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法人個人破産の経緯|自己紹介

    はじめに

    私は現在、法人と個人の自己破産手続きの真っ最中です。
    夫と10ヶ月の息子と3人暮らし、私は夫の扶養内で看護師のパートをしています。
    子育てと仕事の両立ができてきたら、扶養を外れようと思っています。
    この記事では、なぜ私が自己破産に至ったのか、法人経営の経緯、そしてその中で感じた葛藤や学びを、できるだけリアルに書きたいと思います。


    起業のきっかけと理念

    副業をちょこちょこしていた私は、ある副業でAさんという男性に出会いました。
    同じ地方の方ということもあり、歳は離れていますが、交流することが多くなりました。
    私が夫の転勤で看護師として働いていた病院を辞めようとしていた時、
    Aさんから「一緒に会社をやらないか」と誘ってきました。
    私はAさんのやりたいことや理念に共感し、一緒にやりたいと思い、夫にも了承を得て起業することになりました。
    Aさんが発起人でしたが、「若い女性が社長になったほうが、融資の面でも有利になる」と言われ、私が社長になることに。
    会社は私の認識では「二人の会社」としてスタートしました。

    創業直前、Aさんの事情があって、この時点では役員などの役職に就かず、資金面もすべて私が出す形になりました。(のちに後追いコンサルタント契約→正社員に)
    Aさんは営業経験豊富で過去に経営経験がありました。
    私が創業後に妊娠したこともあり、Aさんの実務の比重も大きかったです。
    私の中では「二人の会社」という認識だったこともあり、何かを決定する時には必ずAさんに相談し、経営アドバイスにも乗ってもらいました。
    そのバランスで、私はお金を出すことで二人の役割が成立していたのです。

    会社の理念は、

    • 社会的弱者の支援

    • 相互扶助

    • 社会貢献

    の3本柱でした。
    法人破産という形で会社が終わることになった今でも、この理念は私の原点として残っています。

    経営が行き詰まった理由

    会社経営がうまくいかなくなった背景には、複数の要因がありました。

    • 取引先の廃業

    • 新たに始めた事業でも、昭和体質の取引先に振り回され、無理難題を突きつけられ内容も二転三転し、損失を抱える。

    • 融資前提の経営だったが、実績が不十分で融資が下りず。個人名義でのビジネスローンも組み始めた。

    • Aさんとのいびつな関係(結果的に私はAさんに営業経営等で依存し、Aさんは私にお金で依存していた)

    融資が下りなかった後、社労士や税理士、そしてAさんと話し合い、一部社員の解雇やAさんを無報酬役員にする案を決めました。
    解雇される社員(Bさん)への配慮から、表向きには「AさんとBさんを解雇する」と伝える予定でした。

    しかし、最終的にAさんは裏切りました。
    私はパニックになり、Aさんから「対価を払え。払わないなら協力しない。」と言われました。
    「あなたが言い出しっぺなのに、何も払っていないじゃないか。私のお金で自分のやりたいことだけやって、尻拭いは私か…」と思いました。
    しかし、Aさんはもっともらしい反論をし、私は言い返せず、土下座させられる状況に。

    その結果、私はストレスで切迫早産と診断を受け、自宅安静を指示され、物理的にも精神的にもどうすることもできなくなりました。(その後息子は無事に正期産で産まれましたので、ご安心を)
    こうして、法人としても個人としても、自己破産しか選択肢がなくなり、母子ともにリスクを覚悟して弁護士に駆け込んだのです。

    この土下座事件についてはこちらで詳しく↓



    自分自身の反省

    もちろん、私にも反省があります。
    まず、資金の負担が均等でない状況でAさんと会社を進めようと決めたこと。
    Aさんに頼りすぎていた、依存しすぎていたこと。
    妊娠していた時点で、一度休止するなど選択肢はあったはずです。

    取引先の廃業や新規事業失敗など、会社を閉じるきっかけになり得る出来事は数多くありました。
    それでも「一度やり始めたから、進むしかない」と思い込み、途中で立ち止まることなく進み続けてしまったのです。

    この経験から、状況を客観的に見極め、無理な時は立ち止まる勇気も必要だと痛感しました。
    逃げずに向き合ったことは誇るべきことかもしれませんが、冷静に判断する大切さも学んだ出来事でした。


    Aさんへの思いと債権放棄

    正直なところ、Aさんにも少しは責任を負ってほしいという気持ちはあります。
    実際、会社としてはAさんの社員時代の給料やコンサル契約時の費用を一部未払いのままのため、Aさんは債権者としてこちらに関わってきます。

    ただし登記上、会社の社長は私であり、Aさんは一社員。
    法的にAさんの責任が問われることはないでしょう。
    結局、Aさんは「一債権者」として債権を主張する立場にとどまることになります。

    一方で、債権放棄の事例もあります。
    融資書類作成などでサポートしてくださった税理士さんは、債権を放棄してくださいました。
    善意で責任を感じたか、別の理由によるものかは分かりませんが、こうした例もあります。

    債権放棄の有無が必ずしも責任感の表れではないとはいえ、
    実際に債権放棄された方がいる以上、そう考えずにはいられません。

    さらに私が弁護士と契約して数か月後、
    今まで「一債権者」として主張をしていたAさんが、突然在庫商品の売却を手伝うと申し出てきました。
    しかし、私は信用できず、また余計な「仮の和解」や期待を作りたくなかったため、その提案は受けませんでした。
    こうした出来事も含め、最終的には自分で全て向き合い、手続きを進めるしかなかったのです。

    本来であれば、Aさんは経営に少しでも関わった立場として、発起人として何らかの責任を取るべきだと私は思っています。
    しかし私は全ての責任を一人で背負う形になりました。

    だって、会社に誘ってきたのはAさんです。
    それなのに社労士には創業から数か月後に「私はそこまでの責任は負いたくない」と言っていたそうです。
    創業当初は「あさひさんを一人で船に乗せてしまった。だから外からになるけど責任を持ってサポートする。」と言われ、私はその言葉を信じました。
    しかし現実は言葉とは裏腹で、責任を取る姿勢は最後まで示されませんでした。

    結果的に、私は看護師6年間で貯めた約700万の貯金を溶かしました。
    高すぎる人生の勉強代です。

    Aさんは負担額0円。
    むしろコンサル代と給与をもらってます。

    今はもう割り切って、最後まで向き合う覚悟を決め、進んでいます。


    現在と今後の発信について

    現在は手続き進行中ですが、再起に向けて看護師のパートをしながら在宅ワークやAIを活用した取り組みも行っています。
    この記事を公開する理由は、同じような状況で悩んでいる人に「こんな道もある」と伝えたかったからです。

    法人破産、個人破産、それぞれの体験や学びを共有することで、誰かの参考になればと思います。
    そして、会社は終わったとしても、理念を形を変えて残すことはできる――それを伝えたくて、このnoteを綴っています。


    「法人破産」と「自己破産」の手続きで起きたことのリアルレポ↓

    リアルレポとは別で、心情面にフォーカスしたマガジン↓

    「遠征コントマン」こと、「元関係者A」のトンチキエピソードを、私自身の戒めもこめて楽しくまとめてます。
    憎き人でもこんな風に昇華できるんだと思ってもらえれば嬉しいです。↓

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