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マハラニ候補生ず曞蚘官枅兵衛 第1回 第䞀郚 颚を通す人

    マハラニ候補生ず曞蚘官枅兵衛
    ――八番テヌブルず六番テヌブルの物語――

    第1回
    第䞀郚 颚を通す人

    八番テヌブルは空間を旅し、六番テヌブルは時間を蚘す。

    あらすじ

    犏島県二本束駅前のむンド料理店、マハラニレストラン。店の奥にある八番テヌブルは、店を支える圌女を、桃色の郜ゞャむプヌル、祈りの川、青い街、螊りの茪ぞず導いおいく。䞀方、六番テヌブルには、倫である行政曞士の姿を静かに芋぀める男がいた。蚀葉にならない事情を拟い、制床に届く圢ぞ敎える倫。人を迎え、堎を敎える圌女。やがお二人は、同じ八番テヌブルから同じ䞖界を芋おいたこずに気づく。八番テヌブルは空間を旅し、六番テヌブルは時間を蚘す。これは、蚀葉にならなかった人生を読み、蚘し、未来ぞ通しおいく物語である。

    連茉目次

    第1回 第䞀郚 颚を通す人
    第2回 第二郚 䞖界は螊っおいる
    第3回 第䞉郚 曞蚘官が芋おいたもの
    第4回 終章 扉の向こうぞ


    第䞀郚 颚を通す人

    第䞀章 店に立぀ず、別の自分が珟れる

    圌女は、自宅で店内モニタヌを芋おいた。
    八番テヌブルの䞊に、誰も座っおいないのに、䞞い氎の跡が残っおいた。
    圌女は、垃巟を持ったたた、少しだけ手を止めた。

    窓の倖の癜い象は、い぀もよりも少しだけ店の方を向いおいるように芋えた。
    カりンタヌ脇の朚圫りのふくろうの圱が、灯りずは違う方ぞ䌞びおいた。
    六番テヌブルの怅子が䞀脚だけ、ほんの少し匕かれおいた。

    圌女は、それらを芋た。
    けれど、すぐに目を離した。

    気のせいだ。
    圌女はそう思うこずにした。

    そのあず、スマホにワン切りが入った。
    店からだった。

    圌は、めったに長く説明しない。
    忙しくなった。少し手が足りない。来られるなら来おほしい。
    それだけのこずが、たった䞀床の呌び出し音で䌝わる。

    圌女は小さく息を぀き、立ち䞊がった。

    玄関を出お、店ぞ向かう。歩きながら、圌女の䞭で䜕かが少しず぀切り替わっおいく。
    家にいたずきの顔が消えるわけではない。
    母であるこずも、劻であるこずも、そのたた身䜓の奥にある。
    けれど、店に近づくに぀れお、別の感芚が前ぞ出おくる。

    銙蟛料の匂い。客の声。食噚の觊れ合う音。厚房の熱。
    その空気の䞭に足を螏み入れた瞬間、圌女は店の流れを芋る人になる。

    扉を開けるず、思ったより客が入っおいた。満垭ではない。
    けれど、少しず぀流れがずれおいた。
    䌚蚈を埅぀客がいる。奥の垭では、ただお客様に氎が届いおいない。
    厚房から皿が䞀枚出おいる。入り口近くの客は、垭に぀いおいいのか迷っおいる。

    電話が鳎った。

    フロントに立぀圌は、動いおいた。よく動いおいた。党郚を拟おうずしおいる。
    圌女は䜕も蚀わず、入口の客ぞ顔を向けた。

    「どうぞ、こちらぞ」

    短くそう蚀っお、空いおいる垭を瀺す。できあがったカレヌをお客様の垭ぞ届ける。

    「お埅たせしたした」

    その声は倧きくない。けれど、盞手に届くずころぞきちんず眮かれおいた。
    戻りながら、氎の足りない卓にグラスを眮く。
    䌚蚈の客には、「すぐ䌺いたす」ずだけ声をかける。
    電話には、圌が出られるように目で合図を送る。

    それだけで、店の䞭にあった小さな詰たりが、少しず぀ほどけおいった。

    少し萜ち着いたころ、ひずりの客が入っおきた。
    入るなり、ぶっきらがうに蚀った。

    「カレヌ。蟛くないや぀」

    最初は無愛想に芋える。けれど、圌女はその顔を芋お、すぐに思った。
    無愛想なのではない。気を䜿う力が残っおいないのだ。
    䞀日を生きるだけで、すでに倚くのものを䜿っおきた人の顔だった。

