが必死に現場と向き合い、そこに渚君が来てくれてからは、最初の冷え切った空気は完全に消え去っていた。そこには、全員が一丸となった、世界一温かいチームが出来上がっていたのだ。

    渚君がセンターに来てくれたことは、涙が出るほど嬉しかった。けれど同時に、彼を出世街道から外してしまったという責任も感じていた。何とかして渚君を元の華やかな世界へ戻せるよう、この場所で、彼が評価されて上へ行ける環境をどうしても作ってあげたかった。

    振り返れば、私はいつも周囲の状況に流されてきただけの人生だったかもしれない。
    けれど、ケンちゃんやサヨコちゃん、渚君や専務、カスタマーセンターの素晴らしい仲間たち、そして何より、美和子という最愛の妻に助けられて、今日という日まで生きてこられた。
    何にしろ、一番の奇跡は、幼少期のシロと、盲導犬として再び私の前に現れてくれたシロ。二頭の『シロ』に出会えたことだ。感謝しか、ない。
    本当に、良い人生だった。ほぼ20,000日という月日を、私は精一杯、生き抜いたと思う。

    後から報告を受けた。
    駅のエレベーターの防犯カメラの映像から、犯人が逮捕されたそうだ。
    就職活動がどうしても上手くいかず、行き詰まっていた男だったという。「犬の分際で、堂々と仕事をして社会の役に立っているのが気に食わなかった。羨ましくて、自分が惨めに思えて犯行に及んだ」と。事件当日が初対面ではなく、以前から駅で見かけるたびに、目が見えないはずの私とシロが、あまりにも和やかに、幸せそうに歩いている姿が、男には耐えられなかったらしい。「自分があの盲目の男だったらよかったのにと思うほど、二人が眩しかった」と、男は泣きながら自供したそうだ。

    集中治療室(ICU)のガラス窓の向こう。美和子と渚君は、そこに横たわる私を見つめていた。
    シロをしっかりと抱きかかえている渚君は、すでに顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。シロは渚君の悲しみを感じ取っているのか、彼の顔にそっと背中を押し付け、普段の盲導犬らしからぬ仕草で、ガラス窓をカリカリと必死に引っ掻いていた。「お父さん、起きて」と呼ぶように。
    美和子はただ泣きじゃくり、言葉を失っていた。周りにいる医療従事者たちも、かける言葉をなくして静かに見守るしかなかった。
    時折、心電図のモニターから響く、規則正しい「ブッ、ブッ、ブッ」という電子音だけが、静寂を破る。その音が鳴っている内は、私がまだ生きているという、唯一の証明だった。
    急に、医師と看護師たちが慌ただしく動き出した。医師が静かに首を振り、集中治療室の外にいた美和子と渚君、そしてシロを、中へ入るよう手招きした。最期の時間が、来たのだ。

    美和子が私の手を強く握りしめる。けれど、今の私には、美和子の手を握り返すだけの力はもう残っていなかった。
    朦朧とする意識の中、私は美和子を見つめ、心からの想いを込めて、声にならない唇を動かした。
    (今まで、本当にありがとう)
    声は出ない。口パクの私の唇から、誰にも、何が言いたいのかは伝わらなかったかもしれない。
    (苦労をかけたね。シロを、よろしく頼むよ)渚君の腕からすり抜けたシロが、いつもの朝のように私を起こそうとして、私の顔にそっと鼻先を擦り寄せてきた。
    美和子はそんなシロを愛おしそうに抱きしめ、「ダメなのね。もう、逝ってしまうのね」と、すべてを悟ったように激しく泣き崩れた。

    ああ、視界が、だんだんと明るくなっていく。
    眩しい光の向こうに、懐かしい姿が見えた。
    4歳の頃に一緒に遊んだ、あのダックスフンドの、三毛模様のシロだ。やっぱり、私のお兄ちゃんだ。先に逝って、ずっと私を待っていてくれたんだね。これからは、また一緒に行けるんだね。

    ありがとう。私の人生に関わってくれた、すべてのすべてに、心からの感謝を。

    ピィィィィィィィィ……。心電図のモニターが、静かに一直線の線を描いた。

    終わり。

     
     

    KIYO

     
     
    ピアノを上達したい。頑張らず、日々是好日を楽しむが目標。

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