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デーモン・アルバーンと映画音楽 番外編:『パディントン』で移民の物語を歌うカリプソ・バンド

    annamarie

    これまでの映画音楽シリーズ
    Part 1:幻の劇伴デビューとソロ名義の誕生
    Part 2:一度だけの俳優業
    Part 3:初の長編スコア『ラビナス』と作曲家としての転機
    Part 4:『私が愛したギャングスター』とオーケストレーション

    Part 4と5はどこへ?

    デーモンの映画音楽の仕事を時系列で追うと、前回取り上げた『ラビナス』(1999年)の次は、『私が愛したギャングスター』(2000年/初めて単独で担当した長編映画スコア)、元The Sugarcubesのアイナール・オルン・ベネディクトソンと共同制作した『101 Reykjavík』(2000年)、妹ジェシカの絵本をもとにした短編映画『The Boy in the Oak』(2011年)と続きます。

    その後、2012年初頭に、デーモンはマイク・スミスらと映像作品のために音楽を作るElectric Wave Bureauを結成。そこから『Broken』(2012年)の全編スコア、『Lucy』(2014年)への一曲提供、『パディントン』(2014年)のカリプソ曲、水泳ドキュメンタリー『Swim the Channel』(2016年)の音楽、『パディントン2』(2017年)のカリプソ曲、『The Kid Who Would Be King』(2019年)の全編スコア…と続いていきます。
    (もし抜けがあればコメントで教えてください!)

    本当はこの順番で一つずつ追うつもりだったのですが……ちょっと今、夏休みでして、なかなか映画を一人で観る時間もなければ、ヘビーな映画を観る気力もない。そこで、子どもと一緒に観られそうな『パディントン』1と2を、軽い気持ちで先に観てみました。
    ところが実際に観て調べてみると、カリプソ曲の使われ方も、その音楽が映画に入るまでの経緯も思っていた以上に面白かったので、Part 4と5を飛ばして、先に『パディントン』について書くことにしました!

    なぜデーモンが『パディントン』?

    デーモンの映画音楽の仕事を時系列で眺めていて、かなり不思議だったのが『パディントン』だった。

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    他の作品のようなホラー映画、ちょっとひねくれたコメディ、重めの社会派映画は何となくわかる。
    デーモンは作品にも仕事の進め方にも強いこだわりがありそうだし、調べていると正直、映画への関わり方についてはいろいろと面倒くさそうな人でもあった(笑)。そんな彼が、青いコートを着たクマのファミリー映画に積極的に関わる姿が、どうにも想像できなかった。ただ、私自身、パディントンについて知っていたのは外見程度で、物語の内容もほとんど知らなかった。

    そこで、この仕事を受けた経緯を調べてみると、2014年にBBCが掲載した「The story behind Paddington’s calypso songs」という記事が出てきた。

    入口にあったのは、Honest Jon’sとカリプソだった

    『パディントン』の監督ポール・キングは、妻から、当時ほとんど顧みられていなかった戦後ロンドンのカリプソ音楽を教えられたという。
    それは、マイケル・ボンドが『くまのパディントン』を書き始めた頃、物語の舞台となるノッティング・ヒル周辺で、カリブ海地域から移住してきた人々が作っていた音楽だった。
    キングがそのなかで出会った曲の一つが、ロード・キチナーの「London Is the Place for Me」だった。

    ロード・キチナーは、1948年にカリブ海地域から多くの移民を英国へ運んだエンパイア・ウィンドラッシュ号の乗客の一人だった。船を降りた際には、ニュース映画のカメラに向かって、まさにこの「London Is the Place for Me」を歌っている。


    そしてキングが「London Is the Place for Me」を知ったのが、デーモンも運営に関わるHonest Jon’s Recordsのコンピレーションだった。


    Honest Jon’sについては以前記事を書いたので、ぜひそちらも読んでみてほしい。

    簡単にいうと、デーモンがかつて住んでいたノッティング・ヒルの近く、ポートベロー・ロードにあるレコード店で、のちにデーモンが店の人たちと一緒にレーベルも立ち上げた。
    (ちなみに、『パディントン』で重要な場所となる骨董品店も、まさにこのポートベロー・ロードにあるという設定らしい。)

    キング監督は曲に感銘を受け、演奏できる人を紹介してもらえないかと思い、デーモンのエージェントへメールを送った。
    返事は来ないだろうと思っていたし、来たとしても、誰か詳しい人を紹介してもらえれば十分だと思っていたらしい。ところがデーモンは、ぜひ関わりたい、バンド結成を手伝い、自分のレコーディングスタジオも使っていいと返してきた。

    Honest Jon’sを通じて長年関わってきたカリプソを、戦後ロンドンの移民の歴史と重なるパディントンの物語に取り入れること。それが、デーモンがこの仕事に積極的に関わろうとした大きな理由の一つだったのだと思う。この経緯を知ると、デーモンが『パディントン』…?という違和感はなくなり、むしろかなりデーモンらしい仕事だったことがわかった。

    ちなみに、この仕事はデーモン個人ではなく、Electric Wave Bureau名義(多分Part 5あたりで説明する)で行われている。Spotifyでサウンドトラックのカリプソ曲のクレジットを開いても、プロデューサーとして表示されるのはElectric Wave Bureauでデーモン個人の名前は出てこない。BBCの記事を読まなければ、デーモン自身が演奏家を集めStudio 13を提供した経緯まではわからない。
    当時はデーモンの関与についてちょこちょこ音楽ニュースにもなっていたようなのだけれど、2010年代の記事って、今見ると結構消えているんですよね…

