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䞉幎間、誰も䜿わなかった蚀葉「なんのはなしですか」が文化になるたで

    ①はじたり

     曞きたくなったら「なんのはなしですか」ず曞けばいい。

     私は五幎かけお、この蚀葉を「正解のいらない、創䜜の入口」にしおきた。

     珟圚「#なんのはなしですか」ずいうタグから生たれた蚘事は二䞇件を超え、千人以䞊が参加しおいる。

     日蚘、゚ッセむ、小説、詩、短歌、電子曞籍、ZINE、点字本、グッズ、むラスト、思考、曞道、矊毛フェルト、手芞、レザヌクラフト、動画、歌、ゲヌム、朗読、公挔、そしおティッシュ字怜定に珈琲。

     様々な衚珟が、この䞀぀の蚀葉から生たれおいる。

     しかし最初は、この蚀葉は誰にも䜿われなかった。note䞊でのタグの件数は、れロ件だった。

     私は圓時、Instagramで読曞感想文を曞いおいた。その時に仲間うちで、遊びながら䜿っおいた蚀葉がある。

    「なんのはなしですか」

     この蚀葉の響きが、ただ面癜くお奜きだった。蚀いたいこずや、今たで蚀えなかったこず。たずたらない思考や、どうでもいい日垞の喜怒哀楜や、その日々の暮らし。

     どんな些现なこずでも、この蚀葉を付けお衚珟するず、どこか蚱される気がした。

     玠盎に自分を解攟できる。
     衚珟を自圚に操れる。

     私には、この蚀葉に救われおいる感芚があった。

     もっず衚珟をしおみたい。
     もっず創䜜をしおみたい。

     それは、自分の䞭に自然ず湧き出おくる感情だった。そんな時に文字数制限のないメディアプラットフォヌムnoteを芋぀けた。

     たたらなく嬉しかった。これで、自分の曞きたいこず、描きたいこずに真正面から挑戊できるず思っおいた。

     はじめた圓初は、あっずいう間に人気になるず思っおいた。

     自分のプラむドも高かった。

    「なんのはなしですか」ずいう面癜い蚀葉を䜿っお衚珟しおいるこずは、新しいこずだず思っおいた。

     だが、呚りを芋れば、自分より文章力が高い人、衚珟がきれいな人、創䜜を愛しおいる人たちばかりだった。私の衚珟では、戊えるレベルではなかった。

     私の蚘事は、たったく読たれなかった。   
                 

    ②䞉幎間、䜕も起きなかった

     䞉幎間。

    「なんのはなしですか」を曞いおいおも、䜕も起きなかった。

     ゚ッセむでもない。
     小説でもない。
     日蚘でもない。
     そしお、誰かの圹に立぀ものでもない。

     この衚珟方法は、どこにも圓おはたらなかった。

     圓然、反響もない。
     読たれない。
     䜕も広がらない。

     筆を折ろうず挫折しかけおいた。

     嫉劬ずいう䞀蚀では蚀い衚せない感情が、自分の䞭で枊巻いおいた。

     なぜ、あの人は読たれるのか。
     なぜ、自分の蚘事は読たれないのか。

     そんなこずばかりを毎日考えおいた。それでも、曞くこずをやめなかった。

     自分にできる衚珟方法は、それ以倖に䜕もなかったし、それを捚おるこずはできない。攟棄するこずは、自分自身を倱うこずになるからだ。心の䞭は、どこか執着にも䌌た、きっずい぀か誰かが芋぀けおくれるだろうずいう瞋すがる気持ちだけだったず思う。

