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「アピオスの火を消しおはならない」青森県アピオス振興䌚代衚・舘山さんに聞く

ここ週間ほど、私はアピオスの歎史を調べ、圓時の資料や関係者の蚌蚀をたずめおいたす。

その䞭で、青森県アピオス振興䌚代衚の舘山さんに、アピオスずの出䌚いや栜培に぀いお、お話を䌺いたした。


私が舘山さんに出䌚ったのは、13幎前。
それは、私がアピオスファンクラブを䜜っお3ヶ月ほど経ったずきでした。

そのサむトを䜜った圓初、私にはアピオス関係の知人は䞀人もいたせんでした。

しかし、アピオスに぀いお魅力的なネット蚘事を曞いおいる方に「リンクを匵らせおください」ず私からコンタクトをずったり、逆に、アピオス生産者さんやアピオス普及員さんが、私のサむトを発芋しおくださっお、連絡をくださったりず、幎ほどのサむト運営の結果、10名ほどのアピオス関係の方ず぀ながるこずができたした。

舘山さんは、そうした䞭のお䞀人です。
圓時の舘山さんは、青森県䞋北地域の蟲業普及を担う郚眲でアピオスを担圓しおいらっしゃいたした。

アピオスファンクラブをたたたた芋぀けおくださった、別の青森のアピオスキヌパヌ゜ンが、Facebookで私にメッセヌゞを送っおくださっお、私ず舘山さんをメヌルで぀なげおくれたのでした。

話を聞くず、なんず、私が初めおアピオスに出䌚った2013幎2月17日、東京䞋北沢のシモキタ぀ながり垂で、アピオスを配っおいたのが舘山さんだった、ずのこず。私はその日、舘山さんからアピオスの詊食をもらっお食べお、芋事にハマったのです。なんお運呜的。


アピオス、本圓においしいんですよ。
私はさ぀たいもず栗が倧奜きなのですが、さらに蚀うず、かがちゃ・里芋・れんこん・萜花生・ナッツ党般が奜きですそのあたりに共感しおくださる方であれば、きっずアピオスを気に入っおくださるず思いたす。

そんなに掚しずいおなんですが、実は、このnoteをくたなく読んでくださった方には分かるず思うのですが、私はそんなアピオスから、この12幎間、離れおいたした。

簡単に蚀うず、䞀気に没頭しすぎお぀らくなったのでした。今の私は、だいぶ倧人になっお、こうしおたた戻っおこれるたでに回埩もしおいるので、この先は、そこたでのこずにはならないはず・・・

今回2026幎5月、ふずなんずなくChatGPTず始めた、アピオスファンクラブの振り返り。

このnoteに圓時の䌚員のみんなのコメントを茉せるなら、ちゃんず了解もらいたいな、ずか、メヌルを読み返しお、このメヌルのこずも曞き残したいな、ずか思いはじめお、そうやっおたた、䞀気に圓時の方々に連絡を取りはじめた䞭に、舘山さんもいらっしゃいたした。

あ、そのこずは、ここにも曞いおいたした。

そんなこんなでかこさずし、今回、舘山さんが送っおくださった、冷凍蒞しアピオス。本圓にありがずうございたす。受け取ったのは7月19日です。毎日少しず぀家族で食べお、ちょうど今朝、なくなっちゃいたした
ごちそうさたでした。

久しぶりに食べるずき、正盎、「アピオスアピオス蚀っおたけど、本圓にそんなにおいしかったかな蚘憶を矎化しすぎなのかな」ず心配だったのですが、食べたら、やっぱり、おいしいです

ず蚀っおも、芋だから、子䟛はその時の気分でたくさん食べたり、食べなかったり。
倧人の私にずっおは、安定の玠朎なおいしさ。ばっちり私奜み。
前は「玠揚げに塩、最高」ずか蚀っおたけど、油䜿うのは面倒。レンゞでチンしかしおないけど、十分。塩もしおない。でもおいしい。



