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深山紗夜とコラボらせろ。掌編小説『距離』

「パシャン」と音がして、足元に溜まっていた雨水が跳ねた。傘を閉じて後部座席に放り込み、助手席に乗ると、彼が「ごめん。ブラックなくて、微糖で我慢して」と言った。缶コーヒーは私に渡さず、カップホルダーに置いた。

「微糖イサオ」
「おまえ、勇やろ。だいたい古いんじゃ」

言ってから、まだこれを言うんだなと思った。彼のほうもまだ笑う。何度目かは覚えていない。最初にどちらが言い始めたのかも覚えていなかった。たぶん彼だったと思うけれど、私だったかもしれない。どちらでもよかった。少なくとも今は、私が言った。

彼は缶コーヒーのプルタブを起こし、一口飲んでから運転席側の窓を少し開けた。煙草に火をつける。シトラスの芳香剤とメンソールの匂いが混ざった。最初にこの車に乗ったときから同じ匂いだった気がする。芳香剤が同じなのか、同じ種類を買い替えているのかは知らない。助手席側の窓を半分ほど開けると、雨が入って右の袖に細かな水滴がついた。

「昨日、阪神戦見たか。逆転勝ちしたんや。佐藤のホームランすごかったで」
「まあ私、野球興味ないし」
「知ってる」
「じゃあなんで話すん」
「ええやん、別に」

彼は笑った。本当に嬉しそうだった。

本当に、というのが何を指しているのか、自分で考えてから分からなくなった。先月、彼の母親が亡くなった。だから私は、彼が楽しそうにしていると、以前なら探さなかった理由を探すようになった。

「佐藤がな、あそこで打つと思わんやん」

彼はまだ喋っていた。

私は彼の母親とも仲が良かった。彼と喧嘩をすると、ときどき彼女に話した。

「あの子は昔からそういうところあるから」

そう言って、よく私の側に立った。

昔からそうなら、私が今見ているものも、たぶんそうなのだと思えた。

最後に会った日のことを思い出そうとすると、その前に会った日のことばかり出てくる。何を着ていたか、何を食べたか、その日に何を話したかは曖昧なのに、

「自分の気持ちを大切にしなさい」

と言われたことだけは覚えていた。

それが最後だったかどうかは覚えていない。

自分の気持ちを大切にする、という言葉を考えるたびに、私は自分の気持ちを探した。会いたくないのかと思ったけれど、誘われれば会った。会えば普通に話せた。微糖イサオにも反応できた。

ただ、会った日は疲れた。

彼と会ったから疲れたのか、会う前から疲れていたのか、その日は雨だったからなのか、そこまで分けて考えると、何について考えていたのか分からなくなった。

彼がアクセルを踏んだ。

雨が強くなり、ワイパーの速度が一段上がった。右へ動いて、戻る。水滴が消えて、またつく。私は袖についた水滴を親指で擦った。少し広がった。

「雨やばいな」
「うん」
「今日ずっとこんなんかな」
「知らない」
「天気予報見てへん?」
「見てない」
「俺も」

車内には彼が好きなアーティストの曲が流れていた。私も聴く。正確には、聴くようになった。彼の車で何度も流れて、曲名を覚えて、家でも聴くようになって、アルバムを一枚買った。買ったのは私だった。

「これ好きやろ」

彼が言った。

「まあまあ」
「めっちゃ聴いてたやん」
「昔ね」
「昔って。去年やん」

去年だった。

去年の私はこの曲をよく聴いていた。だから彼の言っていることは間違っていない。

「今はそんな聴かん」
「飽きた?」
「知らん」

彼はそれ以上聞かなかった。

曲が嫌いになったわけではない。今流れているのを止めてほしいとも思わない。それでも、「これ好きやろ」と言われたときに引っかかったものを、うまく説明できなかった。

彼は鼻歌を歌い始めた。歌詞が少し違っている。

前にも同じところを間違えていた。

一度、正しい歌詞を教えたことがあった気がする。教えようと思っただけだったかもしれない。

信号が赤になり、車がゆっくり止まった。彼は缶コーヒーを飲んだ。

「やっぱ甘いわ、これ」
「だから微糖って言ったやん」
「微糖の限界超えてるやろ」
「知らんがな」

彼が甘いと思っても、缶には微糖と書いてある。

「何笑ってんの」
「べつに」

信号が青になった。

彼が缶をカップホルダーへ戻す。

「そういえば、『砂の女』貸しっぱなしだったよね」
「ああ、そうやな」
「読みたくなったから返して」
「ああ、ええで」

彼は前を向いたままだった。

本当に読みたくなったのかもしれない、と思った。

自分で言ったことなのに、あとからそう思った。

本棚に『砂の女』がないことには前から気づいていた。読み返そうと思ったことも、一度くらいはあった気がする。

いつ返すのか、彼は言わなかった。私も聞かなかった。

彼はまた鼻歌を歌い始めた。

同じところの歌詞を、また間違えた。

今度は正しい歌詞を知っていた。

言わなかった。

ワイパーが水滴を拭った。前の車の赤いテールランプが見えて、その向こうにもう一台、その向こうにも赤い光が並んでいた。

すぐにまた雨がついた。

彼はワイパーの速度を、もう一段上げた。




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自分の作った小説を、ほんとうに小説書くの上手い人にアレンジしてもらいたい。
そんな願望をこの企画があったので、深山紗夜さんにお願いしてみました。
深山さん改めてありがとうございます😭

深山さんの数ある素敵な作品の中でも、自分がすごく好きな作品です。
初めてnoteで鳥肌が立ちました。
あんまり説明してしまうと、この作品の醍醐味がなくなってしまうので、是非見て下さい。


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この企画に参加してます。
ゆりゆりこさん楽しい企画ありがとうございます♪
おかげで、ずっとやりたかったコラボができました。あざ〜す。


この小説の雰囲気を曲にもしてみました。
よかったら聴いてみてください。


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