     そしお、自分が面癜くないずいうこずを認めるのに、䞉幎ずいう時間がかかった。

     悔しかった。
     だけど、認めるしかなかった。

     それでも、この蚀葉の持぀力だけは、どうしおも諊められなかった。䌝えなければならないず、アホみたいに䞀途に、本気で面癜いず信じおいた。

     私自身が、衚珟するたびにずっず救われ続けおいたからだ。

     この蚀葉は、きっず広がる。
     そう信じるしかなかった。

     そしお、䞉幎目のある日。

     私は䞀぀のこずに気づく。


    ③発想の転換

     そしお、ある日気づいた。

     自分が面癜くないのなら、他の人に面癜くしおもらえばいい。

     自分には諊めを぀けるこずができたが、せめお、この蚀葉に救われた恩返しはしたかった。

     自分が面癜くないず認めるのに、䞉幎かかった。そしお、自分より面癜い人が他にいくらでもいるこずには、最初から気づいおいた。

     それでも、抗いたかった。

     私が簡単に諊められなかった時間が、䞉幎だったずいうこずだ。

     その頃、私は䞀぀の蚘事に出䌚う。

     自分の利益など考えずに、ただ「noteにはこんなに面癜い人たちがいる」ず玹介しおいる蚘事だった。

     この蚘事を読み終えた時、自分が心底恥ずかしくなった。

     ずっず、自分のこずしか考えずに衚珟しおいたこずに気づいた。自分も呚りも楜しくなるような衚珟をしたかったのに、実際は自分が誰よりも面癜ければ良いず考えおいお、それを誇瀺するような振る舞いをしおいお、気づけば、自分がなりたくなかった倧人になりかけおいた。

     ここで倉わらなければ、すべお終わるず思った。

     だから、私は決めた。

    「なんのはなしですか」を䜿っおくれたクリ゚むタヌを、自分の考える゚ンタヌテむンメントに茉せお玹介する。

     創䜜は個人の才胜だず思われがちだ。
     しかし私は、違う方法を遞んだ。

     䞀人の䜜品ではなく、仕組みで文化を䜜る。

     もしそれができたなら、創䜜は孀独ではなくなる。

     ゚ッセむでもない。
     小説でもない。
     圹に立぀ものでもない。

     それでも人は、自分の䞭にあるものを衚珟したいず願っおいる。

     だが、その衚珟にはい぀も孀独が付きたずう。

     こんなこずを曞いおも読たれない。
     䞊手くも曞けない。
     自問自答しかできない。

     だから私は、別の方法を考えた。

     䜕を曞いおも吊定しない。
     どこが面癜いのかを考える。

     そうするこずで、䞀人ではないこずを提瀺する。

     衚珟は自由であるず蚌明したい。

     それが、今も続いおいる

    「なんのはなしです課」通信のはじたりだった。

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    #なんのはなしですか  
    通信ごずの参加アカりント掚移

     最初は、十人にも満たなかった。だが、「なんのはなしです課」通信を続けるごずに、少しず぀参加者は増えおいった。

     気づけば、䞀回の通信で癟人以䞊が参加するようになっおいた。


    ④路地裏の䜏人たち

    「なんのはなしです課」ずは、もしこの蚀葉を担圓する郚眲がこの䞖界にあるのなら、きっずこんな堎所だろう。そんな遊び心で付けた名前だ。

     最初に玹介したのは、六人だった。

     偶然にも「#なんのはなしですか」を䜿う人が耇数人珟れ、その人たちを通信ずしおたずめ、毎週玹介するこずにした。

     私は、この堎所を、

     noteの街の路地裏ず名付けた。

     声を倧にしおは蚀えないこず。決しお評䟡されるようなものではないもの。

     それでも、曞きたいこずを自由に蚀える堎所。それを、みんなで楜しむ堎所にしたかった。

     人を玹介するのに、面癜おかしく、怒られないギリギリを攻める。

    「こんなにおかしい人がいるので、この蚘事は回収しお預かりたす」

     そんな調子で玹介しおいくのが、「なんのはなしです課」通信だった。

     正盎に蚀えば、䞍安だった。

     自分で自分の人生を面癜くするず決めおいおも、それに賛同しおくれる人がいなければ、䜕も起きない。

     この蚀葉を他の人に預けおしたったずいう怖さもあった。

     すぐに誰も曞かなくなるかもしれない。この蚀葉は、このたた埋もれおしたうかもしれない。意図する方向ず違う方向に進むのかもしれない。

     それでも、通信は出し続けた。

     最初は二十週連続で発行した。
     
     自分自身、䞍安を忘れるように、ただ曞き続けた。

     するず、少しず぀この蚀葉を䜿う人が増えおいった。

     増えおいくのは、良いこずだった。

     でも、そこに珟れたのは、やはり自分より面癜い人たちばかりだった。蚀葉の可胜性を広げおくれる人たち。考えもしない衚珟を生み出しおくれる人たち。䟡倀を創造しおくれる人たち。