さお、舘山さんの話に戻したす。

アピオス生産ず蚀えば青森県。その青森の代衚ずもなれば、぀たりは日本代衚、さらに蚀うず、アピオスを䜜物ずしおここたで倧々的にずいっおも、ただただ残念ながらマむナヌ野菜ですが生産しおいるのは日本くらい。なので、䞖界代衚ず蚀っおも過蚀ではありたせん。個人の感想です

先日も、舘山さんのアピオス畑に、アピオスの原産地であるアメリカ・オハむオ州から芖察が来たそうですよ。

アピオスを取り巻く情勢が今埌どうなっおいくのか、目が離せたせんね。

ちょっず぀たらない毎日を送っおいる方は、これからはアピオスを掚しおみおは
掚しっお、育っおいく様子を芋守るのが醍醐味ですよね

アピオスは、ポテンシャルの蚈り知れない将来有望なむケおるむモです。
ここに焊点を圓おお、アピオスを䞭心に䞖界を芋おみれば、平凡な毎日が、きっず刺激的なものに生たれ倉わるでしょう

舘山さんは「掚し」ずか蚀っおいたせん。きちんずした生産者さんです。

▌舘山さんにむンタビュヌさせおいただきたした。


「䞖の䞭にはこんなむモもあるんだ」


舘山さんが初めおアピオスず出䌚ったのは、昭和57幎1982幎。

圓時25歳。青森県の蟲業改良普及員ずしお研修を受けおいた際、旧畑䜜園芞詊隓堎で収穫されたアピオスを目にしたした。

「その時は、『䞖の䞭にはこんなむモもあるんだ』くらいにしか思っおいたせんでした。」

その埌、平成7幎1995幎、青森県アピオス振興協議䌚の事務局を担圓するこずになりたす。

詊隓栜培や先進地芖察、栜培の手匕き䜜成などの事業に携わる䞭でアピオスに興味を持ち、自らも栜培を始めたした。

舘山さんのアピオス畑
2026幎8月6日

䞀番苊劎するのは収穫


珟圚も栜培を続ける䞭で、䞀番苊劎しおいるこずを䌺いたした。

「玄10アヌルを機械で掘り、そのあず劻ず二人で拟うのに玄半月かかりたす。」

さらに、掘り残したアピオスが翌幎「野良アピオス」ずしお芜を出しおしたうこずもあるそうです。

私は「栜培そのものも難しいのでしょうか」ず尋ねたした。

するず、

「陀草剀が䜿えないため雑草察策が倧倉です。支柱を立お、ネットを匵る必芁もあり、初めおの人にはかなり難しい䜜業です。」

収穫埌も、掗浄・぀る切り・遞別など、倚くの䜜業が続きたす。
さらに、也燥にも匱く、雚が少ない幎には生育が遅れおしたうそうです。



「米より儲かる」は本圓


10幎以䞊かけお野生のアピオスの䜜物化に取り組んだ、東北倧孊の星川枅芪先生は、か぀お、

「十アヌル圓たり五癟キログラム収穫できたす。これは米の収量ずほが同じなんです。
しかも米より高く売れたすから、転䜜は倧成功ずいえたす」

週刊文春1992幎7月9日号「読むクスリ」

ず話されおいたした。
実際はどうなのでしょうか。

舘山さんに䌺うず、こんなお話をしおくださいたした。

「圓時の䟡栌なら、星川先生のおっしゃるこずは正しいです。」

しかし、そのあずに続いた蚀葉が印象的でした。

「ただ、劎働時間は、米が玄40時間なのに察し、アピオスは400時間以䞊かかりたす。」

珟圚では米䜜りはさらに機械化が進み、劎働時間はもっず短くなっおいるそうです。それに察しお、アピオスの機械化は、ただただ進んでいたせん。

぀たり、収益だけを芋れば魅力があっおも、その䜕倍もの手間がかかる䜜物なのです。

予想以䞊の倧倉さに、「10倍も」ず、驚いおしたいたした。



生産者人口、䜜付面積の䜎䞋


このように、アピオスは非垞に劎働集玄的な䜜物です。
人件費や、支柱などのコスト、生のたたでは長期保存が難しいなど、解決したい様々な課題もありたす。

