
デーモン・アルバーンと映画音楽 Part 4:『私が愛したギャングスター』とオーケストレーション
前回のPart 3では、1999年の映画『Ravenous』で、デーモン・アルバーンがマイケル・ナイマンと初めて長編映画のスコアを手がけた経緯を取り上げました。
その後色々飛ばして先に『パディントン』のPart 6を書いてしまったので、今回は2000年に時系列を戻します。
『Ordinary Decent Criminal』の現場
『Ravenous』での「徒弟期間」を経て、翌年初めて長編スコア全体を単独で担当したのが『Ordinary Decent Criminal』(邦題『私が愛したギャングスター』)だった。
映画は、ケヴィン・スペイシー演じるダブリンの大物犯罪者を主人公にしたクライム・コメディ。
『Ravenous』では、監督のアントニア・バードとかなり感覚を共有しながら音楽を作ることができたようだが、『Ordinary Decent Criminal』では制作のあちこちで意見の食い違いがあったらしい。当時の制作については、公開直前の2000年3月に掲載されたMusic365のロングインタビューで本人がかなり詳しく語っている。
監督のサディアス・オサリヴァンとは、音楽についてかなり意見をぶつけ合った。デーモンの表現では、“a lot of healthy… discussion”。
完成後に発売されたサウンドトラック盤にも不満があった。
市販されたサントラCDには最終的な映画本編では使われていない曲もあり、デーモンによれば、一度は映画に入っていたものを自分が外したらしい。
デーモンはそもそも、既存曲を寄せ集めてサウンドトラックを作るやり方にかなり批判的で、本当は自分が映画のために書いた音楽をもう一か月かけて整理し、『Get Carter』や『Taxi Driver』のように、一枚のアルバムとして映画の世界に入っていけるスコア盤を作りたかったという。
よほどこの件が心残りだったのか、次に映画音楽をやるときにはそうした作り方ができることをあらかじめ保証してもらえる仕事だけにするとまで話している。「映画でもいい仕事をしたいし、レコードとしてもいいものを作りたい」からだという。
ただ本人も、映画の世界ではそうした自由を得るには実績が必要で、簡単にできるわけではないとも認めている。特にアメリカの大作映画は、大勢の人間が関わる“committee”によって作られる、とかなり皮肉っぽく話している。
とにかく、『Ravenous』よりも、監督や演奏家とのやりとり、予算、サントラ盤の作られ方など、作曲以外のところで引っかかる部分が多い現場だったようだ。
デーモンは一緒に仕事をした人から、「本当にオープンで気立てのいい人」と絶賛されることもあれば、気難しくて衝突したという話も出てくるので、どっちなんだと思うことがあるんだけど、こういう仕事の経緯を追っていくとたぶん両方本当なんだろうなと思う。
実際に作った音楽は“カトリック・ラテン”
サウンドトラックのラテン音楽の影響はどこから来たのかと聞かれたデーモンは、映画に “Catholic Latin quality” を持たせたかったと答えている。
ダブリンには暖かさと“very Spanish feel”を感じており、普通にアイリッシュ・バンドを使うよりも、そちらの感覚を音楽に取り入れる方が面白いと思ったらしい。
発言の流れからすると、ラテン音楽の要素と、歴史的に強く根付いているカトリック文化のイメージを重ねた表現だったのかなと思う。(物語の重要なモチーフになるのもカトリックの宗教画だし…?)
実際に映画を観ていると、ブラスやパーカッションを使った音楽と、ダブ/電子音っぽい音が入り混じっている。かなり初期Gorillazっぽい空気感の曲もある。
Massive Attackの3Dと作った「One Day at a Time」
単独で長編スコアを担当した、と書いたけれど、サントラ盤の1曲目「One Day at a Time」は、Massive AttackのRobert “3D” Del Najaとの共同制作。
以前「BlurでもGorillazでもない『デーモン・アルバーン』に出会う客演・コラボ名曲16選」でも紹介したように、Massive Attackとデーモンはその後何度か共作しているが、「One Day at a Time」は二人が最初に本格的に一緒に作った曲だった。
二人はスタジオに3日間入り、ほとんどその場で作りながら完成させたという。
3Dはのちのインタビューで、
“Damon tried to do happy things and I find it depressing.”