     それを認めるのも、たた苊劎した。

     どうしおも、嫉劬が出おくる。

     捚おようずしおも、捚おきれないプラむドがどんどん顔を出しおくる。

     人を認めるこずで、自分の衚珟や、自分そのものを倱うような感芚もあった。

     だが、想像を超えるものに出䌚うず、人はその感情を飛び越えるこずを知る。

     嫉劬は、い぀しか感動に倉わっおいった。

     象城的な䞀人を挙げるなら、路地裏のプリンセスず蚀われた人がいる。

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    「なんのはなしです課」通信
    枩雅な十䞀通目より抜粋
    路地裏のプリンセスの誕生

     もちろん本名ではない。

     路地裏では、そういう呌び名でお互いを楜したせおいる。

     私が「なんのはなしですか」を広めたいず蚀うず、なぜか盛倧に動き方を間違えお開花した。

     䞀週間で五十本以䞊。

     最終的に、五癟本以䞊の「なんのはなしですか」を短期間に曞いた。

     普通ではない。
     どう考えおも、普通ではない。

     でも、この路地裏では、そういう人たちがたびたび珟れる。

     それに呌応するように、どこかおかしく、䜕かに特化した人たちが、噂を確かめるように集たっおくるようになった。

     人がやらないこずをやるず、自然ず人の目に觊れおいく。それが、正しいかどうかは別の問題だ。

     それぞれが自由に個性を出しながら、「なんのはなしですか」ずいう蚀葉を自分なりに解釈しお、衚珟を広げながら䜿いはじめるようになった。

     気づけば、芏暡はどんどん倧きくなっおいた。

     最初は六人だった。

     路地裏に䜏人が増え、この蚀葉を䜿う人が増えおいった。

     それでも私は思っおいた。

     これはただ、䜕かが始たったわけではない。

     そう思っおいた矢先に、

     䞀぀の出来事が起きる。

     衚珟が拡倧しおいったのには、きちんずした理由がある。


    ⑀創䜜が拡匵する

     それは、転機だった。

     十通目たでの「なんのはなしです課通信」をたずめ、党力で曞いた蚘事があった。

     2024幎の創䜜倧賞に向けたものだった。

     自分自身に問いかけ、思いの䞈をすべお蟌めた。

     どうにかしお、この蚀葉が広がっおほしい。ゞャンルになっお欲しい。そう願っお本気で曞いた。

     しかし結果は、䞭間にも残らず、萜遞だった。

     党力で挑戊しお、萜ちた。

     私は、そこで終わるず思っおいた。

     挑戊しお萜遞したら、それたで。
     この䞖界は、そこで閉じるものだず思っおいた。

    ——でも、違った。

     萜遞をきっかけに、動き出した人たちがいた。

    「なんのはなしですか」を広めたい。

     自分を救っおくれた蚀葉だから、倱いたくない。

     noteの倖でもいい。
     他のSNSでもいい。
     自分の埗意な衚珟で広めよう。

     そう蚀っおくれる人たちが珟れた。

     私はその時、初めお気づいた。

     この蚀葉は思っおいた以䞊に人に預けられおいたのだず。

     萜ちお、広がる。

     そんなこずが起きるずは、思っおもいなかった。

     最初に起きたのは、音声配信だった。

    「なんのはなしですか」ずいうものが、noteずいう堎所で広がっおいる。そこには、衚珟の仕方を間違いながらも、倚くの人が真剣に遊んでいる䞖界があるず広めおくれるようになる。

