
絵本小説③『そして空き家になった・・・実家で家族が食卓を囲むまで〜50代の娘の記録〜』空き家が動き出す
【第3章:空き家が動き出す】

「お父さんのものはもうあの家にはない。家を売っても貸しても、いいと思っている。片付けてくれ」
父は自分の自宅終いという大仕事が終わり、私にそう話しました。
「簡単に言わないでほしい。家族として自宅終いをする必要あるかな」
少し前まで一人で残された母が片付けられずに住んでいた部屋は、凄まじい荷物であふれかえっていました。母も片付けようと、もがいたのでしょう。昔の荷物がひろげっぱなしの状態です。私はあまりの物量に途方に暮れていました。
「この家、自分の家ではない。母が残しているものなのに、どうしても片付ける気になれない………」
とはいえ、このままにしておいても、来る度に父の言葉や雑然とした部屋にストレスは募ります。

「一人では無理。姉妹でやってもきっと感情がぶつかって進まない…」
1年近くでしょうか。あれこれと迷い悩み続けたあるとき、私は実家の片付けを経験していると聞いていた友人に助けを求めて来てもらいました。
「親の家だとぐったりきますよね。でも他人の家だと思えば絶対に片付きます。大丈夫ですって!人の家だと思ってやりましょ!」
その力強い言葉に背中を押され、私たちは一つずつ、家具や荷物を動かしていきました。
「これはもういいよね」
と、母がいつか読もうと溜めていた古い雑誌や、来客用にと仕舞い込まれていた大量の食器を、友人は迷いなく仕分けていきます。一つ動かすとテトリスのように次に動かすものが見つかります。動かしている間は無秩序のようですが、不思議と私の頭の中はすっきりしていきました。

家具が動いたリビングは、部屋の奥まで光と風がすーっと通り抜けました。
その新しく生まれた「余白」からは、まるで部屋そのものから
「大丈夫だよ、おいでよ」
と、私たちを包み込むような温かい声で語りかけられた気がしました。物で埋め尽くされていた場所が、「居場所」として息を吹き返したようでした。

「ここに、引っ越してみようかな」
私は自分の仕事、自分の家、父の施設、そして実家の管理の行き来に疲れを感じていました。都心から郊外へ、週に何度も行き来をすることは、10 km にも満たない距離であっても、電車やバス乗り継ぎなどで半日、何か父のことで変化が起きると人との連絡や気持ちの落ち込みで一日があっという間に過ぎてしまいます。そして、片付いていない時は息苦しくて毛嫌いさえしていた実家に引っ越すという思いもよらなかった選択肢が頭に浮かんできたのです。
「今の自宅を今度は私が終い、この実家に移り住んでみようか」
考え出すと、「私が住むことに対しての父、母、姉妹の気持ち」、「妻の実家に引っ越す夫の気持ちや説得」、「仕事場としても住んでいた夫婦の自宅終いができるのか」など、次々にハードルが出てきます。しかし、余白の生まれた実家の部屋で、そんな未来も良いかもしれないと、先が少し明るく感じはじめられたのでした。
実家に灯る明かりが、バラバラになりかけた家族をもう一度結びつけようとしていました。
(次回つづく ④父母の帰省と家族の食卓(完結編))
①父のマストアイテム
②父、執念の自宅終い
④父母の帰省と家族の食卓(完結編)
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