
デーモン・アルバーンと映画音楽 Part 1:幻の劇伴デビューとソロ名義の誕生
『Artificial』の前に、これまでの仕事を振り返る
デーモン・アルバーンの活動といえば、Blur、Gorillaz、The Good, the Bad & the Queen、オペラ、アフリカをはじめとする各地の音楽家との共同制作…と、ただでさえ範囲が広い。
その中で、意外とまとまって語られることが少ないのが映画音楽の仕事だと思う。
デーモンは1990年代末から2000年代初頭にかけて、複数の長編映画のスコアを手がけている。その後も、映画のために曲を書いたり、短編作品に音楽をつけたりと、途切れながらも映画との関わりを続けてきた。
そして現在、ルカ・グァダニーノ監督の新作『Artificial』で、オリジナル曲とスコアを担当することが発表されている。
そこで、『Artificial』が公開される前に、デーモンがこれまでどんな形で映画音楽に関わってきたのかをインタビューでの発言とあわせて順番に整理してみたい。
デーモンと映画
デーモンは、映画音楽に興味を持ったきっかけとして、子どもの頃に観たディズニーの『ジャングル・ブック』を挙げている。本人の言葉では、「音楽、キャラクター、映画が見事に融合した作品」だった。
この発言を今読むと、2026年に公開されたGorillazの短編アニメーション『The Mountain, The Moon Cave and The Sad God』を思い出す。
この作品は『ジャングル・ブック』や『101匹わんちゃん』の時代の手描きアニメーションを参照しており、ジェイミー・ヒューレットも、二人が1960年代のアニメーション技法を使いたかったと説明している。
子どもの頃に映画音楽へ惹かれるきっかけとなった作品を、何十年も後に、自らの音楽とキャラクターが結びついたGorillazの世界で参照しているのは興味深い。
デーモンとグレアム・コクソンの関係を語るうえでも、映画は重要だった。
学生時代、グレアムは映画や音楽番組をまめに録画してため込んでいたらしい。The Beatlesやマイク・リー作品などの映像をたくさん持っており、二人はグレアムの家で、お茶を飲み、ホブノブ(UKの定番お菓子)を食べながら、気に入ったVHSを繰り返し観ていたという。
特によく観ていたのが、マイク・リー監督の『Meantime』(1983年)と、『さらば青春の光(Quadrophenia)』(1979年)だった。
2014年のインタビューで、デーモンはBlurを始めた背景にも『Meantime』があったとして、この作品の兄弟関係を自分とグレアムの関係や物語に重ね、音楽で同じことを経験したかったと話している。
詳しい内容には触れないけれど、『Meantime』のストーリーを調べてみると、そこに重ねたの…!?となる程度には濃いので、興味のある方はぜひ調べてみてください笑。
そして『Meantime』で兄のマークを演じていたのが、のちにBlurの「Parklife」で語りを担当するフィル・ダニエルズで、その弟コリンを演じていたのがティム・ロスだった。フィルは『さらば青春の光』でも主人公ジミーを演じていたため、デーモンとグレアムにとって、繰り返し観ていた二つの作品をつなぐ俳優でもあった。(ティム・ロスも、このあと何度かこの映画音楽の話に顔を出すことになる。)
フィルは当初、「The Debt Collector」というインストゥルメンタル曲で、デーモンが書く予定だった詩を朗読するために呼ばれていた。
ところがデーモンは、詩があると伝えてフィルを呼んだにもかかわらず、結局一行も書くことができなかった。そこで急遽、「それなら“Parklife”をやってもらおう」と予定が変更された。
フィルの証言によれば、録音はわずか3テイク、30分ほどで終了したという。デーモンも「本当にそれくらい行き当たりばったりだった」と振り返っている。Blurを代表するあの語りは、かなり偶然に近い形で生まれた。
デーモンは18歳の頃演劇学校に通い、もともとは俳優を志していた時期もある。両親も美術や舞台に関わる仕事をしていたため、本人にとって音楽、演劇、映画は、最初から完全に別々の分野ではなかったのだと思う。
「Theme From An Imaginary Film」(1993)
デーモンが初期に本格的に映画のために書いた曲の一つが、Blurの「Theme From An Imaginary Film」だ。
もともとは、劇作家・俳優のスティーヴン・バーコフが、自身の戯曲を映画化した『Decadence』のために制作された。
当時のデーモンは、バーコフをかなり敬愛していた。デーモンは音楽活動を始める前に演劇学校で学び、ブレヒトとクルト・ヴァイルの『三文オペラ』にも参加している。バーコフも、ブレヒトやヴァイルにつながる前衛演劇の影響を受け、俳優の身体を強く使った、様式的で激しい舞台表現で知られる人物だった。
俳優を志し、音楽にも演劇的・映画的なものを持ち込もうとしていたデーモンにとって、バーコフはかなり親和性の高い存在だったようだ。本人もこの依頼について、「ずっと自分の演劇的なルーツに戻りたいと思っていたので、声をかけられて素晴らしかった」と振り返っている。
