メインコンテンツへスキップ
見出し画像

団地綺譚 葬送と再生の境界 第14話 消えた前任者とプランB

    #創作大賞2026
    #ファンタジー小説部門

    ◇小説の紹介
     昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。

    あらすじ、目次、登場人物紹介はこちら

    社宅で目が覚める。7時だ。
    昨夜は寝てたらトムが入り込んできたが、どっちのトムだ?確かめようとしたら、すっと逃げていった。

    寝てると黒猫が訪れてくるせいで、布団が毛だらけだ。
    お袋が絶対、同衾を許さなかったのも正解だ。

    拾い物の冷蔵庫からインスタントの赤出汁を出して、ポットの湯を沸かす。
    あと焼きおにぎりを、これまた拾い物のレンジでチン。

    顔を洗って、髭を剃る。
    シェービングクリームなんて使わない。親父は毎日やっていたが、ブラウンで十分だ。

    安物の赤シャツをチノパンにたくし込んで、ジャケットを抱えて階段を降りる。建築士なんて、そんな格好でお客さんと打ち合わせもすれば、現場も歩き回る。

    靴は意識低い系のウォーキングシューズ。色だけベルトと合わせてる。
    着替えながら考える。あの不気味な白いボールだったものはなんだ。

    なんだろう、種子というかなんというか、団地の何かか。
    まさかな

    気味悪くて、実家の穴にそのまま捨ててきてしまった。
    考えながらルーティンで銀狼を走らせ、事務所の駐車場に滑り込む。

    今日は事務所でデスクワークだ。外は雲行きが悪い。低気圧が南下してきていて、大雨になる予想だった。屋根がない社宅はブルーシートでなんとかずぶぬれにならないようにした。

    銀狼を降りて事務所に近づくと、書類の崩れる音と、大きな騒ぎ、猫の甲高い鳴き声が事務所から響き、どうしたと入口に駆け寄ると、中から数匹の黒猫が飛び出してきた。先頭はトムだ。

    画像
    白足袋の黒猫トム?が、数匹の黒猫を率いてきた

    「あ、トム!
     どうした?」

    !

    「あ、トム、それは」

    トムは破れた書類を咥えていた。

    目が合うとトムは一目散に逃げていく。

    あ、あれは雄だ。

    今度は、はっきり見えた。
    雄だった。あれはトムじゃない・・・

    しかし、一体どうして猫なんかが事務所から・・・事務所に入ると惨状に驚く。書類が散乱していた。その中で富江が四つん這いになって書類をかき集めている。

    「いったいどうしたんですか」

    富江と一緒に書類をかき集める。
    富江が一瞬手を止めて、思いつめたようにつぶやく。

    「富、雄の奴!」

    「え?トミ?」

    「なん、でもない、よ
     さかた、づけよ」

    一緒に床の書類を四つん這いになって片づける。狭い事務所だ。大人二人が四つん這いになると、距離が近い。思わずお互いの指先が触れてしまう。あ、ごめんと手を引っ込める。

