
遠征コントマン爆誕記念日🦸♂️〜債権者集会で起きた予想外の出来事〜
はじめに
債権者集会は「ほとんど誰も来ない」「数分で終わる」と聞いていました。
それでも私には、ひとつだけ大きな不安がありました。
ある元関係者が来るかもしれない、ということ。
過去の経緯もあり、顔を見るだけで動揺してしまうかもしれない。
取り乱したらどうしよう。
進行の妨げになったらどうしよう。
だから事前に、申立代理人の先生を通して裁判所へ配慮を相談しました。
(相談した時の詳細はこの記事で書いてます↓)
結果、可能な範囲で最大限の配慮をしてくださいました。
待機場所、動線、座席位置。
当日は、裁判所の方や申立代理人の先生がまるでSPのように付き添ってくださり、
退出の際も、相手が建物を出たことを確認してから出るようにご配慮いただきました。
守られている感覚が、確かにありました。
当日の流れ
開始45分前に到着するように家を出発。
【開始40分前】
申立代理人の先生に到着連絡をし、合流。
私は車で来ていたので、元関係者Aと接触しないよう、
車内で申立代理人の先生と待機していました。
開始10分前になるまで、集会の流れの説明を聞きました。
先生の話を聞くだけで、緊張感が不思議と落ち着いてきました。
【開始10分前】
裁判所内へ。
受付に行くと、女性スタッフの方が集会の部屋に案内してくれました。
部屋に入ると、既に管財人と書記官の方が準備をしておりました。
挨拶をし、女性スタッフの方から席配置の配慮の説明を受けました。
実際に自分の目で確認し、最終的に用意していただいた配置で
進めることになりました。
実際の配置がこちらです↓

想像していたよりも、空気は静かで淡々としていました。
入室。着席。
隣には先生。
壁のような安心感。
私は特に取り乱すこともなく、落ち着いてその場にいられました。
開始時間まで席で待機しました。
【集会開始】
法人分、個人分ともに管財人が作成した報告書に沿って説明が進みました。
ただ、債権者が出席していなければ、内容にはほぼ触れられずに終了。
出席していても、管財人が報告書を少し読み上げて説明する程度。
次回の債権者集会の日程調整をして、ものの5分程度であっさり終了しました。
他の方の記事で、
「申立人、何か言いたいことはありますか」などと
聞かれると見たことがありましたが、
今回私に振られることはありませんでした。
恐らくこれも、裁判所の配慮なのかもしれないと感じました。
謝罪の弁を伝えた方がいいのかなと思いましたが、発言権を与えられていないのにわざわざ言うのもと思い、辞めました。
報告書について
当日、管財人から報告書が配布されました。
正直、事前にどこまで読めるのか、どんな内容なのかもよく分かっていませんでした。
実際は、読み込む時間はほとんどありません。
流れの中で説明があり、あっという間に終了。
なお、裁判所や管財人によっては、事前に申立代理人へ共有されるケースもあるそうです。
その場合は事前に読み込めるため、当日の流れを予測しやすいとのこと。
今回はその場で受け取る形でした。
報告書の具体的内容についてはこちら↓
そして、来ました。
電車で1時間以上。
登記場所と今回の集会実施裁判所の都道府県は異なります。
移動は決して楽ではない距離。
元関係者Aはやはり来ました。
債権者で来たのはこの人だけでした。
来たということは
正直、覚悟していました。
何か言われるかもしれない。
納得いっていないのかもしれない。
責められるのかもしれない。
裁判官:「債権者、質問はありますか?」
一瞬の間。
元関係者A:「特にありません。」
……え?
ないんかい!
その瞬間、机に置いていた腕が肘からガクッと落ちそうになるくらい、拍子抜けしました。
思い返すだけで頭の中では、吉本新喜劇のBGMが流れていました。
ズコーーーー!!!
電車で1時間以上かけて来て、
報告書を受け取り、
数分座り、
「特にありません」と言って帰る。
この日、私の中で彼は
元関係者A から
「遠征コントマン」 へと進化しました。
本来、債権者の方に対してこのようなあだ名をつけるのは、
あまり良いことではないと思っています。
それは十分わかっています。
ですが、これまでの彼との関係性や、これまでの言動、
そして今回の出来事を踏まえると——
どうしても、私の中ではこういう言葉でしか整理できませんでした。
※元関係者A、改め「遠征コントマン」との関係性、経緯については
こちらの記事で詳しく↓
なぜ来たのか問題
集会では「特にありません」と言って帰った
元関係者A、改め「遠征コントマン」。
ところが、
「離職票が欲しい」
「本当に破産するんですか?」
といった問い合わせはしているそうです。
自分に関わることは、確認する。
でも一方で――
「遠征コントマン」しか連絡先を知らない、預かり商品の作家さんについては、管財人経由で「確認します」と言ったきり、
「わかりません」とも何も返答はありません。
その結果、商品は返却できないまま、現在も保管中です。
責任感で集会に来たのだとしたら、
ほんの少し方向が違うようにも感じる。
疑問や納得いかないことがあるなら、
あの場で発言することもできたはず。
それでも選んだのは、沈黙。
主張はする。
でも、必要な場面では何も言わない。
……やっぱり、どこか中途半端。
だから私は、彼を
「遠征コントマン」と呼ぶことにしました。
※「遠征コントマン」は別記事でも
深掘りしていこうと思います。
終わってみて
怖さというのは、想像の中で一番大きくなります。
債権者集会の前、私は
「もしあの人が来たらどうしよう」
そればかり考えていました。
でも実際には、裁判所の方や申立代理人の先生が配慮してくださり、守られていると感じられる環境の中で集会は進みました。
そして私は、取り乱すこともなく、無事にその場を終えることができました。
あれだけ不安だった存在は、今となっては
「ただ座って帰った人」「遠征コントマン」です。
電車で1時間以上かけて来て、
報告書を受け取り、
数分座り、
「特にありません」と一言。
そのまま帰っていきました。
正直、拍子抜けでした。
でも同時に、思ったことがあります。
私は、やるべきことに向き合ってここまで来た。
でもあの人は、どこか中途半端なままそこにいる。
もしかすると、もう違うフェーズの人なのかもしれない。
そんなふうに思えたことは、私にとって一つの区切りだった気がします。
そして実は、翌日。
スマホのスケジュールを書き換えました。
「第一回債権者集会」
だった予定を――
「遠征コントマン爆誕記念日」
に。
次回の予定も、すでにこう書き直しています。
「遠征コントマン再来か」
第二回の債権者集会もあります。
ただ、今回のように配慮していただけるという安心感があります。
それだけで、気持ちはまったく違います。
もうこれは、未知の不安ではありません。
もし次回も遠征コントマンが現れたら――
きっと脳内で吉本新喜劇のメロディが流れるでしょう。
そのときは、
笑って取り乱さないように気をつけたいと思います。
ある意味、少しだけ楽しみです。