
閃光の灯る夜
制限小説:
書き出し統一「蠢く気配があった」
4000字以内
蠢く気配があった。正体が分からなかった。
「どう?」
問い掛けには答えない。私はただ目を瞑る。
そうしたものたちは見てはいけない。見るものではない。
「……ねえ。どう」
心配そうな声に、私は徐に瞼を開け、そっと頬笑む。
「うーん、やっぱりだめそ」
「そっか」
二人共々落胆する。
彼女は机に頬をべったりと付けて、溜息を漏らす。
「そう簡単にはいかないもんなんだねえ」
「うん」
私は相槌を返す。
彼女は目だけをこちらにやって、言う。
「もう諦める?」
私はばっと起き上がった。彼女は驚く。
「それはだめだ。それこそだめ。なんのためにここまでやってきたと思ってるの」
それを聞いて、彼女は相好を崩した。そっかあ、そうだよね、と独り言つ。
「でもさあ」
と彼女は切り出す。
「なんもないじゃん」
私は苦い顔をし、あえて問い返した。
「何が?」
「アイデア」
私は苦虫を嚙み潰した。
「あははー、めっちゃ苦悶の表情浮かべてんの、だはは、ウケるー」
彼女は机をバンバンと何度も叩いた。
「あのねえ」
「なーに?」
「もうちょっと親身になってよ」
「なにがー?」
私はクッションを拾い上げて頭に叩きつけた。
彼女は、わあっ、と言ってクッションを奪おうとする。
「ちょっと痛いって、やめてー」
「じゃあアイデアを出せ! 二人で出すんだろ」
「そーだけどさー」
私はクッションを投げ飛ばした。
彼女は髪がぼさぼさになっている。その髪を手櫛で直しながら呟く。
「なーんか、わたしは別にいいかなって」
ムッとした。言い返す。
「でも選ばれたらそれはそれで嬉しいんでしょ?」
「え、そう。まじ。なんでわかった?」
はあ、全くこいつは……。
「あのぅ、声に出てますよぉ~?」
「出してんの。もううっさいな」
「ピリついてんねー」
「そりゃそうでしょ、今日までなんだよ!?」
「らしいね」
「他人事すぎるでしょ」
彼女は再度、机に頬を付け、困り顔をしている。
私も座り直して、原稿の映る画面に向き合う。
彼女は、でもできないものはできないの、とぶつぶつ言っている。彼女も彼女なりに悩んでいるのか。
アイデアは発火である。突然の閃きにシャッターを押せるか。そのことの繰り返しだ。
少し停滞ムードの中、彼女は言った。
「でもさあ、次でよくなーい?」
「何、次って」
「次の応募」
「一年後でしょ」
「でもすぐじゃん」
「すぐじゃない」
「一年って早いよー」
「お婆ちゃんか」
「違うけどー」
「決めたら後腐れなくやりなさい、って名言あるでしょ」
「誰の?」
「……私のお婆ちゃんの」
彼女は面白いもの見つけたと言わんばかりにニヤニヤとし始めた。
そして、何だか得意気になって背筋をピンと伸ばし、私の背中をバンバンと叩いた。
「やあやあ、流石お婆ちゃんっ子だな。うんうん、わかるねえ、その気持ち、わかるわかる。老人は大切にせんとかんなあ~」
「……何、急にそのキャラは」
「私も三つくらいの孫がおってね」
「やっぱお婆ちゃんじゃん」
「めっちゃ可愛いもんだよ」
「お婆ちゃんはあんまめっちゃって使わないと思う」
彼女はキリっとした表情を崩さない。
「さあさ、少年よ」
「どっちかっていうと少女ですけど」
「このー、なんだ、この問題? 事件? 事態?」
「……事態?」
「この事態をまあ、どげんかせんとかんなあ」
はあ、と息が零れるばかり。
私はその場からいざって、棚の中を物色する。
彼女は驚いた声を出す。
「え、飽きてんじゃんか!」
「気分転換ですよーだ」
「えー真面目に考えようよー」
彼女は隣にすり寄ってくる。
「あんたもちゃんと考えてなかったでしょ」
「えー、考えてますけど」
「そうは思えんね」
「でもー、難しいから」
「はいはいわかった。一旦ゲームしてからね」
「さっきのやろうよ」
「さっきの?」
すると彼女は難しい顔をして、何かを口ごもっている。
ピーマンを嫌々食べる子供みたいな状態がしばらく続いたので、私は無視して棚漁りを続ける。
すぐに彼女は腕を掴んで、ねだってきた。
「やろうよー」
「今のなんだったの」
「え、さっきのアイデア出し作戦だけど」
「私、そんなのした覚えないが?」
「してたよー」
「ピーマン食べてない」
「どういうこと?」
「とにかく。今は何も思い浮かばないの」
私は適当なメジャータイトルを摘み上げ、本体に差し込む。
「割と面白かったのになー」