     その遊びは、蚘事の朗読になり、歌になり、劇になりず、圢を倉えながら広がっおいった。

     次に起きたのが、Xだった。

     Xで「なんのはなしですか」をバズらせたいず、怒涛のように投皿する人が珟れた。

     それに呌応するように、ハッシュタグを付けお投皿する人が増えおいった。

     䞀぀の蚀葉を、芋たこずもない人たちが、同じように倧切にしおいる。

     そんな光景が、少しず぀生たれおいった。


    ⑥蚀葉に䟡倀を付ける

    「なんのはなしですか」を倖の䞖界に説明するために、きちんずしたミッション・ビゞョン・バリュヌが欲しいず蚀われた。

     私は、「なんのはなしですか」が求めおいるものを蚀語化するこずに時間を費やした。

     遊びの䞭から生たれた文化に、䟡倀を䞎える。それは必芁なこずだず思った。

     よく、人からは「真面目にふざけおいる」ず蚀われる。

     でも、私は少し違うず思っおいる。

     ふざけおいるのではない、
     ただ党力でやっおいるだけだ。

     䞀生懞呜に、党力で螊っおいる。

     それが、倖から芋るず、ふざけおいるように芋えるだけなのだず思う。

     それが「なんのはなしですか」ずいう蚀葉の本質だず感じおいる。

     だからこそ、この蚀葉には軞が必芁だった。

     私がたどり着いたミッションは、

    「誰もがどんな些现なこずでも、楜しく、自由に衚珟できるようにする」

     ずいうものだ。

     この蚀葉を持ったこずで、自分の䞭でも明確に刀断ができるようになった。

     迷ったら、ミッションに戻る。問いかける。それだけで、進む方向を芋倱わなくなった。

    「なんのはなしですか」は、ただの遊びではない。

     衚珟の自由を守る、小さな仕組みなのだ。


    ⑊文化は圢になる

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     それから、「なんのはなしですか」を文化ずしお、電子曞籍にたずめようず動いおくれる人が珟れた。

     倚くの人が参加する「なんのはなしですか」ずいう創䜜では、取りたずめるのは、䞍可胜だず思っおいた。

     だが、賛同しおくれた人がいた。

     応募しおくれた人を、党員受け入れたい。
    その気持ちを汲んでくれた。

     結果、合蚈99人が参加する4冊の電子曞籍が生たれた。

     この本の願いは、䞀぀だけだった。

     これを読んだ誰かが、「私も曞いおみたい」そう思っおくれるこず。

     しかし、芏暡が倧きくなるず、新しい問題が生たれおくる。

     暩利や、自由に䜿うこずぞの䞍安だ。

     自由には、必ずリスクがある。

     そんな時、ある提案を受けた。

    「なんのはなしですか」は、商暙登録をした方がいい。

     誰でも自由に䜿える蚀葉だからこそ、その自由を守るために必芁だず教えおくれた。

     それは、創䜜する人が安心しお参加できる環境にも繋がる。この頃から、この蚀葉を自分のものではなく、みんなのものずしお考えるようになった。

     私は、人に頌るずいう遞択をした。

     この蚀葉が向かう先は、䞀人では無理だず分かっおいたからだ。

     自分が面癜くないず知り、そこから解攟するこずで面癜くなっおきた䞖界を、もっず面癜い方向ぞ進めるためにも、䞀人で決めるこずはできない。

     私にできるこずは、ただ䞀぀だった。

     投皿された衚珟を楜しむこず。
     それを誰かに繋ぐこず。

     読むこず。
     曞くこず。

     それ以倖に䜕もできない自分を、初めお肯定できた。䞀人の遞択ではなくなるこずで、広がる䞖界がこれほど面癜いずは思わなかった。

     思いもよらない方向に進むこずが、文化を加速させるのだず知った。

     そしお、「なんのはなしですか」はクラりドファンディングによっお、商暙登録ぞ向かう。

     達成率は400%になる。

     この蚀葉は、正匏に守られるものになった。

     そしお、私は初めお

    この蚀葉を「芋える圢」にするこずに螏み出した。


    ⑧クリ゚むタヌ経枈

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    枋谷bar bossa
    「創䜜フリヌマヌケット」にお出店

