【創作大賞2026応募】フレンズ 第六話 鷺沼新
「いやらしいキス」を境に、わたしたちは休み時間――特に昼休みにトイレに行くようになった。
個室の鍵を挿すと、秘密の時間は始まる。しおりちゃんは大抵、唇同士を強く押しつけ合うか、優しいタッチで両手をわたしの体に滑らせるかした。
わたしは、「触られる」より「キスされる」方が嫌だった。わたしの中で、唇へのキスは好きな――わたしのとっては涼一君みたいな――人とすることだった。または、ママの頬に時折お遊び程度にキスをするか……とにかく、わたしの心の全てが溶け合った相手でないとダメだった。しおりちゃんは一卵双生児だと思っていたけど、それとキスは無関係だ。しおりちゃんが好きだけど、この「好き」は絶対キスをする「好き」ではない。そのことは、はっきりしていた。はっきりしているのに、わたしはキスを拒めなかった。
わたしの大事なともだちが「したい」と言ってることは、しなければならない。よくわからない理論が脳内で組み立てられていた。
早くしおりちゃんの興味が他に移らないかな。キスで唾液が唇全体に張りついている時でも、わたしはどこか別の世界に意識を向けていた。トイレの壁がガタッと軋む音。わたしたちの上履きのペタペタ音、トイレの入り口に近づいてくる女の子たちのお喋り。洗面台にいる女子たちに気づかれないように、トイレは一番奥まった個室を使うことをわたしの方から提案した。
「しおりちゃんと仲良くやってる?」
ママに聞かれた時、どうしてもトイレでのキスを打ち明けられなかった。わたしたちのやっていることはイケナイことだ、悪い子がやることだ――ママに叱られるんじゃないか、そんな気がした。
気持ちが限界地点に、日に日に近づいていく。
密閉された個室にいる時、トイレに入ってくる女子の声が聞こえると体が固まった。たった今鳴ったリップ音が、隣またはその隣の個室に聞こえたのではないか。そう思うと、泣きたい気持ちになる。泣くと、壁の外の子が異変に気づくし、何よりしおりちゃんを傷つけるから、瞬きをしないようにして涙をこらえた。
限界だ、と感じるようになって五度目の時だった。
キスをする前に「ちょっと待って」と言われた。
棒のように突っ立っていると、しおりちゃんは突然目の前で制服のスカートをめくった。真ん中に小さなリボンのついた桃色の下着が見えた。
「何して……」
わたしが言い終える前に、しおりちゃんは下着を膝下まで下ろした。
プツンとわたしの中で何かの糸が切れた。
骨が透けて見えそうな脚が、異様に白い。その脚の付け根にわたしと同じ小さな――が見えた。
「おしっこしたい」
そう言って、放心したわたしの前で便座に座る。
ジョロロロッと派手な水音がした。何かが便器の水に当たって跳ねる音だった。酸っぱくて塩気のある臭いが鼻を突いた。
「あかりちゃん」
名前を呼ばれる。恐る恐るしおりちゃんの顔を眺めた。
少女はにこっと可愛く笑った。
「キスしよ」
「……えっ」
ジョロロからシャーッと細い音に変わっていく。
「このままキスしよ?」
そして、便座を支える手と反対の手で唇を指差した。
「ほら、早くっ」
黙って立っていると抑え気味に怒鳴られた。
しおりちゃんに怒鳴られるのは、初めてだ。それだけで、糸の切れた頭はあっさりと命令に従った。
便座に座るしおりちゃんの肩あたりを掴んで、自分の唇を相手のものに押し当てる。秋口で乾燥して荒れた唇が、しおりちゃんの潤いのあるふくらみに触れる。唇のめくれた皮がしおりちゃんの歯に当たる。粘り気のある唾液が皮全体を覆って、糸を引いた。
気持ち悪い。間近に見上げてくるしおりちゃんは、満足そうに生暖かい息を吐いた。湿った空気が、わたしの顔を撫でた。
シュゥゥゥゥッと風船が萎んだような音がする。
ちょうどしおりちゃんが放尿を終えたところだった。
(つづく)
【創作大賞2026応募】フレンズ 第一話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 第二話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 第三話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 第四話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 第五話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 第七話 鷺沼新|鷺沼 新
【創作大賞2026応募】フレンズ 最終話 鷺沼新|鷺沼 新