    「蟛くないものですね。倧䞈倫です」

    圌女はそれ以䞊、䜙蚈なこずを聞かなかった。
    氎を眮き、メニュヌを開きすぎず、盞手が迷わなくお枈むように、いく぀かだけ瀺す。

    客は小さくうなずいた。料理が運ばれおくる。
    ナンをちぎる。カレヌを぀ける。ひず口、ふた口ず食べる。
    それだけのこずなのに、匵っおいた肩が少し䞋がっおいく。

    圌女は、そういう倉化を知っおいた。
    食事には、腹を満たすだけではない力がある。
    人を、ほんの少しだけ本来の自分に戻す力がある。

    圌女はふず六番テヌブルを芋た。
    その垭には、ただ誰も座っおいなかった。
    けれど、なぜかその垭だけが、少し静かすぎるように感じた。

    圌女は䞀瞬だけ銖をかしげた。けれど、すぐに客垭ぞ意識を戻した。
    考えおいる暇はない。店はただ動いおいる。

    最埌の皿が䞋げられ、厚房の熱も少し萜ち着いたころ、圌女はようやく小さく息を぀いた。

    店の奥には、八番テヌブルがあった。
    さっきモニタヌで芋たずき、ミラが芋おいたように思えた堎所。
    今は静かだった。

    そしお、六番テヌブルの沈黙もたた、い぀か来る誰かのために、静かに堎所を空けおいた。

    圌女だけが、ただ知らなかった。

    店の奥、八番テヌブルのあたりで、名のない扉が、静かに息をしおいた。


    第二章 䜏めない堎所を、䜏める堎所にする人

    「しょうがないね。それがあなたが遞んだ人生だから」

    圌女は、ずきどきそう蚀う。
    その蚀葉は、少し冷たくも聞こえる。
    けれど、長く䞀緒にいるうちに、その奥にあるものが少しず぀わかっおきた。

    それは、投げ出す蚀葉ではなかった。
    あなたが遞んだのだから、私は䜕もしない、ずいう意味ではなかった。

    むしろ逆だった。
    あなたが遞んだ人生なら、そこに生きるしかない。
    文句はある。䞍安もある。呆れるこずもある。
    けれど、そうなった以䞊、今日の暮らしを止めるわけにはいかない。

    その蚀葉には、そういう珟実の重さがあった。

    厚房には、日本語も英語もほずんど通じないむンド人シェフがいる。
    こちらの蚀葉が届かない。盞手の蚀葉も、翻蚳機を通さないずわからない。
    珟堎ではそれがもどかしい。

    圌女がこれはダメだず思ったら、説明するよりも、自分でやっおみせる方が早い。
    もちろん、料理を぀くるのはシェフだ。
    しかし、日本人特有の仕䞊げ方や、お客様ぞの気配りの面で、時々違うず感じるものがある。

    サラダの盛り付け。ラむスの圢。皿の向き。
    お客様に出したずきの芋え方。

    料理を぀くるずいう意識だけでは、芋萜ずしおしたう郚分がある。
    そこを、圌女は抌さえおいる。

    だから、できあがったナンも、圌女がお客様には出せないず刀断すれば、遠慮なく䞋げる。
    混んでいお忙しいずきでも、それは倉わらない。
    そうするこずでシェフは芚えおいく。少し時間がかかっおも、珟堎は少しず぀倉わる。

    以前、新店舗を出したずき、むンド人シェフず家族が䜏むために叀いアパヌトを借りた。
    冬は寒かった。それはなんずかしのげた。
    倏は暑かった。゚アコンもなく、倧倉だった。
    傟いおいる堎所もあった。段ボヌルを敷き詰め、その䞊に板を眮いお調敎した。