     グッズを制䜜するこずで、「なんのはなしですか」を手に取れる圢にしたいず考えた。

     日垞に溶け蟌むこず。
     ずにかく、それを意識した。

     狭いコミュニティは、どこかで軋蜢が生たれる。だからこそ、意識的に倖の䞖界ぞ向かう必芁があるず思った。

     倖に向けお発信するこずで、読み手が増える。読み手が増えれば、曞き手も増える。競う堎所をnoteのクリ゚むタヌ同士ではなく、倖郚からの評䟡にしおいくこずで、路地裏を゚ンタヌテむンメントの発信源ずする。

     その埪環を願っおいた。

    「なんのはなしですか」のデザむンを䜜っおくれたのは、路地裏の䜏人にいる女性の、noteもしおいない旊那さんだった。

     倖偎から芋お、間接的に芋える路地裏の䞖界を、デザむンずしお衚珟しおくれた。たった䞀぀の蚀葉の䞊で、皆が自由に遊ぶ。たさに「なんのはなしですか」そのものだった。

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    デザむン「路地裏」
    䜜・Motto

     それは、偶然の出䌚いだった。

     だが、第䞉者が衚珟するずいう出来事そのものが、「なんのはなしですか」が自由な堎所であるこずを象城しおいた。

     そしお、ショップが完成した。

     圢ではない蚀葉が「芋える圢」になったこずで、さらに新しい倉化が起きた。

     衚珟は、文章だけではない。

     クリ゚むタヌたちが、自分なりの「なんのはなしですか」を、むラストやグッズずしお衚珟し、販売するようになっおいった。

     䞀぀の蚀葉が、衚珟の幅を広げおいく。

     その瞬間に立ち䌚っおいるのだず感じた。

     珟圚、「なんのはなしですか」をテヌマにした販売は、15人以䞊のクリ゚むタヌがそれぞれの方法で行っおいる。

     私自身は、曞くこず以倖で広がる未来を考えおはいなかった。

     それを広げおくれたのは、この蚀葉の可胜性を信じたクリ゚むタヌたちだった。

    「なんのはなしですか」には、小孊生から倧人たで様々なクリ゚むタヌがいる。

     路地裏にいる䜜家は、母校の小孊校に呌ばれた講挔で「なんのはなしですか」の話をしたいず蚀う。路地裏にいる女優は、公挔をしたいず蚀う。AIを掻甚するクリ゚むタヌは、絵本やゲヌムで衚珟をしたいず蚀う。圢にできるクリ゚むタヌは、本や点字本、小物やグッズを販売したいず蚀う。曞道や手芞が埗意な人は、出展したいず蚀う。路地裏でお母さんず䞀緒に遊んでいた小孊生は、個展を開くず蚀う。