と話している。Massive AttackとHappy thingsをやろうとするデーモン…めちゃくちゃ制作風景を見てみたい。
「Dying Isn’t Easy」
私がこのサントラでかなり好きになったのが「Dying Isn’t Easy」。
映画終盤の、重いんだか笑っていいんだかわからない場面から流れ始める、ちょっと古風でセンチメンタルなバラード。
これはインストの劇伴ではなく、デーモン本人が最初から最後までしっかり歌っている。
この曲が流れ始めると、急に妙ないい話感が出てくる。
※この曲のクレジットにはプロデューサーとしてStephen Streetの名前が出てくるのだが、後年「1996年以来初めて一緒に仕事をした」とする別の証言と食い違っている。どういう経緯で、いつ作曲された曲なのか…ここはまだよくわからない。
2014年のRedditのAMAでは、ファンからこの曲について直接質問されているが、デーモンは制作背景についてはほとんど答えず、「Smoggyのお気に入り」とだけ回答している。
「F**k the click」の正体がわかった
長年インターネット上で切り抜かれ、半ばミームのようになっている動画がある。
デーモンがスヌーピーのトレーナーにサングラスというシュールな格好でイライラしながらオーケストラに何かを訴えている動画。
あれは、この映画のスコアを録音しているところだったらしい。
当時『The South Bank Show』のカメラが録音現場に入り、その様子を撮影している。演奏していた曲は「Bank Job」。
映画本編で流れたとき、「これか!!」となった。
動画の冒頭でデーモンが繰り返しているのは、
“don’t listen to the click, listen to the music”
「クリックを聴くな、音楽を聴け」ということ。
すでにドラムやギターが鳴っているのだから、クリックに機械的に合わせるのではなく、ほかのミュージシャンと一緒に演奏している感覚で弾いてほしかったらしい。
まだ「初歩的」だったオーケストレーション
サウンドトラックCDのクレジットでは、デーモンが “Score by / Written by / Produced by” とされる一方、「Chase After Gallery」「Bank Job」「Dying Isn’t Easy」などのアレンジにはゲイリー・カーペンター、プログラミングにはトム・ガーリングがクレジットされている。
二人とも前年の『Ravenous』に参加していたスタッフで、カーペンターは追加オーケストレーション、ガーリングはプログラミングとエンジニアリングを担当していた。
そのうえで、当時のインタビューを読むと、オーケストレーションや大人数の演奏家との仕事には、まだかなり手探りな部分があったようだ。
デーモン自身、この時点で自分のオーケストレーションについて、率直に自己評価している。
“as far as orchestration goes what I do is still very elementary.”
「オーケストレーションについてはまだ学んでいるところで、自分のやっていることはかなり初歩的だ」
『The South Bank Show』の映像では、オーケストラとの仕事がなぜ難しいのかについても語っている。
映画音楽では、作曲している間に何度も映像を見続け、音楽を場面に合わせていく。自分の中では映像と音楽の関係がかなり具体的になっている。
それを初めて一緒に演奏する何十人もの演奏家に伝えるのは、長年一緒にやってきて「共通の参照点」があるバンドとは勝手が違う。
録音の後半では指示を具体的にしていき、かなりストレスフルだったものの、最終的には演奏家から欲しいものを引き出せたと思う、と振り返っている。
とはいえ、大人数の演奏家と仕事をすること自体にはかなり魅力を感じていた。50〜60人規模の映画音楽では人に任せることが重要で、デーモン自身はそれが好きだとも話している。
演奏時間が限られている大編成の現場には苛立つこともある一方、そのプレッシャーで頭が冴えるのも好きだったらしい。
ちなみに、デーモンはオーケストラと無縁だったわけではなく、子どもの頃地元のユースオーケストラなどで第2ヴァイオリンを担当していた。
ただし当時の音楽教師の証言によると、デーモンには即興や自分のアイデアを発展させる才能があったが、リズムに正確に合わせて演奏するのは得意ではなかったらしい。
全国規模のYoung Composer of the Yearで地域予選を勝ち抜いた経験もあり、昔から「奏者としての技術」より「自分で音楽を考えること」の方に強みがあったようだ。
12年後の答え
12年後、デーモンはこの頃を振り返るように、「オーケストレーションはできる。でも十分に速くはならなかった」と話している。
もし『Ravenous』の頃から本格的にオーケストレーションの訓練を続けていれば、今なら全部一人でできただろう、と。
そして、そのあとに続く言葉がいかにもデーモンらしい。
“But I love collaboration. It’s good not to learn everything.”
「でも僕はコラボレーションが好きなんだ。全部を学ばないことも大事だよ」
2000年以降、デーモンはGorillazの活動を本格化させ、アフリカのミュージシャンとの制作やオペラ/舞台作品など、活動の幅をさらに広げていった。
映画音楽との関わりがなくなったわけではなく、2012年には、Mike Smithらと映像作品の音楽を手がけるコレクティブ、Electric Wave Bureauを結成している。
…というわけで次回Electric Wave Bureauの活動を紹介する予定でしたが、その前にもうひとつ2000年の映画『101 Reykjavík』があります。
監督やオーケストラとかなりやり合った『Ordinary Decent Criminal』とは一転、低予算ゆえにほとんど口を出されず、アイナール・オルンとたった5日間でほぼ即興制作。
舞台は、デーモンがすでにかなり深く入り込んでいたアイスランドです。
(本当はPart 4に入れようとしたけど、また長くなったので分けました)