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生きにくさの正体、それは「私の中」にあった

    Vol.1の記事「『私がガマンすれば……』と思いがちな人に、伝えたいことがある」で「私がガマンすれば丸く収まる教」を辞めたいきさつを書いたが、このときから「自分を取り戻す」ための「認知の歪み」の矯正が始まった。

    「認知の歪み」これこそが、「生きにくさの本丸だ」と気付いたから。例えるなら「私は骨盤が歪んでいる」と気付いた瞬間である。今回は「ガマンをやめた」その後に何が始まるのかを、紐解いていきたい。

    そもそも「認知の歪み」とは?

    「認知の歪み」とは、精神科医のデビッド・D・バーンズ氏が提唱したものが、有名なようだ。生育環境に関係なく、誰でも持っているものだけれど、偏り具合、歪み具合が生育環境に左右される。

    「白黒思考」「マイナス思考」「~すべき思考」「レッテル貼り」などが代表的とされている。私は精神科医でも心理学者でもないので、詳しく語る立場にないが「脳が勝手に作ったフィルター」のようなものだと、理解している。

    起きた出来事を自分の脳のフィルターがどのように解釈して、受け止めるか。コップに入った半分量の水を見て「まだ半分もある」と思うのか「もう半分しかない」と思うのか。この違いは「認知」によって起きるのだが、ネガティブ方向に常に採択する人は「認知の歪みがある」というわけである。

    「認知の歪み」の多くは、子どものときに作られる。詳しく知りたい方は、専門家が発信している情報で確認してほしい。

    こうして誕生した「認知の歪み」

    Vol.1で書いた私の「母親という生き物はヒステリーを起こすもの」も立派な認知の歪みだ。友だちの家に遊びに行っても、お母さんはヒステリーを起こしていなかったがそれは「お客さんが来ているから」だと思っていた。

    「認知の歪み」はある意味、ライフハックであり、生き延びるために身に着けた「自分にとって受け入れやすい解釈」なのだろう。

    そして「認知の歪み」はなかなか更新されることはない。「私がガマンすれば丸く収まる」という認知の歪みを駆使して、現実生活を回してきた「実績」もある。確かにその場は丸く収まった。しかし、心はむしばまれていた。

    でも、私の心が傷つくことすら「丸く収まる」の範囲内だったわけである。なのでまったく収まっていなかったわけで、その結果「黙れ! クソババア!事件」が起きたわけだが、その瞬間のその場は収まっていたのである意味、実績である。

    長年、歪んだ骨盤で暮らしていると腰の痛みが出たり、生理痛がひどくなったりしてくる。それと同じように、「認知の歪み」もいろいろなところで不協和音を奏で始める。

    「恋愛がうまくいかない」のは最たるものだ。私がガマンして「相手に合わせている」ことが、いつの間にか「当たり前」になってくる。ガマンはいつしか限界を迎えるけれど、相手にとっては「え? ずっとそれでやってきたじゃない」である。

    これも私の個人的な調べであるが「相手にガマンを強いる人」というのは、多かれ少なかれ毒の要素を持っている。自身が毒親育ちである確率が高く、彼らもまた「そういうもの」として歪んだ認知の世界で生きている。

    「認知の歪み」は同じような歪みを持った者同士が「価値観が合う」と感じる理由となるため、カップルになりやすいのだろう。

    私の中にあった「認知の歪み」

    そういう私がとくにひどかった歪みが3つある。ひとつ目は「過度の一般化」といわれる「一度の失敗でダメだと思い込む」である。心のかさぶたが痛むので詳細は省くが、毒母に「あんたには、できないに決まってた」というようなことを、しばしばいわれた影響だろう。

    ふたつ目は「拡大解釈と過小評価」。失敗を大げさに、成功を小さく評価するもので、これも毒母の影響だ。できていないことをあげつらい、できていることには目もくれない。ちょっと感心してしまうほど、これに関しては一貫性があった。

    三つ目は「こうあるべき思考」だ。「休暇を取ることが決まってるんだったら、『この日はお休みをいただいてまして』と事前にお知らせするべきじゃない?」と怒るような。

    社会人のマナーとしては確かにそうなのだが、相手が忙しくてうっかり忘れたとか、そもそもおっちょこちょいさんだとか、そういう可能性はちらりとも頭をよぎらなかった。

    特定の人間関係やシチュエーションにおいて、こうした認知の歪みが顔を出す。そして、その歪みで自分をがんじがらめにして、落ち込んだり、悩んだりして苦しむ。自分を責め、他人のことを心の中で責め『しょうがない、私がなんとかしなくては』と頭と手を動かしていた。

    こうして私は「歪み」に気付いた

    自分の認知が「歪んでいる」と気付いたのは「黙れ! クソババア事件」の少し前だった。母となった友だちの子育てがひと段落して、再会する機会が増えたのだ。今まで子育てに全振りしていた友だちは、ふとした瞬間に母親の顔をのぞかせた。

    あるとき、外出先で私が「トイレに行きたい」といったら真顔で「大丈夫? 間に合いそう?」とある友だちが聞いてきた。そして次の瞬間「ごめん。子どもが小さかったときのリアクションをしてしまった」と笑った。

    私は驚愕した。そんな優しい言葉をかけるの? と。「なんでさっき、してこなかったのよ!」とキレたりしないのだ、普通のお母さんは。

    こうして、私は少しずつ自分の認知の歪みを実感していった。わが子はもちろん、小さな子供だけでなく世間は思いやりにあふれている、ということを私は知っていった。

    反論されると「なによ!」といきなり怒鳴る人のほうが、珍しいのだということを知っていった。そうして、自分の母親が「おかしい」と思うに至った。その挙句が「黙れ! クソババア事件」だった。

    とはいえ「認知の歪み」に気付いたから、といっていきなり「矯正できました」とはならない。例えるなら「骨盤が歪んでいるので整体に通い、骨盤ショーツをはいてケアをすることにしました」というスタート地点である。

    しかし、骨盤の歪みが向き合い方次第で、スムーズに解消されるのと同じく、「認知の歪み」も向き合い方次第で快方に向かう。では、どう矯正するのがスムーズなのか。それはまた次回に。

    ★読み切りエッセイはこちら
    →①毒親から受け取った『呪い』を解いたら、世界は驚くほど優しかった
    →②なぜ私の恋愛はいつも「突然の終了」を迎えるのか?
    →③毒親育ちのライフハック「全自動ガマン吸引モード」をやめたら、人生に「楽しい時間」が増えた
    →④「毒親育ち」は職場のモンスターに強かった。戦わずして勝利した「最強の武器」
    →⑤「いい子プレイ」はもう卒業! 毒親の呪い解除の特効薬は「断捨離」だった。


     
     

    Claire

     
     
    なんとなく「生きづらい」と感じていませんか? その正体は、育った環境で身についた『認知の歪み』かもしれません。「生きづらさの正体」を構造化して、武器に変えてきた経験から、あなたの人生が好転するヒントを言葉にして届けています。毎週土曜更新。

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