その本人から映画のための曲を依頼されたことで、デーモンはこの仕事にかなり力を入れた。
出来上がったのは、ピアノやチェンバロ、ストリングスを使った6拍子の華やかな曲で、通常のBlurの楽曲とはかなり雰囲気が違う。
当初はインストゥルメンタルだったが、バーコフから歌詞とボーカルを加えるよう求められ、現在の形になった。
しかし、曲は最終的に映画から外されてしまう。
憧れていた相手から依頼され、「演劇的なルーツに戻れる」と考えて心血を注いだ仕事だっただけに、不採用はデーモンや周囲にとってかなり苦い出来事だったようだ。
その後、「Theme From An Imaginary Film」というタイトルに改められ、1994年にシングル「Parklife」のB面として発表された。
映画のために書いたのに、結果として「架空の映画のテーマ曲」になってしまったわけで、少し皮肉なタイトルでもある。
『Parklife』期には、「The Debt Collector」や「Lot 105」といったインストゥルメンタルも作られている。映画音楽の仕事を本格的に始める前から、デーモンがポップソング以外の形式にも関心を持っていたことがわかる。
ちなみに、長い間ライブでは演奏されなかったこの曲は、発表から約29年後の2023年7月25日、ロンドンのEventim Apollo公演で初めて披露された。
この日は『The Ballad of Darren』の全曲演奏に続き、アンコールで「Pyongyang」「Clover Over Dover」「Mr. Briggs」「All Your Life」といった珍しい曲が演奏され、「Theme From An Imaginary Film」は最後の「The Universal」の直前に登場した。公演記録上、現在までにBlurがこの曲を演奏したのは、この一度だけである。
映画から外され、「架空の映画のテーマ曲」としてB面に収録された曲が、約30年後にようやくステージ上で演奏されたことになる。
このときの演奏は、2025年に日本で映画『blur:To The End』が公開された際、本編後に、劇場限定のアンコール映像として上映されたので、日本の映画館で観た人も多いかもしれない。(私も有楽町の映画館で観ました!)
『Trainspotting』と「Closet Romantic」(1996)
1996年公開のダニー・ボイル監督作『Trainspotting』では、Blurの「Sing」と、デーモンが個人名義で書き下ろした「Closet Romantic」が使用されている。
『Trainspotting』は、エディンバラで暮らす若者たちとヘロイン依存を描いた作品である。疾走感のある映像と音楽、ユーモアによって若者たちの無謀な生活を鮮やかに描く一方、その先にある依存や死も容赦なく映し出す。
この映画を語るうえで欠かせないのが、その豪華なサウンドトラックだ。
Iggy Popの「Lust for Life」と「Nightclubbing」、Lou Reedの「Perfect Day」、Brian Enoの「Deep Blue Day」、New Orderの「Temptation」、Primal Screamの「Trainspotting」に加え、Blur、Pulp、Elastica、Sleeper、Leftfield、Underworldなどが参加している。
ロックとクラブミュージックを横断するような選曲で、1990年代のイギリスを代表するサウンドトラックの一つとなった。
ちなみに、ダニー・ボイルはOasisにも楽曲の提供を依頼していた。しかし制作陣が後年明かしたところによれば、ノエル・ギャラガーは『Trainspotting』という題名を文字どおりに受け取り、列車を観察する鉄道愛好家についての映画だと思って断ったらしい。現在では有名なエピソードとなっている。
一方、デーモンも、この映画を最初から手放しで受け入れていたわけではなかった。
ダニー・ボイルによれば、デーモンはラフカットを観た際、映画におけるドラッグの扱いを心配していたという。若さや無謀さをエネルギッシュに描く作品にヘロインが加わることで、それが観客にどのような影響を与えるのか、慎重になっていたようだ。
特に強い衝撃を受けたのが赤ん坊をめぐる非常に重い場面で、ショックを受けたデーモンはダニー・ボイルに「いったい何をやっているんだ。ひどすぎる」と訴えたらしい。
当時まだ20代だったデーモンが、この映画を単純に「クールだ」と絶賛するのではなく、ドラッグの描き方が社会に与える影響まで考え、赤ん坊の場面には監督へ抗議するほど動揺したというのは、本当にデーモンらしい話だと思う。
(もっとも、本人とドラッグとの関わりについては、まあ、いろいろあるのだけれど…)
それでも最終的には映画全体に強く惹かれ、サウンドトラックのために「Closet Romantic」を書き下ろした。録音では、『Parklife』の最後に収録された「Lot 105」で使われたハモンドオルガンも使用されている。(ハモンドオルガンについても書こうと思ったけど横道に逸れすぎたのでまた別記事で!)