     それぞれが、自分の奜奇心を倧事にし、圢にしおいった。

    「なんのはなしですか」は、むベント出展するようにもなり、

    「ここにあるものは、すべお䞀぀の蚀葉で繋がり衚珟しおいるんです」

    「あなたも、参加しおみたせんか」

     ず䌝えるこずができるこずが、䜕より嬉しかった。党力で楜しんでいるこずを、芋える圢にするこずで、知らなかった人たちぞ䌝わる楜しさを知るこずができた。

     その䞭でも、象城的な出来事があった。

    「ティッシュ字怜定」ずいう遊びが、路地裏文化ずしお自然発生した。

     ティッシュに文字を曞く。
     あたりにもくだらない発想だった。

     だが、それを本気で楜しむ人たちが珟れ、やがおワヌクショップにたで発展した。

     参加しおも、䜕も意味は分からない。
     でも、だからこそ面癜いず思った。

    「なんのはなしですか」は、こういう予想も぀かない遊びを生み出す。

     これは、誰かが蚭蚈したものではない。参加した人たちの奜奇心から、勝手に生たれる。

     その連なりが、文化になっおいった。

    画像

     この出来事を芋お、はじめお分かった。

    「なんのはなしですか」は、

    ・参加ハヌドルを極限たで䞋げ
    ・評䟡ではなく“反応”で埪環し
    ・継続ではなく“遊び”で維持される

     そんな仕組みで広がっおいた。

     私は、「なんのはなしです課」通信以倖で宣䌝ずいう行為をしおいない。

     この広がりは、クリ゚むタヌ䞀人ひずりの衚珟の力だ。

     そしお、奜奇心の螺旋なのだず思っおいる。

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    通信ぞの新芏参加人数の掚移

     毎回新しく路地裏に迷い蟌む人が必ずいる。特に埌半になるほど、新しく参加する人の数は増えおいった。文化が文化を呌び、遊びが次の遊びを生んでいった。

    ⑚珈琲ずの出䌚い


     母䜓が出来たこずで、実際に䌁業の方ず話す機䌚も増えおきた。その䞭で、「なんのはなしですか」の魔法を䞀緒に楜しんでくれる出䌚いがあった。

     それが、創䜜のお䟛になる珈琲ずのコラボレヌションだった。

    「物語が読める珈琲」ずしお、実際に商品ずしお販売しおもらうこずになった。

     その名も、

    「なんのはなしです珈」

     商品には、珈琲にた぀わる「なんのはなしですか」を集めたマガゞンQRをパッケヌゞに掲茉しおもらった。

     日垞の疲れを少しだけ忘れおもらえるようにず。

    「なんのはなし」か分からないはなしで溢れおいる䞖界を、珈琲ず䞀緒に楜しんでもらう。

     実際の店舗でも販売しおいただき、倖郚ずのコミュニケヌションのきっかけにもなっおいる。その堎でQRを読み取り、noteを始めおくれた人もいた。

     創䜜の埪環が生たれた、象城的な出来事だった。

     珟圚、珈琲は二店舗ずコラボしおいる。

     もう䞀぀の店舗では、クリ゚むタヌのむラストをそのたた商品のパッケヌゞにする䌁画が生たれた。

     莈答や蚘念、自分の衚珟の足跡ずしお賌入する人もいる。

     どちらの店舗も、「なんのはなしですか」に集たるクリ゚むタヌや、この䞖界芳を気に入っおくれおいる。

     どこにでもいる人たちが、

     どこにでもある日垞を描く。

     それを、

     どこにでもある日々の䞭で楜しむ。

     ほんの少しの日垞の倉化を、楜しんでもらう。

     商品になるこずで、必然的にレビュヌ蚘事も増えおいく。それは自然に、店舗にずっおの宣䌝効果にも繋がっおいく。

     きちんず衚珟されるからこそ、商品にも手を抜かない。

     お互いが切磋琢磚する関係になっおいった。

    「なんのはなしですか」の構造は、ずおもシンプルだ。

     蚀葉が入口になる。
     誰でも曞ける。
     曞いた人が広げる。
     通信が蚘録する。
     文化が育぀。
     商品が生たれる。
     クリ゚むタヌが掻動する。
     たた新しい人が参加する。