クッションを敷き直して、上に座る。
「もっかいやったらなんかアイデア湧くかもなー」
コントローラーを握って、読み込みを待つ。
「締め切りきちゃうなー」
少しコントローラーを握る手が力む。スタート画面が立ち上がらない。
「ねー」
コントローラーのボタンを押して動作確認をする。問題なし。
「もー」
画面が動き出した。適当なステージを選んで、続きを遊ぶ。
彼女は何も言わない。
しばらく、ゲーム音とコントローラーのカチカチいう音以外に、音はしなかった。画面が暗転している時だけ、冷蔵庫の低いビーっという音が聞こえた。
パソコンの画面は未完結の物語を表示している。規定までの残りあとたった百文字が綴られずにいた。
十分ほどが経過して、彼女が口を開いた。
「これってなにが楽しいの」
「敵を倒せる」
カチカチッ。
「それのなにが」
「爽快感」
カチカチカチッ。
「どのへんが?」
「攻撃が当たる瞬間」
カチカチカチッ。
不意に彼女は立ち上がった。
「ゲームおもしろくないんだけど?」
私は、うん、と小さく返事するだけ。
「なんにもわかんない」
うーん。カチカチッ。
「もう書かないわけ?」
「いや、書くけどー」
「さっきから生返事だしさ」
「うん」
カチッ。
「会話になってないじゃん」
「まー、集中してるし」
「そんなんでアイデア湧くわけ?」
「さあ……」
カチカチカチッ。
「もー!」
彼女は地団駄を踏む。
私は窘める。
「やめてよ、下の階に響くでしょ」
「知らない。それはあなたの責任でしょ?」
「押し付けないでよ」
「こんなことならギター持ってこればよかった!」
「ここはペット禁止ですけど」
「わたしペットじゃないもん!」
「じゃなくて、騒がしくしちゃだめなの」
「もうどこもかしこもルール、ルール。そんなにわたしたちを縛って何が楽しいの?」
「そういうことじゃないでしょ」
「そういうことだよ!」
第一さ、と言いながら、彼女は部屋を歩き回りだす。私は視線で追う。
「このコンテストってなんなの? 何を求めてるの? なんでもとか言いながら実際は基準があるんでしょ? あなたの思う面白い物語ってなに? そんなのみんな面白いと思いながら送ってるでしょ? なのに、審査員は何様? 私は面白いと思いませんでした、って判断するわけでしょ? 傲慢じゃないの? コンテストなんてしない方がいいじゃない! そもそも小説って何? 少しでもキャラクターが喋っていたらいいの? 文章が美しければいいの? 誰にも思いつけない設定ならいいの? 別にそのどれもがなくたって小説じゃない? だったらそういうことを求める方がおかしいんじゃない? わからないものに闇雲に突っ込んでいったって、ただ疲労するだけ。だったらやる意味あるの?」
科白の最後に彼女は私の方を向いた。思わず拍手した。
「……やるじゃん」
彼女はちょっと恥じて、伏し目がちに言った。
「ちょっとアツくなっちゃった……」
私は窓の外を見る。静かな、冷たい音がする。
「外は真っ白なのにね。対照的だ」
「でもさあ」
と彼女は言って、物憂げに零す。
「そうは言っても、結局、アイデアがないんだよね……」
そのとき、私に雷が落ちた。蠢くものの正体を、はっきりと掴んだ。
私は居直って、画面を正す。
キーボードを打ち込む。
彼女が走って、隣に座った。
物語が紡ぎあげられていく。
そして、脳内に迸った最後のピースを写し終えた。
二人して画面を覗き込む。顔を見合わす。
「これって、いけてるくない?」
彼女が言った。
「……いけてるかもね」
「あ、まって、でもでも」
机に乗り出して画面上の一点を指差し、矛盾を指摘した。
「これはなんか辻褄合わない」
「確かにそうだ」
私は書き直す。
「あ、ここも」
私は直す。
そんなやりとりを幾度もして、いつの間にか日付が変わろうとしていた。
原稿が出来上がった。
私たちは、奇跡的に応募締め切りに間に合った。あとは、送信ボタンを押すだけ。
「これってさ」
「なに?」
「もし通ったら、わたしたち、新人デビューなんだよね?」
彼女の声は少し震えていた。いままでは夢物語だったものが、確かに現実みを帯び始めた。
「そうだよ。間違いない」
彼女は頷いた。
二人でタイミングを合わせ、エンターキーを押す。
そのときの私たちには結果はわからなかったが、少なくとも今が一番、物語の中で輝いているということだけは、はっきりとわかった。
夜が更けていた。
以下、同一条件で挑戦しているもの。