    その埌、店舗閉鎖により、そこは空き家になった。
    あるずき、垂圹所の人が空き家の調査でその建物を芋に行った。
    戻っおきたその人は、こう蚀った。

    「あれじゃ䜏めないよ」

    その蚀葉を聞いたずき、圌は驚いた。あんなに普通に暮らしおいたのに。

    圌女はよく蚀う。

    「自分で考えなさいよ」

    答えがわかっおいるなら、蚀えばいい。䜕をすればいいか芋えおいるなら、教えればいい。
    でも、圌女はしない。

    そういうやり方は、今も倉わらない。

    先日も、圌女はナニフォヌムを倉えた。
    それは、最近圌が小説曞きに没頭し、店のフロントマンらしくなかったからだ。

    圌女は圌にどうしろずは蚀わない。
    ただ、その行動で、圌の䞭に䞀流のフロントマンになるず蚀ったこずを思い出させた。


    第䞉章 癜い象は、もう知っおいた

    普段、圌女は倜遅くたで店に残らない。
    ディナヌタむムに入るのも、忙しい時だけだった。

    その日は忙しく、圌女も遅くたで店にいた。
    その日は、圌が䌚議で店にいなかった。

    テヌブルの䞊を拭く。怅子を敎える。床に萜ちた小さなごみを拟う。レゞを締める。
    やがお、シェフも垰った。

    「お぀かれさた」

    圌女がそう蚀うず、シェフは短く䜕かを返した。
    意味は党郚わからない。けれど、疲れおいるこずず、今日も終わったこずだけはわかった。

    入口の扉が閉たる。
    店の䞭に残ったのは、圌女ひずりだった。

    さっきたで、あんなに人の気配で満ちおいたのに、急に広く感じる。
    銙蟛料の匂いだけが、ただ店の䞭に残っおいた。圌女は小さく息を぀いた。

    店の奥に、八番テヌブルがある。
    座敷になっおいるその垭は、圌女の奜きな堎所だった。
    奥たっおいお、少し萜ち着く。背䞭を壁に預けるずほっずする。
    昌間なら、客が座る堎所だ。

    圌女は八番テヌブルの座敷に䞊がった。
    ほんの少しだけ䌑む぀もりだった。眠る぀もりはなかった。
    けれど、身䜓は思っおいたより疲れおいた。

    目を閉じたのか、閉じおいないのか、自分でもわからなくなる。

    「ようやく、静かになったね」

    声がした。
    圌女はすぐには動かなかった。
    倢かもしれない。

    「静かになったのは店だけだよ。あの人の䞭は、ただずいぶん忙しい」

    別の声だった。
    やわらかいのに、どこか遠くたで届くような声。

    「ただ、自分のしおきたこずを䜕も知らない」

    也いおいお、萜ち着いおいお、少し幎を取った朚のような声。

    「知らないほうが、今たでは郜合がよかったんだよ」

    「やるしかなかった、で枈たせおこられたからね」

    圌女は、息をひそめた。自分のこずだ。
    そうすぐにわかったわけではない。
    けれど、店の䞭に他に誰もいない。

    「あの人は、䜏めない堎所を䜏めるようにしおきた」

    「通じない珟堎を、回る圢にしおきた」

    「そしお、それを力だずは思っおいない」

    どこかで聞いたこずのある蚀葉だった。
    けれど、自分に向けられるず、少し居心地が悪かった。

    「でも、本人はそれを䜕ずも思っおいない」

    「䜕ずも思っおいないずいうより、そう考える暇がなかったんだろうね」

    「子どものこず。家のこず。店のこず。シェフのこず。あの人のこず」

    「あの人」

    「い぀も走っおいる、あの男のこずだよ」

    圌女は、そこで思わず声を出した。

    「䜕を勝手に人のこず話しおるの」

    店の空気が、ぎたりず止たった。
    しばらく沈黙があった。

    「おや。聞こえおいたのかい」

    「聞こえおたわよ」

    圌女は、座敷の瞁に手を眮いたたた答えた。
    自分でも思ったより、声は萜ち着いおいた。
    驚いおいないわけではない。

    眮物が話しおいる。
    そう、声はあの癜い象ず、朚圫りのふくろうのあたりから聞こえおいる。

    普通なら、叫んでもおかしくない。逃げ出しおもおかしくない。
    けれど、圌女の䞭では、怖さよりも先に、別の感芚が来おいた。
    どこかで知っおいたこずが、ようやく音になったような感芚。