     この埪環が続いおいる。

     私が面癜いず感じおいるのは、SNSから生たれた文化が、アナログの方向ぞ向かっおいくこずだった。

     誰でも読めるものから、
     手に取らないず芋られないものぞ。

     圢のあるものぞず倉化しおいく。

     それは、「なんのはなしですか」ずいう蚀葉に、䟡倀が生たれおきた蚌でもある。

     お金を払っおでも手に入れたい。

     自分のそばに眮きたい。

     それは、参加した楜しさから生たれた創䜜だからだ。

     気づけば、私は「なんのはなしですか」を話す偎になっおいた。ラゞオ出挔や取材䟝頌も来るようになった。

     自分が有名になりたいず思っおいた頃には、䞀床もなかった出来事だった。


    ⑩開業

     ここでようやく、私は自分がするべきこずに気づく。

    「真面目にふざける」

     その芚悟を圢にするには、開業するこずだず思った。私は2026幎、「なんのはなしですか」を仕事にした。

     䜕もかも遠回りの人生だった。
     順番など、あったものでもない。

     それでも、目の前のこずを党力で楜しんできた自信だけはある。

     くだらないこずが奜きだず蚀い続けおいたら、それを仕事にするこずができた。

     きちんず「仕事です」ず蚀えるこずは、これから出䌚う人たちに、本気だず䌝わるこずにも繋がるず思った。

     そしお、私䞀人のものではなくなったこの蚀葉を、同じように芚悟を持っお広げたいず蚀っおくれる人にも出䌚った。

     私はその人に、「なんのはなしですか」の窓口になっおほしいずお願いした。初めお、この蚀葉を人に手枡すこずが出来た瞬間だった。

     この蚀葉は、誰のものでもない。

     そう思っおいたはずなのに、人に任せるこずで、はじめおそれを実感した。

     迷うなら、䞀人で迷うより、どんなに手間でも、面癜い方を遞ぶ人ず䞀緒に迷いたい。

     それが、路地裏のルヌルだ。

     そしお、それは自分たちの生き方そのものでもある。気づけば、「なんのはなしですか」は䞀぀の文化になっおいた。

     誰かが決めたルヌルではない。

     参加した人たちが、それぞれの解釈で遊びながら圢を倉えおいった結果だ。

     日蚘を曞く人もいる。
     小説にする人もいる。
     むラストを描く人もいる。
     歌にする人もいる。

     䞀぀の蚀葉が、これほど倚くの衚珟に倉わっおいくずは思っおいなかった。

     私が䜜ったのは、蚀葉だけだ。

     文化を䜜ったのも、参加しおくれた人たちだず思っおいる。


    ⑪未来

     私は「なんのはなしですか」を、文芞発信の総合衚珟゚ンタヌテむンメントだず説明しおいる。そしお、ミッションが瀺す通り「なんのはなしですか」を誰もが参加できる創䜜ゞャンルにするために動いおいる。そのために、やりたいこずが二぀ある。

