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団地綺譚 葬送と再生の境界 第13話 戌渡川を越えて

    #創作大賞2026  
    #ファンタジー小説部門

    ◇小説の紹介
     昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。

    あらすじ、目次、登場人物紹介はこちら

    戌渡川は、その名の通り犬が渡った出来事に関して有名な高僧が名付けた。それは母犬が子犬を1匹ずつ咥えて川を渡った。それをみた高僧が母犬の知恵に感心してその名を付けたそうだ。

    戌渡川か・・・

    子どものころ、親に、お前は川で拾ってきた子供だといわれて、からかわれたものだ。つまり親の言うことを聞かないと川に・・・という婉曲で、脅しめいたしつけだったのだろうか。

    川といえば、しつけの話がヒートアップすると、悪いことをしたら一緒に川に入らなくちゃいけないとも言われたなあ。ああ行水するのかとも思ったし、川を渡るという子供の頃の冒険ともつながる言葉だったかもな。

    行水好きはそこら辺から来てるかも。社宅の行水も全く気にならない。
    電話で家族にそのことを話をすると、決まって彼女はこう言う。

    「私も入ってみたい」

    呑気なことを言うよなあ。あと黒猫のトムも行水は気にならない。むしろ行水好きみたいだ。お前なら戌渡川を渡ってきたかもなあ。

    昔飼っていたトムは実家からみて、川向こうの団地のそばの友達の家で飼われていた猫だった。しかしメスだったので友達の親が勝手にトムを捨ててしまった。トムにはオスの兄弟がいて、オスだけ残された。

    「あ、トム」

    みると風呂の端でトムがちょこんと座っていた。あれ、いつもと挙動が違う。もしかして、お前、濡れることを怯えている?

    「あれ、どうしたトム
     お前、行水好きだったろう」

    水から上がって、抱えようとした手を引っ掻いてトムは逃げていった。

    おかしいな。
    オスみたいなアレがみえたような・・・

    まさかな
    トムはメスだ

    あの夜、課長とのゴルフ場にいた2匹のトム。はたして今のはどっちのトムだ。今のがオスだとすると、もしかしてつがいなのか?

    風呂場の壁は穴が開いていて、リビングとつつぬけだ。まあ考えようによっては浴室とベッドルームがつながったリゾートホテルみたいだ。

    実家で拾ってきた夫婦人形は、社宅の窓際においてある。夫婦人形は、外を向いている。

    お袋は、子供のころ実家の屋根に登って、よく街並みを見下ろしていたらしい。お袋の家は町でそこそこの工務店を営んでいて、職人に屋根に登らせてもらったようだ。

    ちょっとしたお嬢様だったのかもしれんな。
    お袋に見立てた夫婦人形も5階の高さから団地を睥睨出来て満足だろう。

    夫婦人形の見つめる夕陽に目をやりながら、昨夜のゴルフコンペのことを想いだした。

    最後のショットは今日イチだったな。
    あんなにあのパーシモンが飛ぶとはなあ。

    ホップして飛んでいくなんて、人生初だ。

    白球は空のかなたに消えた。
    というのは大げさだが、実家の方向だと思う。ちょっと見に行ってみるか。

    銀狼のドアを開けて、体を潜り込ませ2か所のストッパーをはずす。次にリアのウインドーのジッパーを開け、ゆっくりキャンバスの屋根を閉じる。さてエンジンを始動。
    駐車場をゆっくり滑りだす銀狼。

    今日はトムはやってこないな。

    ひばりのさえずりを聞きながら、走る。陽気がいい、これぞオープンドライブ日和だ。

    遠くにちらりと黒いプリウスが見えた。改造プリウスだ。
    戌渡川にかかる団地橋を渡り、バックミラーを見ると改造プリウスは消えていた。

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    戌渡川。下水処理場の排水口。公園の奥に団地がみえる。

    ゆっくりと実家の一角を回り込む。

    今日は黄色い重機はもういない。
    更地の中央はぽっかり穴が開いたままだ。

    銀狼を止めて、ボールを探してみる。

    まさかここまで飛んできてはいないと思うが、万が一ということもあるしな。

    改めて、更地を角から歩いてみて回る。
    やはり広い。ミニ戸建てなら3軒。

    ミニ戸建てに庭など不要だ。防草シートに防犯砂利になるだろう。
    実家には植木と空池があって、トクサが生えていた。トクサは植木っぽくなくて、謎の生き物っぽくてよかった。などとひとりごちながら更地の中央にたどり着く。

    更地の中央は例の黄色い重機が開けた穴がある。

    ホールインワン・・・

    白いボールだったものが穴の奥に落ちていた。
    ボールはショットの衝撃で裂けていた。

    ボールを拾い上げてみる。
    ぐにゃりとした感触

    「わっ」

    驚いて落としてしまう。

    解体ガラの木の枝を、拾って
    ボールだったものをつついてみる。

    これはいったい何なんだ・・・

    冷汗が流れて、のどが渇く。
    見てはいけないものを見た・・・まさにそんな感じ。

    ボールだったやわらかいものは、ふやけたように少し大きくなっていたようだ。

    いったいどういうことだ。

    表面に刻まれた四角いディンプル。あらためてみるとディンプルと見えていたものが違って見える。

    それは、等間隔に並んでいて、あたかも団地の窓のようだった。

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