【創作大賞2026応募】フレンズ 第四話 鷺沼新
「それでどうなったの、その後」
「ほの花ちゃんが行動に出る前に、担任の原西先生にチクった」
「何それ」
――すごいじゃん。
しおりちゃんがいつも以上に目を見開き、それでそれで、と続きを促した。
「原西先生に『ほの花ちゃんが、英語の授業の時わざと間違えて発音するように、この紙切れを渡されました』って、ありのままを伝えた。紙切れの字を見せたら、先生顔が青くなったり赤くなったりで……面白かったなぁ。ほの花ちゃんを呼びつけて、わたしの目の前でしかっちゃったりして。ほの花ちゃん、先生に怒られるの初めてだったのかも……わんわん泣いて、ざまー見ろだった」
「ウケる」
「……でしょ?」
七月初めの暑さに隠れるように、私たちは校舎の陰で会話をしていた。
他の生徒は校庭に出ていて誰もいないのに、ついひそひそ声になる。
ふっとしおりちゃんとばっちり目が合った。この頃の彼女は、目が合っても恥ずかしがらずに会話できるようになっていた。
「ホントすごいね。あかりちゃんは、クラスのヒーローだよ」
ひそやかな声で、しおりちゃんはわたしを褒める。
「ヒーロー」という響きが、わたしの頭をふわふわとさせる。
「……でも、わたしがほの花ちゃんにやり返せたのは、しおりちゃんのおかげなんだよ」
わたしは今回の“ヒーロー劇”を思い返して、一番言いたかったことを口にした。
「わたし、しおりちゃんとともだちになって、自信がついたの。……一人じゃないって、思えたから」
言葉にするとなんだか照れくさくて、自分から目を逸らす。
「たとえおしおきされたとしても、三組にしおりちゃんがいるから大丈夫って思った。だから、しおりちゃんのおかげ。……ありがとう」
しおりちゃんのピンク色の紐付きスニーカーを見つめながら、最後まで言い切った。
スニーカーの主は、沈黙している。
たっぷり十秒ほど経って、ピンクの紐が大きく前方に揺れた。
全身が細くて薄い骨の感触に覆われた。薄い骨の上の、陶器のような皮膚から甘い香りが漂い、わたしの鼻の奥を満たした。
「うれしい」
甘い匂いのしおりちゃんが、湿った息を耳元に漏らす。うなじの辺りが吐息で濡れた気がした。
「あかりちゃんの役に立てて、うれしい……」
小さな手が、わたしの背中をさする。しおりちゃんは骨っぽいけど、手はぷよぷよして柔らかくて、熱かった。
わたしは、急に縮まった距離に驚いて突っ立っていた。
初めてできた友達の、初めてのハグにどう対応したらいいのかわからない。喜びのハグなのだから、同じように返せばいいのでは。ふと思った通りに、そっと両腕をしおりちゃんの背中に回す。
「わたしも、しおりちゃんとともだちになれてうれしい」
混乱した頭でよくわからない返事をした。耳元に触れる吐息が、強くなった。
その後の出来事は、はっきりとしている部分と曖昧な部分があった。
チュッと温かくて弾力のある何かが、わたしのうなじに触れた。
ふくよかで温度のある何か。何かは少し湿っていて、夏のぬるいそよ風が当たると触れた箇所がすっと冷えた。
「しおりちゃん?」
何、今の。言おうとした言葉はなぜだか喉に引っかかって出なかった。
抱き合って顔の見えないともだちは、黙っている。
校舎の陰。人気のない場所。ハグとキス。
わたしたちは、イケナイことをしている。
とてつもない不安に駆られて、わたしはしおりちゃんの骨と薄い皮膚を指先でなぞった。
(つづく)
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