デーモンが曲を渡した時点ではまだ題名がなく、ボイルがアーヴィン・ウェルシュの原作に登場する「closet romantics」という表現を教えたという。
ボイルの説明では、これは内心ではロマンティックでありながら、それを自分でも認められない人々を表す言葉で、そうした人ほどヘロインに深く傷つけられてしまう、という意味合いだった。
その言葉が、サウンドトラックの最後を飾る、デーモン初のソロ名義曲のタイトルになった。
完成した作品について、デーモンは原作と俳優たちの演技を高く評価している。そして『Trainspotting』を、ヒュー・グラントが丘を駆け上がるような映画とは違う優れた英国映画だとしたうえで、「ハリウッドに大きなおならを浴びせるような、まっとうな土着の映画作り」と表現した。
さらに公開当時のインタビューでは、この映画は『さらば青春の光』がそうだったように、一つの世代に同じような影響を与えるだろうと語り、「これは自分たちのものだ」という感覚がある作品だと評している。
デーモンとグレアムが学生時代に『さらば青春の光』を繰り返し観ていたことを考えると、かなり高い評価だったことが分かる。
デーモンは映画のプレミアに合わせてエディンバラを訪れ、原作者のアーヴィン・ウェルシュとリース地区のパブを飲み歩いたらしい。
ウェルシュによれば、行く先々のパブでOasisの「Roll With It」が流され、人々がデーモンの耳元で歌ってからかったという。デーモンはそれをうまく受け流し、最後には自分でも一緒に歌い始めたそうだ。(普通に可哀想)
デーモン本人はこの日を「素晴らしい一日だった」と振り返り、ウェルシュが『Trainspotting』の登場人物を書く際にモデルとした人々にも会ったと話している。
さらに2021年のインタビューでも、このときのことを次のように回想している。(色々な意味でかなり危ない夜だったようだ)
「その晩に何が起きたのかはあまり覚えていないけれど、間違いなくあの世界に入り込んだ。エディンバラに、リースに、そして『Trainspotting』の中にいたことだけは覚えている」
ちなみに(ちなみにが多い)『The Great Escape』期のB面曲「The Horrors」は、音色や雰囲気に「Closet Romantic」との共通点が多い曲。機材を調査しているファンの間では、「Closet Romantic」のデモ、あるいは原型だったのではないかとも推測されている。
映画ではないけれど:『Sunnyside Farm』(1997)
『Trainspotting』の翌年、1997年には、映画ではないものの、BBC Twoのコメディシリーズ『Sunnyside Farm』のテーマ曲も手がけている。
『Sunnyside Farm』は、経営の傾いた農場を相続した兄弟を描いた全6話のシットコム。主演の一人は、Blurの「Parklife」で語りを担当したフィル・ダニエルズで、作曲はデーモン、歌詞は主演のフィル・ダニエルズとの共作で、二人で歌唱した。
デーモンが映画に限らず、映像作品のための音楽にも仕事を広げていた例として記録しておきたい。
おまけ
最後に、私自身が『Trainspotting』を観たときの話を少しだけ。
『Trainspotting』は2026年に公開30周年を迎え、リバイバル上映が行われた。サウンドトラックは以前から持っていたのに、実は映画本編を観たことがなく、今回初めて映画館で観た。
音楽や映像の格好よさを味わうつもりでいたのだけれど、実際に観ている間は、赤ちゃんや猫の心配、トイレや針で感染症にならないのか、タバコの火で火事にならないのか、といったことばかりが気になり、正直いって音楽どころではなかった(笑)
観た直後は、作品全体の不衛生さや細部への嫌悪感が強く、なんとなくモヤモヤしていた。一方で、ラストシーンには思いがけずスカッとしてしまい、自分でも少し笑った。
ところが数日たつと、登場人物たちのことを繰り返し思い出すようになり、結局そのまま『T2 トレインスポッティング』まで観た。『T2』では彼らの背景や人となりがもう少し見えたことで、ようやく気持ちが落ち着いた。観てすぐより、数日後のほうが効いてきた映画だった。
ちなみに『T2』の音楽もよくて…と延々と続きそうなので、いったんここで終わります。
ここまでが、デーモンが映画から受けた影響と、映画のために単独の楽曲を書くようになるまでの話で、Part 2からが本編…になるはずだったけど『Face』の話になりました。
Part 3以降で、マイケル・ナイマンと手がけた『Ravenous』をはじめ、『Ordinary Decent Criminal』『101 Reykjavík』など、デーモンが映画全体の音楽を担当した作品を順に紹介していく予定です!