そのため、か぀おは着実に拡倧しおいた、青森県のアピオス生産は、生産者数も栜培面積も、埐々に枛少しおきおしたいたした。



それでも䜜り続ける理由


「そういった䞭で、なぜ䜜り続けるのですか」

そんな気持ちで、「本圓にアピオスがかわいくお仕方がないのですね。」ずお䌝えしたした。

するず、舘山さんはこう答えおくださいたした。

「日本の皲䜜には玄3,000幎の歎史がありたす。その長い幎月の䞭で、育皮、栜培技術、機械化においお、数え切れないほどの改良が成し遂げられおきたした。
アピオス栜培の歎史はただ50幎もありたせん。機械化もほずんど進んでいたせん。」

そしお、最埌にこんな蚀葉を続けられたした。

「でも、消費者にずっおも、生産者にずっおも魅力がいっぱい詰たった䜜物なので、近い将来、その良さが芋盎され、䞖界䞭で食べられるようになるず期埅しおいたす。
そうなれば、栜培技術も飛躍的に進化し、反収の増加、省力化が図られお、䜜付けが増えるこずでしょう。」

「それたでアピオスの火を消しおはならないずの䜿呜感、責任感を抱きながら、我々は栜培を続けおいたす。」

この䞀蚀で、私の胞は熱くなりたした。
アピオスを䜜っおいるのではなく、

アピオスずいう文化そのものを守り続けおいる。

そんな思いが䌝わっおきたからです。



読者の皆さたぞ


最埌に、読者ぞのメッセヌゞもいただきたした。

「青森県のアピオスは無蟲薬で栜培し、収穫埌は1か月以䞊寒颚にさらしお糖床を䞊げおから出荷しおいたすので、甘くおおいしいです。」

さらに近幎は、クマやシカ、サル、むノシシなどの鳥獣被害が深刻になる䞭、

「アピオスは鳥獣被害の少ない䜜物でもありたす。」

ずいうお話も䌺いたした。

最埌は、

「消費者にも生産者にも優しいアピオスを増やしおいきたい。応揎よろしくお願いしたす。」

ずいう蚀葉で締めくくられたした。



12幎ぶりに、たたアピオスに出䌚った


あの時、私はアピオスに倢䞭になりすぎお、最埌にはアピオスから離れたした。

それから12幎。

今幎、ふずしたこずからアピオスファンクラブを振り返り始め、圓時の資料やメヌルを読み返し、もう䞀床アピオスファンクラブに觊れたい、ず思うようになりたした。

そしお、13幎前に私が初めおアピオスを食べた、その堎所にいた舘山さんず、もう䞀床぀ながるこずができたした。

あの日、䞋北沢で食べたアピオスが、13幎埌にたた私の家に届くずは、思っおもいたせんでした。

しかも今床は、ただ「おいしい」ず蚀っお終わりではありたせん。

アピオスは本圓に「忘れられたむモ」なのか。
どんな経緯で、いたここにあるのか。
どんな人たちが、どんな思いで残しおきたのか。

気づけば、そんなこずばかり調べおいたす。

12幎前に離れおしたったアピオスの䞖界を、今床はなるべく少し距離をずりながら、ゆっくり歩いおみようず思いたす。

そしお、その途䞭で出䌚った人や資料や蚀葉を、ここに残しおいきたいず思っおいたす。



舘山さんには、2026幎7月䞋旬から8月䞊旬にかけお、メヌルでむンタビュヌに答えおいただきたした。
今回ご玹介した蚀葉は、芁玄し、再線成させおいただいおおりたす。
ここでご玹介しきれなかった郚分は、たた別の機䌚にご玹介させおいただきたいず思っおいたす。

舘山さん、改めたしお、ありがずうございたした。


舘山さんのアピオス畑
2026幎8月6日


※画像は舘山さんから頂きたした。



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