    パディントンより先にロンドンへ来た人々の歌

    実際に映画を観てみると、このカリプソ・バンドは映画の重要なパートになっている。

    バンドはロンドンの街角に実際に登場し、物語の節目ごとに、そのときのパディントンの状況や気持ちに重なる歌を演奏する。キング監督も、いつも自分の感情を言い当てた歌を演奏しているバンドがいることで、映画のロンドンに魔法のような雰囲気が加わったと説明している。

    最初の『くまのパディントン』が出版されたのは1958年。物語の舞台となるノッティング・ヒルでは、その前後の時代、カリブ海地域から渡ってきた移民たちが暮らし、音楽を鳴らしていた。
    映画のカリプソは、ロンドンへ渡り新しい土地で暮らそうとした人々の音楽を、同じように海を越えて居場所を探すパディントンの物語に重ねている。
    パディントンより先にロンドンへ来た移民たちの歌が、彼の到着を迎え、その生活を見守り、最後には新しい居場所を得た彼を祝福する。
    この背景を知ると、「London Is the Place for Me」が流れる意味も変わって聞こえる。

    高橋芳朗はTBSラジオで、カリプソにパディントンの心情を代弁させた時点で、英国における移民の歴史を意識せざるを得ない、と解説していた。(参照した書き起こし記事はこちら)

    実際に観てみると、パディントンが移民に重ねられていることは私にもかなり明確に感じられた。
    現在、同じ題材で映画を作れないとまでは言えないけれども、2014年の作品だからこそ、これほど政治的な主題を、説明しすぎず、温かく、軽やかな家族映画の中へ置くことができたのかもしれないとは思う。

    カリプソ・バンドは『パディントン2』にも引き続き登場する。ただし、第1作で移民としてのパディントンの心情を代弁していたときに比べると、その役割は少し変わっている。窓拭きのモンタージュではゴンドラに乗り、パディントンが刑務所へ入るとメンバーも囚人服を着て歌うなど、物語の状況に合わせて現れる少しコミカルなコーラス隊に近い。

    物語上の存在感は第1作より控えめだが、パディントンが刑務所の人々を変えていく場面で流れる「Love Thy Neighbour」や、エンドタイトルの「Jumping the Line」まで、カリプソは第1作から続く映画の世界の一部として残されている。


    映画のために生まれたバンドの、その後

    バンドのキーボード奏者Felix Ruizのインタビューによると、Tobago and d’Limeは『パディントン』の録音と出演のために結成され、楽曲制作ではマイク・スミスとデーモン・アルバーンと密接に仕事をしたと振り返っている。バンド全員で曲を解釈し、カリプソとしての自然さや本格性を整えていったという。

    映画のために組まれたこのバンドは、その後もTobago and d’Limeとして活動を続けている。
    2024年には「Bring Me Sunshine」、2025年にはEP『Is How d'Story Go』を発表している。EPではTobago and d’Lime自身が全曲をプロデュースし、そのうち5曲でTristan Powellが共同プロデューサーを務めている。公表されているクレジットには、デーモンやElectric Wave Bureau、Studio 13の名前はない。
    少なくとも現在は、デーモンたちとは別の制作体制で、自分たちの作品を発表しているようだ。

    さらにTobago and d’Limeは、2024年公開の第3作『パディントン 消えた黄金郷の秘密』にも参加し、「Dingolay」を演奏している。この曲の作曲者として記載されているのはバンドのメンバーたちで、デーモンやElectric Wave Bureauのクレジットはない。
    映画のために生まれたバンドは、EWBとは別の制作体制になった後も『パディントン』の世界に残り続けていた。

    ※なお、2016年にはデーモンとマイク・スミスがラジオで、すでにバンドのアルバムを録音しており、『パディントン2』の公開まで発売を待つつもりだと話していた。ただ、このアルバムが実際に発売された形跡はなく、2025年のEPは別の制作陣によるものなので、当時録音された作品がどうなったのかはわからなかった。お蔵入りになったのか、あるいは2025年のEPに一部のアイデアが引き継がれているのか…

    さいごに

    映画そのものも、ブラウン家のカラフルなインテリアやロンドンの街並みがとても素敵だった。ただ、素敵な家の中がパディントンによってどんどん破壊されていくので、私はちょっとストレスだった(笑)。悪役がニコール・キッドマンなのにも少し笑ってしまった。子ども向けの作品ではあるけれど、大人が観ても十分楽しめると思う。ちなみに、この映画を観たあと、すっかり影響されてマーマレードを買いました。明日の朝ごはんはマーマレードサンドです。

    次回は今度こそ、『私が愛したギャングスター』『101 Reykjavík』『The Boy in the Oak』など、Electric Wave Bureau結成以前の仕事をまとめる予定です。たぶん。おわり。


     
     
     
    音楽すき。猫と子育ても。普段はXにいる。 Damon Albarnまわりの音楽を中心に、作品の背景やインタビューなどを記録・整理していく予定です! Blur / Gorillaz / デーモンソロ / 周辺作品多め。 2023年再結成からの後追い勢。

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