    倢なのか。珟実なのか。こちら偎なのか。向こう偎なのか。
    そういう境目が、圌女には昔から、少しだけ薄いずころがあった。

    高校生のころ、圌女は䞀床、死をさたよったこずがある。
    その感芚だけが、身䜓のどこかに残っおいる。
    だから圌女にずっお、倢ず珟実、生ず死、こちら偎ず向こう偎は、最初から完党には分かれおいなかった。

    圌女が目を凝らすず、癜い象のミラが、い぀もの堎所にいた。
    ただ、昌間ずは違っお芋えた。眮物のはずなのに、そこに意志がある。
    そこに目がある。

    「初めたしお。私はミラ」

    声は、やはり癜い象のほうから聞こえた。

    「そんなに驚かないんですね」

    「驚いおるわよ。なんで話しおるの」

    圌女はすぐに返した。

    するず、カりンタヌの䞋の朚圫りのふくろうが、少しだけ圱を深くした。

    「こんばんは。僕はセヌゞ。どうやら、私たちの声が聞こえたようだね」

    「聞こえるわよ。でも、䜕さっきの話」

    圌女はこの状況そのものより、話の内容が気になったようだった。

    「私のこず、勝手に決め぀けないでよ」

    「いや、決め぀けたのではない。芋おきたこずを話しおいる」

    「あなたは、自分の力を自分で知らない」

    「力っお、䜕」

    「あなたがずっずしおきたこずだよ」

    「家でも、店でも、叀いアパヌトでも、蚀葉の通じない厚房でも」

    「それは、やるしかなかったからやっただけでしょ」

    「そう。あなたはい぀も、そう蚀う」

    「やるしかなかった。それだけだった」

    「倧げさにするようなこずじゃないもの」

    「倧げさにしろず蚀っおいるのではない」

    セヌゞの声は、少しだけ匷くなった。

    「名前を知れず蚀っおいる」

    圌女は眉を寄せた。

    「あなたがしおきたこずには、ただ名前が぀いおいない」

    「そんなこず、考えたこずもなかった」

    圌女は、正盎に蚀った。

    「考えなくおよかったんだよ。今たではね」

    ミラが蚀った。

    「今たでは」

    「今たでは、誰かのために動くこずで粟䞀杯だった」

    セヌゞが答えた。

    「でも、これからは少し違う」

    ミラの声が、やわらかくなった。

    「子育おの先が、少しず぀芋え始めおいる。店も、ただ回すだけではなくなっおきた。あの男も、自分の蚀葉で䜕かを残そうずしおいる」

    「あの人は、い぀も䜕かを曞こうずしおるだけでしょ」

    「それも、そろそろ違っおくる」

    セヌゞが蚀った。

    「あの男が䜕を曞くかは、あなたにも関わる」

    「私に」

    「そう。あなたが、自分の力をどう䜿うのかにも関わる」

    圌女は、少しだけ芖線を萜ずした。
    自分のために、これからを考える。
    そういうこずを、圌女はずっず埌回しにしおきた。

    「私が䜕をするっおいうの」

    圌女は、少しぶっきらがうに蚀った。
    怖いわけではない。
    でも、急に自分の真ん䞭を指さされるず、どう返しおいいかわからない。

    ミラは、ゆっくりず蚀った。

    「新しい䞖界を芋せるために、䌚いに来たんだ」

    圌女は眉を寄せた。

    「新しい䞖界っお、䜕」

    セヌゞが静かに蚀った。

    「本圓に新しいものばかりではないよ」

    「どういうこず」

    「あなただけが、ただ知らないだけだ」

    その蚀葉が萜ちた瞬間、八番テヌブルのたわりの空気が、ほんの少し倉わった。
    銙蟛料の匂いの奥に、知らない颚が混じる。

    それは、初めおの匂いのはずだった。
    なのに圌女は、なぜか、どこかでその颚を知っおいた。

    畳の䞋で、遠い囜の砂が、静かに目を芚たしたようだった。

    八番テヌブルの奥で、名のない扉が、ゆっくりず息を吞った。

     
     
    犏島・二本束圚䜏。元・地方公務員、珟・曞き手。 駅前の小さな店「マハラニレストラン」に立ちながら、 行政、震灜、家族、田舎、異文化、日々の暮らしを曞く。 壊れた堎所から、人はどう生き盎せるのかを芋぀めおいる。 文藝春秋SDGs゚ッセむ倧賞優秀賞旧名矩いなか䟍すげさん

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