掌編小説|同じ色
「その前に立って」
指先で、花びらについた雨粒を潰している背中に声をかけると、彼女が振り返る。
「ん?」
「そこ。白いところ」
僕は白い紫陽花を指差し、彼女の立ち位置を指定した。
「えー。私そんなに写真好きじゃないのにな」
「知ってる。……今日だけ」
風で髪が流れ、隠れていた顔が露わになった。口元に乗ったリップが、家を出たときよりも少し色薄くなっている。
紫陽花園の名所を二つ見せると、彼女は「こっちは毎年行ってるから」と、行ったことのない方を選んだ。
腕を引き、白い紫陽花の前へ誘導する。湿気で皮膚同士が張り付いて、手を離すと、指の腹が一瞬浮いた。
「じゃあ、約束どおりに」
「うん、分かってる」
彼女が諦めたように眉尻を下げ、口角を持ち上げるのを確認して、フィルムカメラを構える。
カシャ。一つ切り取る。
カシャ。
白い花々のなかで笑う彼女に、もう一度シャッターを切った。
「ありがとう」
「いいよー。でもそれ、モノクロフィルムじゃなかったっけ」
「うん、これでいい」
しゃがんで花の隙間を覗き込む頭頂部に向かって、僕は続けた。
「紫陽花って、色変わるんだって」
「へえ」
「僕、昨日まで知らんかった」
「昨日ずっと調べてたもんね」
彼女は一度俯いたあと、青なのか紫なのかよく分からない色の紫陽花に手を伸ばした。
「雨のあとの紫陽花っていいよね」
「そうなの?」
「ほら見て」
花の真ん中にあった雨粒が、するりと端に移動し、一滴垂れ落ちた。
「泣いてるみたいに見える。そういうの、新鮮」
「……うん」
しゃがんだままの彼女が、僕を見上げて手のひらを差し出し、小首を傾げる。
「カメラ、貸して?」
「え?」
「しゃがんで。撮ってあげるから」
「いや、僕はいいよ」
「じゃあ、一緒に」
カシャ。
数日後、僕は現像した写真を受け取り、家に帰った。
一枚目、モノクロの写真を手に取る。つるつるした表面に、ピントが合わずぼけた彼女が笑っている。
二枚目、気の抜けた無表情の彼女。
三枚目、しゃがんだ二人の横で、花から落ちた水滴だけが、不自然なくらい鮮明に写っていた。
現像された写真の中では、白い紫陽花も、青い紫陽花も、同じ色だった。
封筒の口だけが、少し浮いたままだった。
