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掌編小説| 瓶を捨てた日 【後編】

こちらは【後編】です。
【前編はこちら】→https://note.com/sayo_miyama00/n/na274aefd8749






【後編】



〈先に行くから、君も〉

「何も」

 それ以上、義母は尋ねなかった。

 翌朝、目が覚めると、瓶はまだテーブルにあった。
 
 冷蔵庫を開けた。ヨーグルトは、まだ二つ並んでいる。

 一つだけ取り出し、蓋をめくった。味は、よく分からなかった。気がつけば、最後まで食べていた。

 それから、電話が鳴り続けた。夫の両親、葬儀社、警察、夫の勤め先。聞かれたことにすべて答え、送られてきた用紙には名前を書いた。

 二日後、葬儀が行われた。

 焼香の順番を教えられた。一礼して、香をつまみ、額へ近づける。

「一回で大丈夫です」

 葬儀社の人が小声で言った。

「ありがとうございます」

 また、お礼を言った。

 言われた場所に立ち、言われたところで頭を下げた。

 棺の中で眠る夫の顔は、あの日と同じように穏やかだった。身じろぎすると、喪服のポケットで錠剤が触れ合った。

「この度はご愁傷様です。上司の佐伯です」

「後輩の湊です。こちらは、隣の席だった瀬戸です」

 三人が順番に頭を下げた。

 夫が話していた「上司」と「後輩」と「隣の席の人」に、死んでから初めて名前がついた。

 瀬戸さんは何も言わず、深く頭を下げて焼香した。湊さんは夫の顔を見るなり、声を押し殺して泣いた。

「いつも、帰る時間になると時計を見ていました」

 涙を拭いながら、湊さんが言った。

「奥さんが待っているからって」

 何と返せばいいのか分からなかった。私は頭を下げた。

 葬儀の翌日、警察官が夫の所持品を持ってきた。財布、腕時計、結婚指輪、鞄。それから鍵束。一つずつ、テーブルの上に並べられていく。

「現時点で、不審な点は認められませんでした」

 ポケットの中の瓶が少し重くなった気がした。

 お辞儀をする警察官に倣い、私も頭を下げた。

 最後の一人が出ていったあと、扉を閉める。鍵をかける手には、また汗が滲んでいた。

 財布は中身を出し、腕時計と結婚指輪はしまった。鞄は、壁のフックに掛けた。鍵束から家の鍵を外し、玄関脇のフックに掛ける。自分の鍵も、その隣へ掛けた。

 二本の鍵が触れ、短い音を立てた。

 翌朝、冷蔵庫を開けた。

 残ったヨーグルトの蓋には、昨日の日付が印字されていた。

 捨てようと思った。

 けれど、私は蓋をめくった。

 そのとき、郵便受けから、紙の滑り落ちる音がした。

 ヨーグルトを半分残したまま、スプーンをテーブルに置いた。

 椅子を引いて立ち上がると、郵便受けから封筒を取り出した。

 封筒の差出人欄には、見覚えのない生命保険会社の名前が印刷されていた。

 ヨーグルトを瓶の横に置いて、封を切る。

 一枚目の上部に、太い文字が並んでいる。

『死亡保険金ご請求手続きのご案内』

 二枚目をめくると、そこに書かれていた数字が思っていたよりずっと大きくて、右から一、十、百、と数えたあと、途中で分からなくなって、もう一度最初から数えた。

 それでも、同じだった。

 紙をテーブルに置くと、半分残したヨーグルトが目に入った。蓋は開いたままで、縁についた白いものがゆっくりと垂れている。

 これだけあれば、しばらく働かなくても暮らせる。

 そう思ったあとで、家賃を払って、夫が残したものを片づけて、それでもまだ残る金額を頭の中で計算している自分に気づいた。

 テーブルの上には、夫が死んだ朝から置かれている瓶がある。手に取って傾けると、錠剤が底を滑り、乾いた音を立てて反対側へ転がった。

 あの日より、軽い気がした。

 蓋を開けた。口元まで持っていき、しばらく中を見たあと、私は立ち上がった。

 ゴミ箱の蓋を開ける。

 夫の顔を思い出そうとした。棺の中で見た顔が先に浮かんで、その前にどんな顔で笑っていたのかは、なかなか出てこなかった。

「ごめん」

 手を離すと、瓶はゴミ箱の底に当たり、一度だけ跳ねた。

 席へ戻り、半分残っていたヨーグルトをひと匙すくった。

 酸っぱかった。

 今度は、味が分かった。

 もうひと匙すくおうとしたとき、玄関のほうで鍵の回る音がした。

 一度回って、途中で引っかかった。

 少し間を置いて、もう一度。

 夫はいつも、二度目で扉を開けた。











(共作:深山紗夜 × COBITo)


お読みいただき、ありがとうございました。

コーサクさんと深山さんのコラボを拝見し、「私も深山さんと作品を作りたい!!」と、すぐにお声がけしました。笑

#なんのはなしですか

【きっかけとなったコーサクさんの記事はこちら】

原案をお渡ししてから、一文ずつ読み合いながら、書き足し、削り、また返す。

深山さんの文章の空気に触れながら、私の書いた言葉も少しずつ溶け込んでいきました。

一人では辿り着けなかった物語を、一緒に作ることができました。

深山さん、とても楽しい時間をありがとうございました💐

最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
読後、少し立ち止まっていただけましたら幸いです。


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(推し庭の説明はこちらから→はしゃもさんの推し庭)



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