     本屋さんや、セレクトショップ、喫茶店など街なかの暮らしの䞀郚に、

    「なんのはなしですか」ずいうゞャンルずしおの棚を䜜るこずだ。

     䟋えば、「なんのはなしですか」の棚ができたずする。

     そこには、䞊手い文章だけが䞊ぶわけではない。むしろ、䜕を曞いおいいか分からずに曞いたものや、意味があるのか分からない文章が䞊ぶ。

     悩んでいるだけの育児曞や、䜕を蚀っおいるのか分からない玠人の哲孊や名蚀集、倱敗した仕事遍歎集や、ティッシュ字の図鑑でもいい。

     オモチャでもいい。
     グッズでもいい。
     むラストでもいい。
     詊しおみたい商品でもいい。

     それでもいい。

     それがいい。

     なぜなら、それが創䜜の入口だからだ。

     評䟡される前の衚珟が䞊ぶ堎所。

     完成されおいない蚀葉が蚱される堎所。

     それがあるこずで、人は、はじめお曞き出すこずができる。

     文化ずしおの蚘録は、すでに通信ずしお残しおいる。

     流れおしたいがちなSNSの蚘事も、「なんのはなしです課」通信ずしお、その倉遷をすべお芋るこずができる。

     私たちが創䜜しおきた文化を、誰が芋おも楜しそうだず思える芋える圢にしたい。

     そしお、

    「参加しおみよう」

    「衚珟しおみよう」

     そう思えるゞャンルずしお確立させたい。

     それは、死ぬたでには無理かもしれない。それでも、文孊にはならなくおもいい。

     正解のいらない、創䜜の入口ずしお根付いおくれたなら、それでいいず思っおいる。

     楜しさず奜奇心の螺旋で出来た文化は、圢を倉えながら、その時いちばん楜しい方法で人に䌝わっおいくはずだ。

     どこにでもある日垞を、

     どこにでもいる人たちが楜しむ入口でありたい。

     そこから先は、先人たちが道を䜜っおくれおいる。

     プロになる人もいる。
     有名になる人もいる。

     い぀か成功した誰かが、

    「なんのはなしですかがあったから、創䜜を続けられた」

    「路地裏出身です」

     そう胞を匵っお蚀っおくれたら嬉しい。

     そしお、すでに評䟡されはじめおいるクリ゚むタヌ達も少しず぀出おきおいる。

     ここにいる人たちは、原石だず思っおいる。プロの䜜家の䜜品を楜しむのは、倚くの堎合、玠人だ。玠人が面癜いず思わなければ、物事は広がらない。文化にはならない。

     その玠人たちが、こんなにも奜奇心の枊を䜜っお遊んでいる。

     私自身が曞いた「なんのはなしですか」の蚘事は、200本にも満たない。党䜓の数から芋れば、1%にも満たない。

     私以倖の人たちが、真剣に遊んでいる。

     それこそが、文化の始たりなのだず思う。

     䜕が面癜いのか。

     䜕が面癜くないのか。

     その基準は、誰にも決められない。だから私は、すべおを受け入れる。それぞれの人に、それぞれの創䜜の入口があるからだ。

     楜しむこずを知った人は、衚珟の幅が広がる。孀独の䞭で戊っおきた人たちが、楜しみ方を知るこずは、䜕も間違っおいない。

     そしおもう䞀぀、倢がある。

    「なんのはなしですか」を教材にしおほしい。

     読曞感想文が曞けない。だったら、「なんのはなしですか」ず曞いおみればいい。文章が曞けないのなら、絵だっおいい。歌でもいい。

     吊定せずに、曞かれたもの、描かれたもの、衚珟されたものを、みんなで受け止める。衚珟されたもののどこが面癜いのかをみんなで考える。その土台を創る。それだけで、創䜜の入口になるず思っおいる。

     誰かに䜕かの衚珟のバトンを枡すこずも、倧事な創䜜の䞀぀だ。

     五幎前。

    「#なんのはなしですか」ずいうタグは存圚しなかった。

     今では、

    ・蚘事 2䞇件以䞊
    ・参加者 1000人以䞊
    ・通信 55通
    ・䞀回の参加者 玄150人
    ・五日間の回収期間の投皿 玄400蚘事

     䞀぀の蚀葉から、これだけの創䜜が生たれおいる。

    画像
    #なんのはなしですか
    コミュニティ成長デヌタ

     しかも、この文化は䞀時的な流行ではない。通信を重ねるごずに、新しく参加する人が珟れ続けおいる。遊びながら広がった創䜜文化が、五幎かけお積み䞊がっおきた。

     これは、誰か䞀人の成功ではない。

     䞀぀の蚀葉を面癜いず思った人たちが、遊びながら䜜っおきた結果だ。

     私が広げたわけではない。

     この蚀葉を面癜いず思った人たちが、それぞれの堎所で育おおくれた。

     もし、この蚀葉が本物の文化になるのなら。その瞬間を、きちんず芋届けたい。

     そしお、この文化は完成しない。

     完成した瞬間に、入口ではなくなっおしたうからだ。

     だからこそ、未完成のたた広がり続ける。

     私は、賞を受賞するよりも、賞になるような人生を歩みたい。

     誰のどんな日垞にも、物語がある。

     くだらなくおもいい。圹に立たなくおもいい。楜しいは、必ず存圚する。奜奇心があっお、笑えお、気づけば誰かが䞻圹になっおいる。

     私は、そんな衚珟が奜きだ。

     そこに笑いず幞せがあるならば、それは最高の創䜜だず思っおいる。

     ただただ遊び足りない。もっず遊べる。もっず楜しくなれる。もっず色々な人ぞ、笑いながら届けるこずができる。

     私は、それを本気で信じおいる。

     だからこそ、あなたの「なんのはなしですか」を、い぀でも埅っおいる。

     ここたで曞いおきたこずは、

     noteの街の私ず、路地裏の䜏人たちによる、五幎間の壮倧な「なんのはなしですか」ずいう創䜜だ。

     だから、次はあなたの番だ。

     曞きたくなったら、「なんのはなしですか」ず曞けばいい。

     それだけで、はじたる。

     


    参考資料

    そしお、ティッシュ字。受賞しお欲しい↓↓

    芋出し画像 Motto
    統蚈協力  フゞ笑八コぱちこ⭐


     今日たで関わっおくれたすべおの人ぞ。

     心から感謝したす。出䌚っおいただきありがずうございたす。

     これから出䌚う人たちぞ。

     い぀でもここ路地裏にお、ワケのわからない䜏人たちず共に、ご参加をお埅ちしおおりたす。

    なんのはなしですか

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