    「大、丈夫だよ。」

    その刹那、富江がショートボブをかきあげた、その下に細い白いうなじがみえた。そのとき課長が扉を開けて入ってきた。。

    「おはよう!
     あ、どうしたんだ。」

    「片づけて、ます。」

    ふと足元を見ると再生計画という書類あった。表紙にバツが打たれていた。

    「なんだ、これ」

    拾い上げてめくってみる。
    肝心の計画のところでちぎれている。

    誰かが作った再生計画か。
    参考になったのになあ。

    書類の右下に紅という赤い文字が入っている。拾った書類を自分の机に置いて、片付けを続けた。ようやく昼前になって片付けられた。

    「ようかたしたな
     疲れたじゃろ」

    課長が富江を労う。

    「疲れ、た、ちょっと出、てくるよ」

    富江は珍しく事務所を出て行った。
    それをみて俺も事務所を出た。

    昼は、めずらしく大人の社工場へ行ってみようと思った。事務所から、銀狼で団地の中の商店街の駐車場に停める。

    あ、いたいた。

    大人の社工場は丁度ランチタイムで賑わっていた。カウンターに富江がいた。富江が事務所を出て行ったので、もしかして居るかもと思ったが正解だった。

    ランチを注文して、富江に書類が荒らされたことを聞こうとする。

    富江の横に座って、話しかけようとする。
    朝から書類のかたずけに翻弄されたので、富江も疲れているのだろう。表情が暗く俯いている。

    富江の手元に書類が一枚あった。

    それはあの破れた資料の一部だった。そしてそこに作成者の名前があった。

    ーーーーー作成:深海申太郎。

    え、深海申太郎、深海先輩・・・

    驚きのあまり。富江の肩をつかんで問い詰めようとする。

    「富江、その書類はなんだ・・・
     え!」

    富江の顔に近づいたときに、気づいた。

    富江のほほに、うっすらと髭の跡があった。

    「富江!お、おまえ男なのか!」

    驚いたのか、喉仏がはっきりと上下する。

    富江と思われた男は、上目遣いで、今まで見たこともない歪んだ表情で、うっすら笑いを浮かべる。

    「おまえ、富江じゃない?だ、誰なんだ?」

    「あは、あはは」

    男の富江は、掴んだ腕を振り払い、あっという間に裏口に消えた。まるで、猫のようなしなやかさで。

    後に呆然とたちすくむ俺と、ゆっくりと立ち働く黄色いツナギの一群だけが残された。何も無かったように。

    事務所に慌てて戻る。
    事務所には富江もいた!

    ぽかんとした富江は、あの男の富江ではない。正真正銘の富江だ。そして大太課長の前に立つ。

    課長はこっちの顔をじっとみる。睨めつけるような視線だ。
    だまって、書類の切れ端をみせる。

    「なになに、深海申太郎・・・って
     深海はお前の前任者じゃん。」

    え
    前任者?

    それも深海先輩が前任者。

    深海先輩は同じ会社の10年先輩で、同じ職場で数年働いたことがある。聡明な先輩で、いろいろ教えを乞うた。ある公共工事プロジェクトで数年一緒だった。途中で、深海先輩は異動して、その後の行方が分からなかった。

    深海先輩は真っ赤なアンフィニRX-7に乗っていて、休日に一緒にそれぞれ運転して2台でドライブするような仲だった。正直、勝負にならないがセブンがワインディングを快走し、銀狼はうれしそうに、RX-7が奏でるロータリーサウンドを追いかけて、あちこち回ったものだ。

    お前のロードスターが銀狼なら、俺のは赤、うーん紅七だな

    訳の分からない、ジョークなようなことをさらりと言う気持ちの良い先輩だった。ジョークのあまり先輩はセブンのリアウィンドーに紅七と書いてしまった。

    「あははは、建築は風景をつくる。そこに人が住まうにはコアとなる核のような空間が必要だよ。」

    よく笑う深海先輩は理想論を語って、まだ考えの定まらない後輩を訓育しようとしてくれたものだ。その先輩の名前がなぜここの書類にあるのだ。

    課長は何も言わずに自席に座って書類をめくり始める。
    こちらも自席で、深海先輩の提案書をくいいるようにみつめる。

    詳しい計画の部分が失われている。
    しかしどうしてバツなのか。

    お昼過ぎ、とうとう大粒の雨が降り出した。事務所の中は少し重苦しい雰囲気が漂う。
    立ち上がって、課長の席に近づいて口を開く。

    「これはどうしてバツなんですか?」

    課長は答えない。

    はぐらかされて、イライラしてきた。
    つい声に力を帯びる。

    「これは池鯉団地の再生計画でしょう。」

    課長もイライラしているようだが、ますます目も合わせずに、誤魔化すかのように机の上でごそごそやっていたが、机の前から、一向に立ち去らないので、観念したのか搾り出すような声で言った。

    「バツなものはバツだ」

    「具体的に理由を説明してください。」

    簡潔に問い詰める。
    課長は今度はあっさりと言った。

    「奴は団地に核をつくろうとした。しかし核のようなものは不要だ。もともとそういうものはないのがいいんだ。」

    課長はついに確信めいたことを言った。
    核が不要って、どういうことだ。

    「やるならプランBだ」

    プランB?プランBとはなんだ?

    富江は二人のやりとりをじっとみている。

    「なんですかそれは?」

    目を合わせなかった課長が、急にこちらを向いて。

    「それをやるのがお前だ!」

    急に、地面に叩きつける雨音
    外は大雨になっていた。

    窓の外を眺める富江。物憂げそうだ。
    こっちも課長との埒のあかないやり取りにイライラして、事務所の中を歩きまわっていた。

    「深海先輩・・・」

    思わず声が出た。すがるような情けない声。その声に富江が振り向いた。思わず目が合って、その瞳に吸い込まれそうと、思った瞬間、視界がぼやける。

    見えたのは、大雨の中、数台の車が外周通りを走る様子。事務所の前を走り抜ける。

    はっきり見えた。
    黒い改造プリウスの群れに追われる赤いセブンが!

    テールランプが四角く光る。アンフィニRX-7。そして、先輩と同じリアウイングのないX-Type。あれだけ一緒に走った自分が、見間違えるわけはない。そして特徴的な金属音のようなロータリーサウンド。

    あれは!深海先輩のセブン!?

    土砂降りの中、思わず事務所を飛び出す。

    銀狼が、雨にかき消されそうなセブンの四角く光るテールランプを追いかける。

    目次はこちら



    あなたへのおすすめ